第七十五話 くるみパン大人形
パチパチパチパチ。
マンションの廊下に響く拍手。
「ええやん、ええやん。涙ありの友情物語。……まぁ、ちょっと感情移入しにくいのが難点やけどね」
拍手の主はそう言った後、目の前に立つ少年に、なぁ、と同意を求める。
同意を求められた少年──笠沼正太は微動だにせず、ただ相手を見上げるだけだった。
「何の話、ですか? お姉さん、誰、ですか?」
慣れない敬語を拙く付け足して問う正太。
所用の帰り、家の前で待ち構えていた巫女装束の女性に面食らっていた。
「んー、悲しいなぁ。一度は名乗ったやないの。ん、あれ、名乗ったんやったっけ? あかん、忘れてもうた。まぁええか。そない長い付き合いになるわけやないし」
巫女装束の女性──西生花菜は大袈裟に額へと手を当てるが、申し訳なさそうな素振りは一切見せなかった。
「それにしてもあれやで、こんな時間に動物虐待してたらあかんで。小学生は学校に行く時間やろ?」
「お姉さん……そんな姿して児童相談所の人?」
「ちゃうちゃう、そないなコスプレ職員やない。ああ、安心しぃ、別にお母さんに報告しに来たわけやない。ただな、そんなんしてたら“あの子”が悲しむ、って話しとるだけ」
「あの子」と言われ、正太は眉をひそめた。
見知らぬ誰かではない。花菜の言い方は、正太も知っている人物のことを指していた。
「せっかく蘇っても、やること一緒やったなんてな。あの子が望んだもんやないやろうし。まぁ唯一の救いは──それを知らずに、さよならバイバイできることやろね」
誇張するように手をひらひらと振る花菜。
だがその目の奥は冷たく、正太に向けられた感情は明らかな軽蔑だった。
「さよならバイバイ……?」
「妹達が白鬼を止めよったからな。偽りの再生は時間切れ、っちゅうことや。何のことかわからんやろけど──まぁ最期くらいは、見届けに来たで。あの子はややこしい状況なっとるから、来れへんやろしな」
花菜の言葉の意味を理解できない正太は、もうこれ以上聞いていられないと花菜の横をすり抜けようとした──が。
踏み込んだ足が半透明になっているのに気づき、思わず声を上げた。
「せや、正太君。くるみパン食べる?」
「な、な、何を言ってるんだよ! あ、足が……足が──」
「いやな、うちのおかんが今パン屋やっててなぁ。そこの新作くるみパン、絶品やねん。一個ぐらい思い出に……って思たんやけど、んー、今はそれどころやないか」
花菜は腰の巾着袋からくるみパンを取り出すと、はむっと頬張った。
足から腰、腰から胴へ──徐々に広がっていく正太の半透明化。
「消したもんの償いとして、殺されたもんの弔いとして、最期まで見といたるわ。……“安心して逝け”って言うのは、ちょっと違うかもしれんけどな」
やがて首元まで半透明化が進むと、正太は先ほどまでの困惑をふっと消し去った。
まるでスイッチを切られたオモチャのように、無表情のまま一点を見つめる。
「……ほな、さいなら」
透明へと変わり、白く淡い光の粒子となって散る正太の姿を見届けながら、花菜は哀しみを帯びた声で呟いた。




