第八十九話 説明を噛み砕く
「まぁ、しかしながら、大将首を取りに行くって考え方は、あながち間違いじゃないだろうね」
クッキーを口に放り込み、もぐもぐと噛み砕く齋藤は、「いい観点だ」と付け加えてそう言った。
「は?」
力を使わない説得について話していたところでの、あまりに物騒な物言い。和美は思わず強い口調で返した。こんな状況だからだろうか、齋藤の言葉は冗談めいて響いた。いや、半分は冗談なのだろう。齋藤はそういう人物像を演じている。理由は分からないが、あえて模倣している。
「いやいや、ほら、さっき僕が戦争だとか祭りだとか例えたろう? つまり、そういうことなんだよ。小早志さんがただ増殖して皆の頭に囁くだけで満足すると思うかい?」
齋藤は部屋のあちこちにいる小早志の幻影を指さしていく。
「外は危険だとも言ったはずなのに、二人は僕の話を聞いてないのかい? 悲しいなぁ」
言葉とは裏腹に、齋藤は微笑みを崩さず、むしろ深く笑んでいるように見えた。
「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、僕は事実を話してる。今起ころうとしているのは、小早志さんと西生家の小競り合いなんかじゃない。戦争だ。小早志さんは鬼として人間を駆逐しようと、狂気を溢れさせている。鬼ならば誰もが持つ、人間に取って代わろうとする意識に従っているんだよ」
僕も同じ意識に従い、君に目をつけていた――齋藤はそう言い、和美を指さした。
「だからこれから、乃木市全体に小鬼が溢れ、小早志さんが溢れる。市民全員との殺し合い――血祭り、なんて言うと不謹慎かもしれないけど、とても鎮魂祭なんて呼べるものじゃない」
魂は荒れ狂うだろう――その言葉を遮るように、矢附が立ち上がった。
「そんなっ! どうにか出来ないんですか!?」
「矢附さんもすっかり高城さんに影響されて、《お手伝い》精神が芽生えちゃったみたいだね。ははは。どうにか出来る役があるとすれば西生家の面々だろうし、君達がまず考えるべきは――どうにかすることじゃなくて、どうにかなるまで生き残ることだ」
ほら、と齋藤が言うと、和美と矢附の間にいた小早志の幻影が、大きな口を開けて揺れ出した。
二人は驚いて身を引こうとしたが、別の小早志の幻影が立ちはだかる。幻のはずなのに、実体を持つ分体。身体ごとぶつかり、逃げ道を塞いだ。
「ああ、大丈夫。このカウンセリングルームは僕の境界だからね。小早志さんが今、君達を傷つけることは出来ない。まだ僕の方が力では優っているから。勝手はさせないさ」
そう言いながら、齋藤はサワークリームを塗ったクッキーを頬張った。
「美味しいよ、食べないのかい?」
場違いな問いに、和美と矢附は同時に首を振った。
「……勝手はさせないって、わざと増やしてるの?」
「ご明察。矢附さんは物分かりがいいね。あ、でも鬼同士の馴れ合いってことじゃない。あくまで説明を分かりやすくするための処置さ。僕はスクールカウンセラーという、いわば副教師的な役割だからね。教えを乞われたら丁寧に答えるのが仕事、ってやつさ」
「私達がここに来ること、わかっていたってこと?」
「ああ。だってほら、僕は頼りがいがあるだろ?」
そう言って豊満な身体を誇示するが、和美と矢附は冷めた目を向けるだけだった。冗談だよ、と齋藤は咳払いでごまかした。
「……ともあれ、この部屋を出たら僕の境界じゃなくなる。小早志さんが好き放題を始めるだろうね」
「副教師だとか言うなら、学校を守るつもりは――」
「ははは、あるわけないだろう。忘れていないだろうけど、僕も鬼だ。命を張って人間を守る義理も無ければ、取って代わろうとする同類を邪魔する理由も無い。僕は僕が死ななければそれでいい」
齋藤の言葉は、和美のひらめいた案を真っ向から否定した。名前を持つ鬼。その脅威が計り知れないなら、それを止められるのは――
「だから僕を小早志さんにぶつけようとしても無駄だよ、高城さん。ちょっと乱暴な考えだよね、それ」
あるはずのない正義感を煽り、対抗の理由を与えようとした和美の企みは、徒労にすらならず、即座に却下された。




