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リコリス・マッドポップ・サンサーラ  作者: ネオもろこし
皇国の密使(エンパイア・クーリエ)編

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第六話「天帝の勾玉」1

第一章 黄金の血脈


 京帝(キョウテイ)・御所、大広間。 たった今、「種芋」という拍子抜けする荷物の引渡しを終えたばかりの空間には、奇妙な弛緩と、それとは裏腹に張り詰めた新たな緊張感が同居していた。 この国の頂点に座す天帝・昊天(コウテン)は、悪戯が成功した子供のように微笑んでいた表情を、瞬く間に統治者のそれへと切り替えた。


「……さて。テストは終わりです」


 昊天の声色が一段低くなる。 それは、数千万の民を導くカリスマの響きだった。


「キリコ(九十九霧狐)、そしてジン(夜刃迅)。……改めて問います。私の『本当の依頼』を、引き受けてくれますか?」


 キリコとジンは顔を見合わせた。 言葉はいらない。アークステイツの特殊部隊を退け、ここまで辿り着いたのだ。泥を被り、血を流し、それでも運ぶのが『黒狐便』の流儀。


「ええ。……乗りかかった船です」


 キリコが一歩前へ出る。ジンもまた、無言で頷き、力強い眼差しを天帝に向けた。


 すると、昊天は傍らに控えていた侍女に目配せをした。 静ずと進み出てきた侍女が捧げ持っていたのは、紫色の袱紗(ふくさ)に乗せられた、掌サイズの小さな箱だった。


「漆塗りの小箱」。


 艶やかな黒漆(くろうるし)に、金粉で緻密な蒔絵が施されている。一見すれば、美術館に飾られているような国宝級の工芸品だ。 だが、キリコの目は誤魔化されない。


(……何、これ)


 キリコは思わず息を呑んだ。 彼女は無意識に指で狐の窓を作りかけ、止めた。覗くまでもない。 その小箱からは、先ほどの「種芋」とは比較にならない、濃密で、そして神聖な気配が立ち昇っていた。空間そのものが、箱の重みに耐えきれずに軋んでいるような錯覚。高密度の神気が、物理的な質量を超えて周囲を圧迫している。


「これが、ミサイア共和国のルシウス・クロウリー首相へ届けていただきたい、『本物の荷物』です」


 昊天は、自らの手で小箱を手に取り、階段を降りてきた。 天帝が、下賤な運び屋と同じ高さに立つ。それだけで、この依頼の異常性が知れようというものだ。


「受け取ってください」


 差し出された小箱を、キリコは恭しく受け取った。


「……ッ」


 ずしり、と重い。中身の重さではない。そこに込められた「歴史」と「因縁」、そして「未来」への願いが、鉛のように掌に沈み込む。


「中身は……?」


 ジンが、乾いた喉で尋ねる。 キリコは一瞬だけ『千里眼』を発動させ、箱の内部を透視しようと試みた。 だが、視線は漆黒の闇に弾かれた。 絶対的な拒絶。神の領域にある結界が、中身の観測を許さない。


「過去の遺産。……そして、未来への鍵です」


 昊天は、寂しげに、けれど慈愛に満ちた瞳で微笑んだ。その瞳は、ここにはいないかつての戦友たち――リコリス・バロックの面々を映しているようだった。


「この箱は、決して力ずくでは開きません。……ルシウス様が持つ聖遺物『ゴルゴダ』と共鳴して、初めて開く仕掛けになっています」


 鍵穴のない箱。 開けることができるのは、世界でただ一人、聖地の守護者のみ。つまり、この箱が目的地に届かない限り、中身は永遠に闇の中ということだ。


「……どうか、無事に届けてください。これは、私たちが失ってはならない『記憶』なのです」


 昊天が、深く頭を下げた。 君主としてではなく、一人の友人として。失われた時間を繋ぎ止めようとする、切実な祈り。


「御意。……『黒狐便』の名にかけて」


 キリコは、小箱を懐のポケットにしまい、心臓に近い場所でその重みを感じた。請け負った。これはもう、ただの荷物ではない。この国の、いや、この世界の命運そのものだ。


 謁見を終え、二人は御所を退出した。夕日は完全に沈み、古都は宵闇に包まれつつある。朱塗りの柱が並ぶ長い回廊を歩きながら、ジンが大きく息を吐いた。


「……緊張したぜ。寿命が縮んだ」


「何言ってるの。あんた、昊天様の前で欠伸噛み殺してたじゃない」


「ちげえよ! 武者震いだよ!」


 軽口を叩き合いながらも、二人の足取りは速い。 荷物の重要性を理解しているからだ。一刻も早く東帝都へ戻り、大陸への渡航準備を進めなければならない。


 その時。 回廊の曲がり角、太い柱の影から、紫煙がたゆたった。甘く、重たい煙草の香り。


「……待ちぃ」


 艶やかな、しかし凍りつくような威厳を含んだ声が、二人の足を止めた。 闇の中から現れたのは、豪奢な十二単を現代風に着崩し、狐の面を側頭部にずらした女性。


 葛葉(くずは)。


 天帝の側近にして、裏社会の元締め。そして、孤児だったキリコとジンに「生きる術」を叩き込んだ、絶対的な師匠。


「……そんな大層なモン持たせて、手ぶらで帰すわけにはいかんやろ」


 葛葉は、扇子で口元を隠しながら、冷ややかに二人を見下ろした。 その金色の瞳は、弟子の成長を喜んでいるようでもあり、同時にこれから向かう死地への懸念を孕んでいるようでもあった。


「師匠……」


 キリコが身構える。 何か、試練を課されるのか。 だが、葛葉が懐から取り出したのは、武器でも呪符でもなかった。


「……ほら、受け取り」


 彼女は無造作に、二つの小さな包みを投げ渡した。 キリコとジンが、反射的にそれを受け止める。 布を解くと、中から現れたのは、琥珀色に透き通る、美しい勾玉(マガタマ)だった。 夕闇の中で、内側からボウッと発光している。 その中心には、金色の液体――天帝の血が封入され、心臓のように脈打っていた。


「これは……?」


 キリコが息を呑む。 ただの装飾品ではない。触れた指先から、莫大な霊力が奔流となって流れ込んでくる。


「『天命の勾玉』や」


 葛葉が、淡々と説明する。


「かつて、世界を滅ぼしかけた救世主(メシア)の暴走を抑えるために作られた『四血の勾玉』……。その製法を応用し、昊天陛下自身の血のみを使って精製された、皇国最高位の護符や」


 かつての英雄たちが身につけていたとされる、伝説のアイテム。その再現品。 レプリカとはいえ、その価値は計り知れない。国家予算を投じても買えない、文字通りの「神器」だ。


「それを持っとれば、天帝陛下の加護が得られる。……魔力の回復速度、自然治癒力、運気。あらゆるステータスが底上げされるはずや」


「……マジかよ」


 ジンは、震える手で勾玉を握りしめた。 背中の黒い翼が、勾玉の波動に共鳴し、疼くように熱くなる。不安定だった「堕天」の力が、安定していく感覚。 これがあれば、アークステイツの最新兵器とも渡り合えるかもしれない。


「師匠……。こんな高いもん、いいんすか? 俺たち、破門された身っすよ?」


 ジンが、憎まれ口を叩く。彼らは数年前、葛葉の過保護な支配から逃れるようにして、京帝を飛び出したのだ。


「勘違いすな」


 葛葉は、扇子をパチンと閉じた。


「お前らに期待しとるわけやない。……ただ、私の弟子が異国の地で野垂れ死んだら、私の教育が悪かったと思われる。……寝覚めが悪いだけや」


 素っ気ない言葉。 だが、その奥にある深い愛情を、二人は痛いほど理解していた。 この人は、いつだってそうだ。 厳しく、冷たく、そして誰よりも温かい。


 キリコとジンは、勾玉を首にかけた。 じんわりとした温かさが、鎖骨のあたりに広がる。それは、最強の盾を得た安心感と、師匠の期待に応えねばならないという、心地よい重圧だった。


「……行け、馬鹿弟子ども」


 葛葉が、扇子を振り上げた。


「広い世界を見て、もっとデカくなって帰ってこい。……土産話がつまらんかったら、シバくからな」


 パシッ、パシッ。


 葛葉は、すれ違いざまに扇子で二人の頭を軽く叩いた。 それは、叱責ではなく、旅の安全を願う呪い(まじない)。 母が子を送り出すような、儀式。


「……はい! 行ってきます!」


「行ってくるぜ、クソババ……いや、師匠!」


 二人は深々と頭を下げ、踵を返した。 朱塗りの回廊を、足早に去っていく。 もう振り返らない。 振り返れば、泣いてしまいそうだから。


 その背中を、葛葉はずっと見送っていた。夜風に揺れる銀髪と、黒いコートの裾が闇に消えるまで。 彼女の瞳が、月光を受けて濡れたように光ったのは、きっと気のせいだろう。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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