第五話「幽霊の包囲網」3
第三章 古都の結界
アークステイツの幽霊部隊を振り切り、東海道の山間部を駆け抜けること数時間。 タイヤが悲鳴を上げ、エンジンが焼け付く寸前で、二人の視界が開けた。盆地の底に広がるのは、1000年の時を刻む古都。
京帝。
東帝都が天を衝く摩天楼とネオンの街ならば、ここは地に根を張る寺社と霊気の都だ。 夕闇が迫る中、街全体が淡い結界の光に包まれ、水底のように静まり返っている。
その入り口に、巨大な門がそびえ立っていた。螺錠門。 かつて、皇国を裏切った烏丸保憲率いる特務祭祀局との激戦で半壊し、その後、現代の技術と陰陽道によって再建された、朱塗りの巨城。 夕日を浴びて血のように赤く輝くその威容は、侵入者を拒絶する絶対的な威圧感を放っていた。
「……着いたな」
ジン(夜刃迅)が、ヘルメットのバイザーを上げ、大きく息を吐いた。 喉の奥に、鉄錆と血の味が残っている。 ゴーストラインとの戦闘による消耗は激しい。指先が微かに震えているのを、彼はハンドルを強く握ることで隠した。
「止まれ! 何奴だ!」
門の前で、鋭い怒号が飛んだ。武装した警備兵たちが、一斉に長槍を突きつける。 彼らは警察ではない。京帝独自の治安維持組織、『天刑衆』。 古式ゆかしい装束の上から強化外骨格を纏い、呪符を帯びた槍を持つ、対魔戦闘のエキスパートたちだ。
「怪しい波動を感知した。……貴様ら、どこから入った?」
「ただの運び屋だ。通してくれよ」
「問答無用! 武装解除せよ!」
殺気が膨れ上がる。 ジンが舌打ちをし、背中の翼に意識を集中しかけた、その時。
「待ちなさい。……乱暴はナシよ」
キリコ(九十九霧狐)が、バイクを降りて進み出た。彼女は、突きつけられた槍の穂先に動じることなく、懐から一枚のプレートを取り出した。 常盤大統領から預かった、菊の御紋が刻まれた純金の通行手形。 それを、夕日にかざしてみせる。
「これを見ても……まだ槍を向けるの?」
「……ッ、これは!?」
天刑衆たちの顔色が変わる。 それは、国家最高ランクの通行許可証。彼らは一斉に道を空け、槍を引いて最敬礼した。
「……失礼いたしました! 通行を許可します!」
重厚な駆動音と共に、螺錠門が開く。 その向こうには、近代的なビルと古い木造建築が奇妙に融合した、京帝の街並みが広がっていた。空気の密度が違う。濃厚な霊力が肌にまとわりつく、聖域の気配。
「……すげぇな。やっぱり、ここの空気は違う」
ジンがバイクを走らせながら呟く。ここには、科学では解明できない「何か」が満ちている。 それは、かつて彼らが修行時代を過ごした、厳しくも懐かしい故郷の匂いだった。
御所へと続く、朱塗りの橋の上。 そこに、一人の女性が待っていた。
欄干に腰掛け、優雅に煙管をくゆらせている。顔には狐の面。 身に纏うのは、十二単を現代風にアレンジした、豪奢で妖艶な衣装。 背景の紅葉と相まって、まるで絵巻物から抜け出してきたような浮世離れした存在感。
「……よう来はったな、東の運び屋はん」
女性が、ゆっくりとこちらを向いた。 その声には、京言葉独特の柔らかさと、背筋を凍らせるような底知れない圧力が同居していた。
「あいつらの包囲網を抜けてくるとは……。少しは腕を上げたか?」
彼女が狐の面を外す。 現れたのは、年齢不詳の絶世の美貌。 そして、銀髪の間から覗く、キリコと同じ白い狐の耳。
天帝の側近にして、京帝の裏社会を統べる女狐。 かつて孤児だったキリコとジンを引き取り、地獄のような修行で鍛え上げた師匠。
葛葉。
「……ご無沙汰しております、お師匠様」
キリコがバイクを降り、その場で深々と頭を下げた。 普段のふてぶてしい態度はどこへやら、直立不動の最敬礼だ。 ジンもまた、気まずそうに目を逸らしつつ、帽子を取って頭を下げる。
「げっ、ババア……いや、師匠。元気そうで」
「誰がババアや」
ヒュンッ!
葛葉が扇子を一閃させた。 ただそれだけの動作で、カマイタチのような真空の刃が発生し、ジンの頬を掠める。 一筋の血が流れる。殺気はない。だが、甘えを許さない「挨拶」だ。
「……口の減らんガキやな。ま、ええわ」
葛葉は扇子で口元を隠し、目を細めた。
「ボロボロやないか。……けど、ええ顔になった」
それは、弟子たちの成長を認める、師としての穏やかな眼差しだった。
「通りなはれ。……天帝陛下がお待ちや。その箱の中身、とくと拝見させてもらいまひょ」
二人は、緊張と共に御所の門をくぐる。箱の中身とは何なのか。 アークステイツがあれほど執着し、大統領が頭を下げた「危険物」の正体。 その答えは、この奥にある。
御所の大広間。 荘厳な装飾が施された空間の最奥、御簾の向こうに、その人は座していた。
天帝・昊天。
かつて烏丸の乱の折はまだ12歳の少女だった彼女も、今は22歳。少女の面影を残しつつも、大人の女性としての気品と、国を背負う者特有の静謐なオーラを纏っている。 だが、その瞳の奥にある慈愛の光は、昔と変わっていなかった。
「面を上げなさい」
凛とした声が響く。キリコとジンは顔を上げ、恭しく「桐の箱」を差し出した。 箱の封印は、度重なる戦闘の衝撃にも耐え、解かれていない。
「ご依頼の品、お届けいたしました」
「……大儀でした」
昊天の合図で、葛葉が箱を受け取り、御簾の向こうへと運ぶ。昊天は、繊細な手つきで封印の札を剥がし、蓋を開けた。
ジンがごくりと唾を飲み込む。中からまばゆい光が溢れるのか、それとも禍々しい瘴気が噴き出すのか。核燃料か、古代の魔石か、あるいは生きた魔獣の心臓か。アークステイツの特殊部隊が『ドラゴン・グレイン』と呼んで恐れた、未知のエネルギー体。
だが。
箱の中に鎮座していたのは――乾燥した、茶色い、ごつごつとした塊だった。 土の匂いがする、ただの植物の根っこ。
「……え?」
ジンが目を丸くする。 キリコも、狐耳をピクリと動かして絶句した。
「……芋?」
「はい」
昊天は、それを愛おしそうに両手で包み込んだ。 まるで、世界で一番高価な宝石に触れるように。
「ご苦労様でした。……これは、かつてこの国を救った英雄がこよなく愛した、タピオカ芋の原種です」
「タ、タピオカ……!?」
ジンが脱力して膝をつきそうになる。命がけで運び、最新鋭のサイボーグ部隊と殺し合いになりかけた荷物の正体が、ただの芋の種。 ブラックジョークにしては質が悪すぎる。
「ふざけてるのか……! 俺たちは、こんなもんのために……!」
「いいえ。ふざけてなどいません」
昊天の声が、厳しさを帯びた。 同時に、広間のモニターが起動し、そこに常盤宗一郎大統領の姿が映し出された。
『拍子抜けしましたか? ……ですが、これはテストでした』
常盤が、画面の向こうで静かに告げた。
『この種籾は、ただの芋ではない。……10年前、龍神の加護を受けた土地で育った、奇跡の植物だ。だが、それ以上に重要なのは……君たちが「中身を知らされずとも、依頼を完遂できるか」という点だった』
彼らの真の狙い。 それは、黒狐便が「国家間の陰謀」や「未知の敵」に巻き込まれても、決して荷物を放棄せず、秘密を守り通せるかどうかの選定試験だったのだ。「運ぶ価値」を自分で判断せず、依頼人の想いを最優先できるか。 それが、次の任務には不可欠な資質だからだ。
「アークステイツの精鋭を退け、無事にここまで辿り着いた。……合格です」
昊天が宣言する。 彼女は種芋を葛葉に渡し、玉座から立ち上がった。 そして、真っ直ぐに二人を見据えた。
「あなたたちになら、託せます。……さらに西、海を越えたミサイア共和国へ届けるべき『本当の依頼』を」
「……本当の、依頼?」
キリコが問う。
「はい。……そこには、私たちがどうしても届けなければならない『想い』があります」
昊天は、西の空を向いた。その視線の先には、かつて共に戦い、今は遠く離れた地で平和を守る戦友がいる。
「宛先は、ミサイア共和国初代首相、ルシウス・クロウリー。……彼に、ある『荷物』を届けてほしいのです」
それは、国内輸送のような生易しいものではない。国境を越え、大陸を横断し、様々な勢力の思惑が交錯する中を行く、壮大な旅。 そしてその先には、伝説の英雄たち――『リコリス・バロック』の足跡が続いている。
キリコとジンは顔を見合わせた。 疲労はある。恐怖もある。だが、それ以上に、胸の奥で熱いものが脈打っていた。自分たちが、あの英雄たちの物語に、少しだけ触れられるかもしれないという予感。
二人は、同時にニヤリと笑った。望むところだ。
「ええ。……黒狐便にお任せを」
キリコが請け負う。 ジンが、背中の翼を震わせる。
「どこへでも運んでやるよ。……地獄の果てでもな」
二人の視線は、御所の窓から見える西の空――遥かなるユーガリア大陸へと向けられていた。 黄昏の空に、一番星が輝き始めていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




