第百五話 青龍の試練
目の前にいる笠沼正太は、何から作り出された存在なのか? 何の為にここにいるのか? その疑問は未だ解消されない。むしろよりわからなくなったところだ。
「その頭にぼんやりと浮かんだ感覚って言うのは、あなたがなんでここに居るのかって説明してくれないの?」
「だから、骨折したからだよ――って言っても納得してくれないよね、やっぱり」
和美の問いに、笠沼正太はもう一度足をぽんぽんっと叩き悪戯っぽく笑う。やはり自分が何故ここにいるのか知っている。一癖も二癖もあり過ぎるんだ、この男の子は。
「ずっとはぐらかしていたって仕方ないよね。僕も別に長居したいわけじゃないしね。ああほら、《《長居》》なんて言い方、本来の小学生の僕ならしないはずなのに、出てきちゃうんだ、気持ち悪いよまったく」
どうやら笠沼正太は集合体としての現状を気に入っていないようだ。願いとか意識とかが鬼を生み出す仕組みに則って、死人の感情をかき集めて生み出されたものかとも、和美は推測していたがそれはどうやら違うらしい。笠沼正太は生への渇望、生への未練は無いようだ。先程の語りからすると、過去の失敗談のように片付けているのかもしれない。
「四神はどうやら話したがりらしくてね、自分らではできないお姉さんへの説明役を作りたいようなんだ。語れと言わんばかりに、僕の頭の中にはあれやこれやと気持ちの悪いぐらい言葉が浮かんでさ。こうして話してるのも、僕の言葉なのか四神が伝えたい言葉なのかわからなくなってくる」
目の前の幼き少年の口調がだんだんと大人びていくのを、和美は眉をひそめながら見ていた。どこかしら齋藤の話し方に似てるなと思う。
「説明役を用意してるのは、単なるお喋りとは違う、との事だよ。リアルタイムで頭に言葉が浮かぶってことは僕は今四神と繋がってるのかな? いや、繋がっているというより、この《《僕》》は四神の力から成り立つものだから、四神の一部であると言える」
そこまで説明されてようやく和美は、目の前にいる笠沼正太が小早志真里亜が作り出した幻覚でないのだと確信した。四神の試練を邪魔しに来た可能性というものを、僅かに考えていたがそれにしては回りくどすぎる説明役だ。
「あなたが四神の一部、だと言えるなら、この青龍の試練についても知っているのでしょう? 説明役と言うのなら早く教えてくれない?」
和美はミニチュア錫杖を笠沼正太へと向けて掲げて、説明を促した。和美の言葉に、笠沼正太はきょとんとした顔をする。
「何を言ってるんだい、お姉さん。そこは説明するまでもなく、僕がここに、四神の使いとして説明役を任されて生み出された以上、試練とはこの僕のことに決まってるじゃないか? 僕を再び殺せば、それで試練達成だよ、簡単だろ?」
ベッドの上に立ち上がる笠沼正太は、両手を広げ、さぁっ!、と構える。
手の中で練っていた光の刀。確かに和美は笠沼正太と戦うことを想定して、それを用意していた。しかし、斬れと言われて気持ちよく振りかざせるものでは無かった。
「なんで、こんな! あなたを殺す必要なんてこれ以上無いじゃない。これは、守護者への試練なんでしょ? これじゃあ、ただの人殺しじゃない!?」
「違うよ、まったく違う。お姉さん、僕はね、さっきも言ったように四神が作り出した試練としての説明役なだけであって、笠沼正太自身ではないんだ。お姉さんが斬るのを躊躇ってきた小早志真里亜の分体と同じ様な存在さ。これは守護者としてふっ切れって嫌味なのさ、お姉さん。祓われた殺人鬼を斬ることも出来ずに、この先護れるものなんて何一つ無いよ。覚悟を決めて、守護者となれ、高城和美!!」
両手を広げる笠沼正太の身体から、緑色の光が発せられた。光が風を巻き起こし、病室の中を荒らしていく。
「私自身が、守護者なんて成りに来たわけじゃないんだけど!」
「ならば、試練は失敗とみなし、お前をここで殺すしかあるまい! 白鬼のっっ!!」
目の前の幼い男の子は最早その様子に似つかわしくない口調でそう吠えると、吹き荒む風を刃と化して和美に向けて飛ばした。




