第三十四話 巻き戻す世界
斬撃が突き刺さり、ダメージエフェクトが舞う。
直撃を受けた要塞サイズのレオランウータイガーが、よろめき片膝をつく。
すかさずワンバウンドが掲げた右腕をふりおろした。
「今だ! 畳みかけろ! ガッツリンに続け!」
ワンバウンドのパーティーによる連携攻撃が行われる。
「《エクストリームゲイル》!!」
「《シャドウグラビティースラッシュ》!!」
ワンバウンドたちの声も弾むように紡がれ、魔法が次々と叩きこまれていく。
ボスの足が止まるのを待ち構えていたのか、温存していた力をここで全解放するようだ。
押せ押せムードに見えたが、敵も抵抗をみせ、尻尾を用いた範囲攻撃で返す。
地を這う衝撃波が、戦場一帯にふき荒れた。
「ぐっ! 全員気をつけろ!」
「わわっ! TKG氏! しっかりするんだニャ~!」
「店長! TKG! 無事か!?」
店長たちが突っこんだ雪山にも直撃したようで、慌てた声がやまびことなって響く。
急いで店長の方へ向かおうとしたら、守りの魔法が展開された。
「ガッツリン殿、ここは拙者に任されよ!」
「アイムマヨラー、生きてたのか!?」
「廃課金者を舐めるなでござるよ! 復活の宝珠が砕けたうっぷんを、敵に叩きつけてやりまする!」
TKGは気を失ったみたいだが、アイムマヨラーがついてくれるのなら安心だ。
ならば、俺のやるべきことをやるだけ。
心に活力が灯る。
その瞬間──ジタンレシピーのハスキーボイスが耳に飛びこんでくる。
「総員! 一斉攻撃!」
「「イエスマァム!!」」
精鋭たちも立て直したようで、ジタンレシピーの指揮で暴れ始めた。
出遅れてしまい、わずかに放心していると背後から檄が飛んできた。
「ガッツリン、もたついてんじゃないよ! 敵をいためつけるのも、炒飯を炒めるのも同じでね。要領よくパパっとしあげな!」
「了解っす!」
ジタンレシピーへ背中越しに返事をして、俺はボスに向かって駆けだす。
走る最中、遠目のアイムマヨラーがこちらへ支援魔法を放ってきた。
「《プロデュースアクセラレーション》! ガッツリン殿、頼むでござる!」
「サンキュー! 奴を倒したらマヨネーズ三昧の料理を作ってやるよ!」
走りながらサムズアップをかわしあう。
支援効果が体になじみ、とてつもない加速が始まる。
何だか楽しくなってきた。
「いくぜ、レオランウータイガー!」
『人よ。たいしたものだ。我の全力でもって応えよう』
「へっ! 上から目線をやめろってーの!」
敵の攻撃をダッシュで避け、背後に回りこんで連撃を叩きこむ。
一撃、一撃に力がみなぎる。
風も音も追い越し、筋繊維の悲鳴を無視して斬撃の嵐を見舞う。
『速い……捉えきれぬ!』
「オリハルコンの味はどうよ? 星をも砕けるみじん切りだぜ!」
血しぶきが落ちる前に次の連撃を叩きこむ。
その最中、戦場をぬりかえるほどの紅い光が横槍となって現れ、魔法の詠唱を終えたローカロリーの姿を視界の端に捉える。
無数のホログラムが光の粒子となって、彼女の杖に集まっていった。
「いくよ! 《フレイムバスター》!」
他の炎もすべて焼き尽くす最強の火魔法。
いわゆるごんぶとレーザーだ。
その紅いレーザーは、真夏の直射日光のような凄まじい光量。
直視すらままならない中、大地の雪は一瞬で気化して、大爆発が起こった。
「な、何も見えん! ボスはどうなった?」
「ダメだ、立てねぇ!」
引き起こされた爆発で混乱が起こる中、俺だけは敵めがけて一直線にかける。
装甲みたいだった外皮が、焼きただれてボロボロになっているレオランウータイガー。
『見事なり』
「これが俺たちの力だ!」
渾身の一撃を叩きこみ、首を切りおとした。
《プレイヤー名『ガッツリン』が、特殊レイドボスのレオランウータイガーを撃破しました。参加したパーティー全員へ報酬が行われます》
イベントクリアのアナウンスが流れ、歓声が沸き起こる。
俺は周りに目もくれず、ヨロヨロと店長の元へ向かう。
そこには、高位の回復魔法の使い手たちが、必死に治療を行う姿があった。
今も繰り返し店長へ魔法がそそがれている。
だが──。
《エラー。対象外。イートインワールドに存在しないモンスターです》
「なんだよこれ! こんなの初めてだぞ!」
「ポーションは少し効いた! でも、このままじゃ……」
店長の片腕は肩からちぎれている。
止血と応急処置、ポーションで体力回復もできたみたいだが、部位欠損を治す魔法がどうしても弾かれてしまう。
見かねたアイムマヨラーが、何かのアイテムを取りだした。
「店長殿! しっかりしてくだされ! 拙者の500万円、受けとられよ!」
「マジかよ……あれ、本物のフェニックスエリクサーだぞ」
アイムマヨラーは最高額の課金アイテムを使って店長を治そうとした。
《エラー。対象外。イートインワールドに存在しないモンスターです》
そのシステム音声に俺たちは絶句してしまう。
皆の顔色を心配したのか、ガシマ店長が気遣うように笑みを浮かべた。
「オラは大丈夫だニャ~。マロンさんが無事で良かったんだニャ~」
息を切らしつつも、しっかりとした声のガシマ店長。
その視線は、遠くからこちらを見守っているマロンへ向けられている。
命だけは助かりそうな様子に俺は安堵した。
「店長、無事で良かった。マロンさんに想いを伝えられたのも良かったな」
言い終える前に後悔。
ガシマ店長のいつも通りの眠そうな目には、うっすらと涙が見える。
「ハハハニャ~……隻腕じゃもうナポリタンも作れないんだニャ~……」
「諦めるなよ店長! 夢は! 喫茶店はどうなるんだ! 店長が諦めないためなら俺、何でもするよ!」
大して美味しくないなんて言って悪かった。
そう伝えたくても言葉が出てこない。言葉にしてしまうと、店長が再び料理をするのを諦めてしまいそうに思えたから。
「ガッツリン氏が……オラの分まで料理を頑張ってくれるはずだニャ~」
俺は必死で首をふり続ける。
何か伝えなければと口を開きかけたら、肩を掴まれ、押しのけられた。
「ちょ、誰だよ!?」
「イジェクト。我が偉大な純喫茶の師と話す」
「……TKG氏、無事で良かったニャ~」
治療を受けて回復したTKGが、肩を震わせながらガシマ店長に歩み寄る。
「偉大な純喫茶の師……いや、ガシマ店長。俺との約束を覚えているか?」
「もちろんニャ~」
「それならちゃんと守れ。俺は守るぞ」
俺の知らないところで何か約束を交わしていたのだろうか。
他の人が入りこめない空気を感じる。
「だけどニャ~……この腕……」
「ミュート。我の天空と邂逅する翼は、純喫茶を時代へ穿つ夢と共に」
そうTKGが言い終えたとき、虹色のまばゆい光がTKGを包んだ。
ユニークスキルを獲得するときの現象だが、なぜこの瞬間に発生するのかが分からない。
光が収束するのと同時にTKGが叫ぶ。
「来たれ! 《リワインド・タイムカクテル》!!」
──瞬間、世界から音や色、香りまでもが消え失せ、灰色の世界が訪れる。
身動き一つとることすらできない。
一体何が起こったのか。驚きを声にすることさえもできなかった。
だが、それも数秒のこと。
「ニャ~、腕が……腕が治ったんだニャ~!」
店長に再び笑顔が灯り、俺は思わず店長を抱きしめた。





