一日目(2)
竹ノ塚駅から電車を乗り継いで、新橋駅にへと到着した。
西口を抜けて、お目当ての蒸気機関車に辿り着く。
案の定、サラリーマンやテレビカメラは既に蒸気機関車の前にはいなかったが、それでも新橋にやって来たという事が重要なのである。限りある人生、何かを思った時に行動へと移せる機会が自分の人生にどれだけ残されているのかわからないのだから。
蒸気機関車の全体を見る為に周りをぐるっと回る。大きく壮大で幻想的なその姿は古代のロマンというものが何たるかを教えてくれるようだ。
貴重な休みにこんな事をして何が良いんだなんて一切思わずに機関車の周りを歩いていると、橋を模しているであろうレンガ塀の上に男が一人立ちながら蒸気機関車を見ている姿が目に入った。
こんな平日の真昼間に鞄も持たずビジネススーツを着ている男をなんとも不思議に思ってしまい、つい声を掛けたくなった。
「何をしているんですか?」
「ん、私かい?いや気のせいよね」
「貴方ですよ、鞄を持たないサラリーマンの方」
「あら、私に話しかけますか」
男は、自分に声を掛けてきた人間を不思議に思っているようで恐る恐るレンガ塀から降りて、此方に足を向ける。
「蒸気機関車を見に来たんですよね?私もなんですよ」
「あ、そうなんですね。……てことはあなたが。ああ、そうですかそうですか」
男は奇妙な発言を続けながら、じろじろと此方の顔を体を交互に見続けた。
「なんでしょうか?」
男はまた蒸気機関車の方を向き直すと、私の質問には答えずに会話を続けた。
「しかしあれですね、嫌な世の中ですね。世界は良い方向に進みつつあると思っても、どこかで悪い方向にへと進んでいるように見えてしまう。誰が悪いか知ってます?私にはわからないなあ」
声を掛けたのが間違いだったのだろう、目の前の男は明らかに変な人だった。この場から急いで離れようと後退りすると、男は手を前にかざすと、鋭い眼光をしながら私に重く長い言葉を放った。
「あなた、あれでしょ?自分の人生が正しいものだったかわからない。どうせなら過去に戻ってやり直したいが、戻れないのなら未来に向かって生き続けるしかない。ここに来たのは私の意思です。貴方に会ったのもきっと何かの縁、良いでしょう教えてあげますよ。ワタシは神に値するもの、或いは神に連なるもの、もしくは神に与するもの。まあ細かいところは何でも良いんです。つまりは貴方に救いをもたらす者でございます」
「救いをもたらす者?」
男はとても奇妙な事を言ってきたが、どうしてもここから振り逃げる事を私の脳が拒否していた。私が欲しかったのは救いだったのだろうか?
男の顔を見続けていると、男はニヤリと笑い、また口を開いた。
「パラレルワールドって知ってます?」
「パラレルワールドですか?あの並行世界みたいな…」
「まあ、そういうのです。別れ道の左右どちらに進むか、進んだらそれぞれどうなったのか等というヤツです」
「そのパラレルワールドがどうしたんですか?」
「チッチッチッ、簡単な話ですよ。ここは一つのパラレルワールドみたいなものです。それこそ貴方の人生が良くなる為の条件ですよ」
パラレルワールド、つまり選んだ選択によって人生が変わるように選ばなかった人生によっては大きな変動を向かえるということ。一羽の蝶が羽ばたいて竜巻を起こす可能性があるように、誰かの行いで一夜にして世界が変動を起こすように、この世界とは別の観測できない状態になっている世界の事を指す。それがいったい、どうして?
私の疑問に思っている顔を見て、男はついに手を天に向けた。
「だから、ここは貴方の世界なんですよ!貴方が良い行いをすればここは善き世界になるし、善くない行いをすれば悪しき世界になる。善悪どっちとも言えない行動なら?良し悪し関係なく世界の変動は起こらない」
信じられるかそんな話、ここが私の世界? 世界は誰のものでもない。私個人が行動を起こしたら良くなっているのなら、受験に失敗し続けているのは矛盾しているでは無いか。そりゃ合格していたら私の人生は善きものだったろうがそうでは無いのだから無関係だと言う何よりの根拠になるであろう。
「例えば、子供の頃の夢を叶えるために努力した経験は?」
言われてみてハッと思い返す。確かに子供の頃から努力らしい努力をした記憶は無かった。きっと人生どうにかなると心のどこかで思い続けていたのだろう。その結果がこれなら確かに人生の変動の存在は当てはまるのかもしれない。だからと言って全てを信用することなど出来ない。こんなもの、占いで言うバーナム効果と同じだ。それっぽいことを言っているだけでしか無いのだ。
「だからと言って、私の世界がパラレルワールドになっているとは思えない」
「当たり前の疑問です。パラレルワールドは自分自身でも観測できない、つまり貴方の意思とは別の世界にある。ですが、それって不思議じゃありませんか?貴方の魂がそこにあるのなら記憶が繋がっていないのはおかしい。逆に言えば貴方が死んだ時の記憶はここの世界線にしか繋がらないのかという話」
「ちょっと何を言っているのか……」
「簡単な話です。記憶とは魂の上に塗り重ねられるもの、貴方の人生の最後に全てのパラレルワールドが一点に集中され、貴方の人生が善きものになったと認識できるものなのです」
「つまり?」
「言ってしまえば、生者が縦に移動するとき過去に戻る事は出来ない。未来にしか進めない。ですが横に移動することは出来る。貴方の行動で横に移動するんです実際は」
「証拠無いんですか?」
男はポケットをゴソゴソと探すも、諦めたのか直ぐに手をポケットから外に出す。
「今はまだ何も。ですが、あのぉ……貴方の贔屓チームが優勝出来るかもって期待されてたのに優勝出来なかった記憶ありません?」
「まさか……」
「それ、貴方に心当たりあるんじゃ無いですか?」
射貫かれた感覚が襲った。正直な話、心当たりがあったのだ。あの年、あの時、どこかで満身があった。バイトもあまり手に付かず、この時期は確かに良くなかった事が立て続けに起きていたのも確かだった。
まさか、それだと言うのか?
「何か心当たりがあるなら変わりましょうよ。そうですね、例えば今日から三日間、貴方は自分の人生の転機を自分から強制的に迎えてください。それが何よりもの証拠になるはずです。ただし、パラレルワールドはあくまでも横移動、一つ一つの積み重ねが重要。Understand?大きな変化は期待しないでくださいね。例えば貴方が宝くじを買ってそれが当たって大金持ちになったとしても、貴方が目を覚ました瞬間に大金持ちになっているなんて事は無いんですから」




