第七十六話 焼きそばパン大量入荷
「わぁ、焼きそばパンがこんなに沢山!」
購買部のショーケースに並ぶ、普段は見られない光景に和美は思わず声を上げた。
購買部の人気商品・焼きそばパンが、まるでピラミッドのように積み上げられている。パン屋でもそうそう見られる光景ではないだろう。
「ほら、文化祭が近くなって残る生徒が増えたでしょ。そうなると夕方にも食べたくなるのか、パンの注文がぐんと増えるのよ。特に焼きそばパンは人気すぎて、もう注文っていうよりクレームの域ね」
にこやかに笑う購買部のおばさんにつられて、和美も笑った。
十一月に入り、文化祭までカウントダウンの時期。気温も下がり、和美は制服の上下に防寒具を重ね着していた。
「今からこれじゃ、真冬はどうなるんだろう」と毎年思うのに、結局「なんとか過ごした」という記憶しか残らない。学習のないままだった。
和美が白鬼の力を解除してから、もう随分と経つ。
生徒も教師も、あの日の騒動を一切覚えていなかった。白鬼の力が収まり、西生の力が働いた結果、《何事もなかった》ことにされたのだ。
どこまで辻褄が合わせられたのかは不明だが、横宮は何も覚えていないし、奈菜達もただの遅刻扱いで普段どおりの生活を送っていた。
和美は気持ちを切り替えるため、一週間ほど「風邪」ということで休ませてもらった。
「それじゃあ、えっと……二個ください」
「毎度。二つで二百四十円だよ」
お金を渡して焼きそばパンを受け取る。
「高城さんのクラスは文化祭、何やるんだい?」
「喫茶店です。あ、メイド喫茶とかじゃなくて。クラスに一人すごくコーヒー好きな子がいて──」
催し物は、和美が休んでいる間に決まり、準備もとんとん拍子に進んでいた。
そのせいか、少し蚊帳の外に置かれたような感覚がある。
白鬼の件以来《お手伝い》の数を減らしていた和美は、文化祭準備にも十分に関われず、笠原に指摘されたとおり他人と距離をとる姿勢が今になって響いていた。結果、周囲から遠慮されているのを感じてしまうのだった。
購買部のおばさんと少し話したあと、和美は教室に戻り、秋原と矢附と一緒に昼食をとった。
「おお、焼きそばパンじゃん。高城さん、ラッキーだね」
席に着いた和美の手元を見て、秋原が即座に反応する。
「うん、ラッキーなんだけど、実は文化祭キャンペーンっていうのか、今は大量入荷中みたい」
「へぇ、そうなんだ。私も食べてみようかなぁ」
弁当箱を手にしながら矢附が興味ありげに声をあげる。
「舞彩は少食だから、食べるならお弁当がないときだね」
「そんなことないよぉ。私だって結構食べるんだから。ほら、体力作りのために意識してるし。か、和美みたいに焼きそばパン二個だっていけるんだから!」
何を張り合ってるんだろう、と和美は微笑ましく思った。焼きそばパン二個くらいで「結構食べる」と言われても、まったく凄くはない。
「高城さん達さ、まだ名前呼びに慣れてないんだね」
秋原の無邪気な指摘に、和美と矢附は思わず気恥ずかしくなる。
友達になろうと決めて、最初に始めたのが「名前呼び」だった。
奈菜とはすぐ自然に呼び合えるようになったが、矢附や笠原とはまだどこかぎこちない。
「いいの、そのうち自然になるんだから。秋原さんも、やってみる?」
「やってみる、って名前呼び? うーん……なんかそういうのって、決めて始めるもんじゃない気がするんだよね。名前呼びが自然にしっくり来るタイミングが、ある日ふっと訪れる、みたいな」
確かに、と和美は頷いた。だが思い返しても、自分にはそんな自然な名前呼びに移れた相手がいない。
やっぱり自分は友達作りが下手なんじゃないか──そんな疑問が頭をよぎる。
「そもそも名前呼ぶから友達、ってわけでもないでしょ? あ、別に二人のことを否定してるわけじゃなくてね。いいと思うよ。そういうのに神経使わなくても」
器用に箸を動かしながら喋る秋原。
和美は焼きそばパンを頬張り、矢附は箸を止めて話に耳を傾ける。
「でもさ、どんな形であれ“友達になろう”って姿勢は素敵だと思うよ。矢附さんから言い出したんでしょ? すごくいいと思う」
秋原は矢附に向けて親指を立てて、グッと付け加えた。
「ですよね」と思わず敬語になる矢附の目が、嬉しさで輝いていた。




