一日目(1)
本日、三月三十一日、年度末。
毎年の事ながら、この時期になると途端に死んでしまいたくなる。
しかし、これも毎度の事ながらやはり死ぬのは怖いのである。
自分が死んだ後の世界が怖いのではない。自分が死んだ後に、自分がどうなるのかわからないのが恐ろしいのである。
正確に言うなら自分の魂とも言える意識の所在が不明な点だ。記憶と言っても差し支えないのだろうか? そこは私にはわからない。
とにかく、人は死んだらどうなるのか現代の科学を持ってしても未だに判明していない。中には生まれ変わりや幽霊の起こす現象について唱える者もいるが、それらは明確に全てを信頼できる根拠になる訳ではない。そして、この想いも新年度が始まると何も無かったかのように消え失せるのが私の中の既定路線であった。
私は至って普通の家庭で産まれ、普通の両親の下、現在の二十六歳まで健康に育った。
しかし、悲しいことに成長過程が普通だったのかは議論の予知が生まれるのである。
中学校受験は失敗し地元の中学校へ入学、高校受験も志望校を落として地元の滑り止めに補欠合格、大学に至っては高校の中盤で自分の不甲斐なさから精神的に病んでしまい、最早受験すらまともに出来なかった。
ここまで来ると、心底自分という人間は親を不幸にする為に産まれてきた疫病神なのでは無いかと不安になる。が、それでも親は私に幾ばくかの期待をし続けてくれているようで温かい態度で世話をしてくれたのであった。
私は、その優しい気持ちに漬け込む事を自分ながらに許すことが出来ず、ついには二十一の齢、茨城にある実家を離れ東京へと上京したのであった。
しかし、ここでもまた悲しい性が私を襲うことになる。
私は都会への憧れよりも恐怖の方が勝ってしまったのだ。元より親から離れる為の上京である。都会と言うには充実感が少なく、田舎と言うには営みを感じられる場所が良い。
そうして、私は一つの町をこの条件の中から選ぶことにした。
少し線路沿いに移動すれば直ぐにでも埼玉県へと逃げ延びる事が出来るが、れっきとした東京都に在する土地であり東京都は足立区の北部に位置し、最寄りの駅名と町名の表記に一文字だけ平仮名と片仮名の差が存在する土地、竹の塚、ここが私の現在暮らす町である。
ここ二、三年で駅が賑やかになったらしいが前の状態を知らない私からしたらそんなことは露も知らない事である。
そうして、私は一人で生きる為の生活を始めた。駅の近くにあるショッピングモールでバイトを始めたのだ。現実に目を背けるように生きるのはとても無情に感じられて心苦しい夜もあったが、それでも自分の生を全うする為だと納得させる様に働いた。
だが、時々思ってしまうのだ。自分が本当に生きたかった人生はこれなのか? 子供の頃の夢が叶わなかったのは仕方がない事だと思える。こんな彩りの無い人生でも人間として生きていられるだけで満足するべきなのだから。
しかし、最も残念なことに、私は自分の夢が何だったのかすら忘れてしまっていた。
そんなこんなで今日が始まる。一人が生活していくには充分な時間と金が手に入っていた。テレビを点けると、ニュースでは世界情勢の混乱を報道していた。悪化すれば日本にも悪影響が出るらしい。
勘弁して欲しかった。生きていくのにも金がかかるこの世界で、更に自分の人生が何だったのかと悩みながら死にたくは無い。せめて死ぬ前に親へ孝行を返したい。
しかし私には、これから起きる全ての事象が悪い方向に行かなければ良いと呟くことしか出来なかった。
ニュースを見続けていると、新橋にある大きな蒸気機関車の前でインタビューに答えているサラリーマンが笑顔でリポーターの質問に答える姿が映った。きっと彼の人生には彩りがあるのだろう。バイト生活の私とは違う人生に対しての彩りが。
それが彼にとって最初から望んでいた物なのかはわからないが、きっと自分から動いて手にした彩りなのだろうと言うことは察することが出来た。
こういうのを見ていると、時々思ってしまうことがある。世界に名を残すようなスポーツ選手になりたい訳ではない、大金持ちになりたいとも思っていない。だけど、もし、もしも許されるのならば、自分にどんな可能性があったのかを知りたい。全てを記憶した上で過去に戻ってやり直したいと私は枕を濡らし始める。そうすれば、きっともっと自分にとって納得の行く人生を送ることが出来たのでは無いかと。
私は涙を流すのを辞め、テレビを消した。過去に戻れたらどれだけ素敵なことだろう。だが、今の私にはそれをする事が出来ない。方法さえわからない。そこで、先ずは行動を起こす事にした。
新橋に行こう。今日を生き、明日を生きる為に、とりあえず新橋を散歩する事に決めたのだった。




