第89話 新装備
「だーまーさーれーたぁー!」
工房内に美味の叫びが響き渡る。密閉空間であった為、その大声はいつもの二割増しで騒がしい。
鉄扉を潜り、中を進み、地下へと続く結構な数の鉄階段を下りて行った美味達は、とある部屋へと案内された。おお、ここが! と、胸を高鳴らせる美味達。だがしかし、その部屋には使用用途不明の沢山の機材が並んでいるだけで、店内のようには全く思えない場所であった。流石の美味達も段々と不安になっていき、遂にはエスタと甘露に聞いてしまう。
『え、ええっと、ちょっと道を間違えただけですよね? それとも、まだ隠された道があって、そこが隠れ家的名店に繋がっているとか……?』
『いいや、ここが終点だよ。ようこそ、私の工房へ。やっとアンタらに装備をお披露目する事ができそうだ』
そして、場面は冒頭へと至る。漸くここが飲食店ではないと気付いたら美味は、空腹で腹の音を鳴らし、更には床に寝転んで、ジタバタと駄々を捏ね始めたと言う訳だ。
「隠れ家的名店、隠れ家的名店はどこだ……?」
「フ、フフッ、私様には全てお見通しですの…… きっとこれは、ええと、何でしょう……」
一方、イータとデリシャは静かに落ち込んでいた。目に生気がなく、燃え尽きたかのように真っ白になっている。いつもの賑やかさとは真逆の有様に成り果て、今にも風に乗ってどこかへ飛ばされてしまいそうだ。
「皆さん、何を言っているんですか? 私、騙してもいませんし、嘘も言っていませんよ?」
「だ、だって、隠れ家的名店に行くって言ったじゃん……! 店主に認められないと入れない、特別なお店だって……!」
「言いましたけど、それが何か?」
可愛らしく小首を傾げて見せる甘露。
「か、甘露ちゃん、いつからそんな小悪魔的な子に!?」
「まあ、確かに嘘は言っていないからねぇ。私の工房、年に何回かは気紛れで騎士団長の得物を鍛えてやる事があるし、広義的には店とも呼べるだろう。尤も飯屋ではなく、鍛冶屋の方ではあるが」
「その通りです。私は隠れ家的名店と言いましたが、一度も飲食店であるとは口にしていません。つまり、美味ねえ達は勝手に誤解していた訳です」
「な、何と言う策略家……」
「私様、全っ然見抜けませんでしたわ…… クソですわ……」
「いや、それ以前に私の工房へ行くと、何度も教えていたじゃないか」
人間、テンションが上がり過ぎると、理性が追いつかなくなってしまうらしい。
「そんな茶番よりも、さっさと本題に入るよ。ったく、余計な手間をかけさせやがって」
そんな文句を漏らしつつ、壁にあったレバースイッチをガチャリと下すエスタ。直後、部屋の床の一部が動作を始め、3つの鉄製クローゼットが床内部から出現する。
「わっ、床から何かが沢山出て来た!?」
「魔力の流れが感じられなかった…… さっきの扉もそうだったが、どんな仕組みになっているんだ?」
「そんな事は気にしなくて良い。ミミ、右のクローゼットを開けな。カンロは真ん中の、イータは左のだ。そん中にアンタらの新しい装備が入ってる。直接確認してみろ」
言われるがまま、美味達はクローゼットの中を覗き込む。
「ほう、これは……」
その中にあったのは、現在愛用している装備と、全く同じ見た目をした防具一式であった。
「今アンタらが使っている装備と同じ見た目にしておいたが、性能は比べ物にならないよ。等級で言えば、まあS級に当たる代物だ」
「ほ、本当にS級の防具に仕上がったのだな。凄まじいものだ……」
「フン、私を誰だと思っている? この程度の事、できて当然だろう」
そんな言葉を口にするエスタであるが、その声色はいつもよりも明るい。どうやら真っ当に称賛されたのが嬉しかったようである。
「それぞれの装備について説明してやる。まずはミミ」
「はい! エプロンアーマーの凄い版と、革のブーツと手袋、それにリボンの凄い版が入ってました!」
「よし、なかなかの解説っぷりだな。今ミミが装備しているそれらは、C級、E級、E級、E級と今後最難関クラスの討伐を行うには不向きのものばかりだった。以前戦ったフラムマガッルスの時のように、少しでも相手の攻撃に接触すれば全壊は必至だ。厳しい環境においても同様で、ヒートウッズの炎如きにも耐えられないだろう」
「ですね! 実際、恥ずかしい格好になりました! 殆ど裸に近いくらい!」
「裸になりましたの!? な、なんて破廉恥な姿で戦っていますの……!」
その時にまだパーティに参加していなかったデリシャが、何て格好で戦っているんだと驚愕。スカート事件を比較的冷静に指摘していた彼女も、流石に素っ裸は承認できなかったようだ。
「まあまあ。今でこそあっけらかんと喋っていますが、あの時は美味ねえも恥ずかしがっていましたし」
「えへへ、食後だったからね~」
「全くもう、淑女として流石に看過できねぇですの! 今後は気を付けてくださいましッ!」
「は~い」
「……まあ、つまりはそういう事だ。そんな間抜けな事態に陥らないよう、最前線を張るミミの防具は特に耐久性に優れている。ドラゴンのブレスを浴びようが、マグマの中に突っ込もうが、一切焦げる事はないだろう。当然、炎以外の他の攻撃に対しても同様だ」
「は、はえ~、しゅごい…… 見た目は同じ素材にしか見えないのに、そんなに性能が変わるものなんですね。お姉ちゃん、アストニッシュメント!」
「確かに素材はただの布のようにも見えるかもしれないが、実際はそれなりのもんを使っている。後は聞くよりも慣れろ、だ。実戦でどんなものか体験してみてくれ。次に…… カンロ」
「ほう、ほう……」
名前を呼ばれた甘露であるが、目の前の装備に夢中になっているのか、全く反応を示さない。
「おい、カンロ。制作過程を目にして来たアンタが、一番夢中になっている事には一定の理解を示すが…… 説明してやるから、一旦意識をこっちに戻せ」
「ああ、はい、すみません。私のはクローゼットには新たらしいローブとブーツ…… それと、腕輪が入っていたのですが、これは?」
「そいつはオマケだ。アンタ、結構な魔力を持っているのに、魔法が使えないだろ? だから、その余りに余った魔力の使い道を用意した。その腕輪に魔力を流すと、その魔力量に応じた簡単な攻撃魔法が使えるようになるんだ。所謂魔力弾ってやつだね。もしもの時の攻撃手段として活用しな」
「なるほど、攻撃手段ですか…… んん、食材が痛むから、あまり使えないような……」
ボソリと、そんな風に呟く甘露。敵を倒す事よりも、食材とした後の事を気にしているらしい。
「何か言ったかい?」
「いえ、何も。活用法について一考したいと思います」
「何か含みのある良い方だね…… まあいい、防具についてはミミのもんよりは脆いが、代わりに状態異常に強い特性を持っている。A級S級のモンスターを相手にしても、九割近くの状態異常は完璧に防ぐ事ができるだろう」
「それは心強いですね。流石はエスタさんです」
「下手な世事を言っても何も出ないよ。 ……ああ、そうだそうだ。これも言っておかないとね。こいつもオマケみたいなもんなんだが、そのローブには着用者の体に合わせて、ローブの大きさや形状が最適化されるようになっているんだ。例えば着用者に翼があれば、背中に翼を通す為の穴が開く。空を飛べば、スカートの下にスパッツが形成される。大した機能でもないが、まあ、必要になると思ってね。気紛れで付け足しておいたよ」
「エスタさんッ!」
「おおっ!?」
甘露が物凄い勢いでエスタの手を握り、真っ直ぐな視線を向ける。その瞳はキラキラと煌めており、尊敬の念が十二分に秘められていた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
「お、おう……」
この時、甘露が口にした感謝の言葉には、とんでもなく気持ちが篭っていたと言う。




