第百十一話 案内役
「君が花菜さんの言っていた白鬼の子かい?」
緑の光が爆炎に飲み込まれていく様を呆然と見ていた和美に、急に声がかけられた。
和美は慌てて振り返り、声の主を見ると、白の装束に麻の法衣を羽織った男が立っていた。装束はフードコートの様に頭部を覆い隠し、顔はハッキリと見えなかった。声色からすると、若い男性なのだと予想できる。
「ああ、いきなり声をかけて驚かせて済まない。私の名前は、鉤。西生分家の者さ」
和美は遠目に見た事のある顎の姿を思い出していた。マンションの通路で戦うその姿に、確かに似ている。鈎は左手に金色の錫杖を持っていて、その形は和美の手の中にあるミニチュア錫杖とそっくりだった。
「高城和美です。白鬼の子、とか言う呼び方はやめてください」
目が合えば殺しにかかってくる相手ではないと判断した和美は、少し安堵するものの、西生家に連なる者が白鬼の力を持つ自分のことを危険視していることも頭に過ぎらせた。過剰な警戒はしないものの、無防備に立つ気はない。
「鉤さんは、ここで何を?」
「街の警備というやつかな。私はまだまだ祓い師として未熟でね。主戦場となる中心部に近づくには力不足だと、判断されてね。避難誘導と小鬼狩りと言った所だね」
鈎の言葉に、和美はやはり乃木市各地に祓い師が散らばっているのだと知る。それはつまり、あれだけの凄惨な光景となった希望総合病院にも誰かしら祓い師は駆けつけていて、そしてその力を発揮出来ぬまま排除されたということだ。
和美は希望総合病院のことについて、鈎に起こった状況を伝えた。
「……牙さんも死んでしまったか」
和美の話を聞いた鉤は、少し考え込むように黙った後そう呟いた。和美の話に対して真偽確かめる時間だったのだろう。たった一人で緑鬼の分体を引き連れて逃げてきたその姿が、既に信ぴょう性の高いものになっていた。
「わかった、情報ありがとう。希望総合病院を含め東側の対処について、花菜さん達に報告してみるよ。希望総合病院についてはもう手遅れだと思うが、更に被害が広がらぬよう食い止めないと」
始めの物言いから、力不足として判断されたことを不服に思っているのかと和美は見ていたが、どうやら自身の能力について冷静に認識出来ている人物のようだ。実力者である花菜に話を振るという判断に、和美は安心する。
「さて、それじゃあ手っ取り早く案内役を済ませようか」
鉤はそう言うと、首を傾けこっちについてこいと和美に指示をする。
「案内役?」
「何故だか朱雀の小間使いに任命されちゃってね。図書館までのエスコートを任せられたんだ。その代わり、守護獣としての力を遺憾無く発揮してくれるって話だったからね。今、実証してくれたみたいにね」
鈎が振り向き指を差した先、宙にはもう緑の光も赤の焔も無く、何事も無かったかのように青空が広がっていた。




