第百十五話 私はとにかく殴りたいの
気を失っていた訳では無いが、頬に当たりそれから全身に伝播した強い衝撃、そして吹っ飛ばされた先で背中をカウンターに打ちつけて、起き上がるのが困難になるほど痛みと痺れが和美の身体中を巡っていた。
追撃が来ると慌てて動こうにも動かない身体にヤキモキしていると、和美の横に鈎の身体が吹っ飛ばされてきた。
「か、鈎さんっ!?」
和美の呼びかけに鈎は答えず、ぐったりとカウンターに仰向けで倒れ込む。ほんの数秒の事で人間が二人も吹っ飛ばされてきて貸出カウンターの担当をしていた職員は、慌ててその場から逃げ出した。逃げ場となる一階への階段に向かって、職員や客となる子供や保護者を含めた来館者達が押し寄せて行くが那間良はそんな集団には目もくれず、和美の元へゆっくりと歩き近づいてくる。
「イッパツジャ・・・・・・終わらないよね、高城さん?」
両手の指の関節をポキポキと鳴らしながら、微笑みかける那間良。
「最悪・・・・・・赤鬼に操られてるわけじゃないんですね、那間良さん」
貸出カウンターに手を当てて、和美はどうにか身体を起こした。何秒の出来事かハッキリとはわからないが、未だに身体の痺れが取れないあたり那間良の一撃の危険性が良くわかる。
「正直、悔しいけど半々ってところなのよね。赤鬼だか何だか言うのの影響を受けるのってこれで二回目なんでしょ? 操られて思い出したけどさ。二回目なのに、また私は従わされてる」
つい先程までの甲高い関西弁とは違い、那間良本来の言葉で話しているのは僅かな時間だが同僚として働いたことのある和美にもわかった。エル・プラーザで対峙した時よりも落ち着いた口調で話しているので、本来はこういう話し方なのだろう。
ただ、それが最悪であると和美は思った。
那間良は赤鬼に操られること自体には拒否反応を抱いてそうだが、和美と鈎を殴り飛ばしたことについては前向きなのではないだろうか。
「鬼の残滓って言うの? 普段なら、何言ってんだコイツら、とか思っちゃうとこだけどその残滓とか言うのさ、忘れてた記憶だとか私の知らないはずの情報だとか与えられちゃって。あながち夢の話だとか薬決まった話とか無視できなくなったわけ。私、そういう薬とか手を出しては無いし」
鬼が認知存在であり、記憶を共有する群体的存在である為か残滓にも情報が保有されていたのかもしれない。便利アイテムみたいな話だな、と和美は思ったが、でも呪いのアイテムの部類だなと思い直した。
「それで、その半々の状態で今一歩一歩確実に間合いを詰めてきてる理由は何ですか? 抗ってくださいよ、操られるなんて嫌でしょ、那間良さんだって」
身体の痺れが未だ取れない和美は、格好悪い話だが時間がまだ少し欲しいところであった。赤鬼の残滓の影響、というものがどれほどか測る暇すらなかった一撃目。その強烈な一撃から和美は最大限那間良の事を警戒していた。エル・プラーザで対峙した一戦より、緑鬼の残滓から鬼とまでなった小早志真理亜と同等のレベルで警戒していた。
「そうね、そうなのよ。操られて人を殴るなんて、嫌。それで誰かに勝ったところで、それは私の勝利じゃ無いじゃない。私のリベンジじゃないじゃない。私は、私の意思で殴りたいの。私は私の意思であんたに勝ちたいのよ、高城さん」
わかるでしょ、と口角を上げて笑う那間良。そういうことなんだろうな、と和美は頭を横に振りながら起こした身体をカウンターから降ろした。会話で時間をもたせても身体の痺れは緩和されない。
「私は誰よりも強い女になりたいの、前も言ったでしょ。それが夢。だから、あんたに負けっぱなしではいられないわけ。それが赤鬼の影響だかなんだかで普段より好戦的になって冷静さを欠いていたとしても、私の負けなわけ。強い女であろうとする私の汚点なわけ。汚点は払拭したい、わかるでしょ、高城さん」
まだ互いの間合いではない距離、いやもう一歩踏み込めば和美の光の刀の距離である位置で那間良は足を止め両腕を構えた。まだ刀を振るった訳では無いのに和美の攻撃範囲を、エル・プラーザの一戦から覚えているのか。いや、あの時の箒とは違って光の刀の方が間合いは長く取れる。それすらも読んで那間良は構えていた。
「赤鬼だとか白鬼だとか朱雀だとか試練だとか西生だとか小早志だとか、そんな話知ったこちゃないのよ私は。とにかくさぁ、一発殺ろうよ、高城さんさぁ!!」
那間良の頭がフワッと前後に揺れ、次の瞬間弾丸の様な瞬発力で前へと飛び出した。




