第五話「幽霊の包囲網」1
第一章 黒塗りの招待状
東帝都・不死川。 黄昏時の雑居ビル。『黒狐便』の事務所内には、気だるい夕方の空気が沈殿していた。 デスクに散らばる伝票と、カップ麺の残り香。平和すぎて欠伸が出そうな、いつもの時間。
だが。
「……ジン。準備して」
キリコ(九十九霧狐)が、不意に耳を立てた。気だるげだった表情が一変し、仕事人の鋭い眼差しになる。 彼女の狐耳が、ビルの谷間を吹き抜ける風の音の中から、微かな、しかし確かな足音を聞き取ったのだ。 規則正しく、重く、そして迷いのない足取り。
「……ん?」
ジン(夜刃迅)も動きを止める。彼の背中の筋肉が張り詰め、見えない翼が臨戦態勢に入る。
「客だよ。……それも、随分と古い匂いのする客だ」
キリコは、両手で独特な印を結んだ。 人差し指と親指で輪を作り、それを重ね合わせる。 狐の窓。 固有能力『千里眼(狐の窓)』。
彼女は片目をつぶり、指で作った小さな窓から虚空を覗き込んだ。 視界が変質する。 コンクリートの壁が透け、因果の糸が見えるようになる。
ビルのエントランス。 エレベーターを使わず、階段を一歩一歩、重そうに上がってくる人影。 初老の男性。 その身に纏う空気は、かつて修羅場をくぐり抜けてきた者のそれだ。 硝煙と、後悔と、そして微かな希望の匂い。
「……当たりだ。厄介ごとの匂いがするわ」
キリコは、ニヤリと笑った。 退屈な時間が終わる予感。 この足音は、ただの依頼人ではない。歴史そのものが階段を上ってくる音だ。
「へいへい」
ジンはタオルで汗を拭い、壁に掛けてあった黒いライダースジャケットを羽織った。 背中の翼を隠すように、ジッパーを首元まで上げる。その瞳に、獲物を狙う獣のような光が宿る。
「……歓迎してやろうぜ」
コツ、コツ、コツ。 足音が近づいてくる。 そして、鉄扉の前で止まった。
コン、コン。
控えめな、しかし力強いノックの音が響いた。 それは、止まっていた時間を動かす、新しい物語の幕開けの音だった。 黄昏の運び屋たちの夜が、今、始まろうとしている。
「……どうぞ。鍵は開いてるわ」
キリコが声をかけると、ドアが開いた。そこに立っていたのは、仕立ての良いダークスーツを着こなした白髪の紳士だった。 SPはいない。たった一人だ。 だが、その顔を見間違える皇国民はいないだろう。 深く刻まれた皺の一つ一つに、この国の激動の10年が刻まれている。
皇国大統領、常盤 宗一郎。
「……ここが、『黒狐便』かね?」
常盤は、薄汚れた事務所を見回し、どこか懐かしそうに目を細めた。
「ええ。……何でも運ぶのがウリよ。たとえ、国のトップからの依頼でもね」
キリコは動揺を隠し、不敵に微笑んでみせた。 常盤は満足げに頷き、事務所の中へと足を踏み入れた。 その一歩で、事務所の空気が一変する。 国家の重圧が、狭い部屋に満ちる。
「話が早くて助かる」
常盤は、懐から風呂敷に包まれた小さな箱を取り出し、乱雑なデスクの上に置いた。 風呂敷が解かれると、現れたのは古びた「桐の箱」だった。大きさは弁当箱ほど。だが、その表面にはびっしりと封印の御札が貼られ、注連縄で厳重に縛られている。
「君たちに、運んでほしいものがある。……公式ルートでは決して運べない、極めて政治的かつ霊的な『危険物』だ」
「……なんだこれ」
ジンが眉をひそめる。 ただの箱ではない。空間そのものが歪んでいるような重圧を感じる。
キリコが『千里眼』を発動し、指の隙間から箱を覗き込む。 だが、中身は見えなかった。幾重にも張り巡らされた強力な結界が、視線を遮断している。 ただ、微かに、懐かしくも神聖な「土」の匂いと、膨大なエネルギーの波動が漂ってくる。
「宛先は?」
キリコが問う。 常盤は、真っ直ぐにキリコを見据えた。
「西の古都・京帝。……天帝・昊天陛下への直通便だ」
国家元首から、象徴君主への極秘輸送。失敗すれば国際問題、あるいは歴史の闇に葬られるレベルの依頼だ。
「報酬は?」
ジンが喉を鳴らす。
「成功すれば、国家予算から特別機密費を支払おう。……向こう10年、遊んで暮らせる額だ。それに、君たちのこれまでの『非公式な活動』への黙認も約束する」
破格の条件。 だが、それ以上にキリコの心を動かしたのは、常盤の言葉だった。
「かつて、この国を救った『名もなき英雄たち』も、君たちのようなはみ出し者だった。……私は、そういう連中の底力を信じているのだよ」
常盤の目は、遠い過去――10年前の戦友たちを懐かしむように細められていた。 その「英雄たち」こそが、キリコとジンが追い続けている背中だ。この依頼を受ければ、その背中に近づけるかもしれない。
「……引き受けましょう」
キリコは箱を手に取った。 見た目よりもずっと重い。それは、歴史と国家の重みだった。
「いいか、ジン。……この箱は、私の命より大事よ」
「へいへい。……傷一つつかせねえよ」
二人は依頼を受諾した。 だが、彼らはまだ知らない。この箱の中身が、世界中の裏組織が血眼になって探している「禁断の果実」であることを。 そして、この依頼が、彼らを伝説の場所へと導く最初のチケットであることを。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




