第百話 西生の汚名
和美が玄武の試練を受けている最中、齋藤の説明にあった通り、乃木市の中央にある小山にて西生奈菜は小鬼や自我を持たない鬼達と戦闘状態にあった。小山には昔から七福の一つを祀っている神社があるのだが、今はその信仰は効力を果たしていなかった。
「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」
小早志真理亜が繰り返していた幻聴を真似して、小鬼達が口にする。小早志真理亜の様に怨念が含まれていない分、余計にうざったく奈菜には聞こえていた。いつもの関西弁のように、軽々しく茶化しているようにも聞こえる。鬼が関西弁を喋るのも、西の方で人間と対峙した際、それを茶化して覚えたのだという。人を真似て馬鹿にする、それが人の意識から生まれた鬼の性分なのだとか。
「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」
小山の木々の中、赤青緑と色とりどりに現れる小鬼たちが口々にそれを繰り返し、奈菜はイライラしていた。
「うるさいうるさいうるさいうるさい! もうええねん、その繰り返し。何とも思てへんのに真似すな、ボケッ!」
奈菜はそう怒鳴ると目の前にいた小鬼を蹴り飛ばした。大きな赤い頭に、太い手足。頭には一つ黄色く充血した目玉があって、額からは角が一本生えている。その赤い小鬼が奈菜に蹴り飛ばされて、周りに生える木に頭をぶつけた。
頭をぶつけたとて、小鬼は何事も無かったのかのように起き上がり、再びユルサナイと口ずさむ。
奈菜はそうだろうとうんざりしながら、蹴り飛ばした小鬼から視線を外し、他の色の小鬼を殴ったり蹴ったりしていく。効果の少ない物理攻撃で小鬼を退けていくのは、その後ろで待ち構える鬼へ力を温存する為。
小早志真理亜の力により無理矢理顕現させられた鬼達は、これまで祓ってきた鬼達とは違い自我を持たない。そもそも宿主を持たないので、宿主の模倣も出来ないようでいつものように流暢な関西弁を喋ることもない。ただ、その顕現にと注がれた緑鬼の力の影響で、小鬼同様小早志真理亜の真似事だけを繰り返している。
ユルサナイ、と感情の乗らないその言葉の繰り返しは、ただただうざったく気色の悪いものでしか無かった。
宿主を持たない故、本来の力を発揮出来ない鬼達はこれまで祓ってきた鬼達に比べ、弱いと断言出来るほどのものであったが、今まで一体ずつ対峙してきたそれが数体と並ぶとその弱さも問題ないぐらい厄介であった。
この小山には、奈菜の他に分家の者達も数人駆けつけていたが、西生家が配備した人数を凌駕する量の鬼が顕現していた。小早志真理亜の力を侮っていたわけではないが、西生家が想定していた力量を遥かに超えている事は明白だった。
今さら慌てて日本各地に飛び散っている本家分家の人員をかき集めようとしても、遅すぎるだろうし、実際のところその応援は不可能に近い。各地も各地でそれぞれの守護がもちろんあるので、不在にするわけにはいけないわけだ。
故に限られた人数で――それでも、花菜の招集でかなりの数の者が集められたが――この事態を収束させる必要がある。
小早志真理亜の力の限度が何処にあるか、奈菜には計り知れなかった。奈菜と花菜の師匠でもある祖母から教えられた《名前のある鬼》、覚醒した鬼と戦うことになるのはこれが初めてだ。学校の屋上で齋藤と話した際にも感じたが、《名前のある鬼》と呼ばれる者の底は全く見えなかった。小早志真理亜があの齋藤と同等の存在になったというのならば、抗えない程の脅威だ。本来ならそう捉えるのが自然だ。
しかし、西生家には数百年に一度の天才と讃えられる花菜がいる。実の姉だからと持ちあげている訳では無い。実際花菜の存在がある事が、未だ西生家が総本家と連なる家系として在り続けることが出来る理由ともなっているのだ。
西生家次代当主、西生花菜。
先代である祖母に教えを受け、その才能を乃木市だけではなく総本家のある西でも轟かせ、衰退する西生家の名を知らしめた。
家の衰退は、仕方の無いことだった。本来現当主となるはずだった母親が、西生家の宿命を娘の花菜と奈菜に継ぐことを反対した故に起こったことだった。命を削り鬼を祓う、その宿命から花菜と奈菜を護ろうとした母親は二人を連れ西生家から逃れようとした。しかしそれは分家の者達に許されること無く阻止される。
母親の優しさは、家の汚名となった。本家扱いから外されかける程の失態だった。それをその才能で塗り替えたのが、姉の花菜だ。
花菜は奈菜にとって憧れである。《名前のある鬼》にだって、きっと花菜なら対抗出来るだろう。いや、現に狭間から小早志真理亜を引きずり出して見せたのだ。祓えると断言すら出来る。ただ、それを凄い姉だと後ろで見てるだけでは奈菜も居られなかった。
憧れの姉に近づくこと、汚名だと追放された母親をまた迎え入れること。圧倒的な力は評価を覆す、姉が見せた奇跡を奈菜も起こそうとしていた。《名前のある鬼》を祓う事が出来れば、西生家は祓い師として強く権限を持てるだろう。
小早志真理亜を救おう、そんな感情は奈菜は持ち合わせていなかった。鬼と化した者を祓うことが気に食わないと言うのなら、分かり合えないだろう。ならば、祓わせてもらう。ならば、利用させてもらう。そう奈菜は覚悟を決めていた。




