第88話 隠れ家的名店
酒場での食事を終えた美味達は、エスタに連れられ彼女の工房へと向かう。途中、小腹が空いたから二店目に行こうなどと、食欲の権化達から提案されるような事もあったが、小食なエスタは既に腹が一杯な状態であった為、これを即刻却下。頼むから早く工房へ来てくれと頼み込み、食べ歩きができる串ものなどを適時買い与える事で、何とか腹ペコ四人衆の足先を誘導するのであった。
「ヘラクレス焼き、でらうめぇですわ!」
「ああ、今日のランダム肉はどうやら蛇のようだ。この野生味が懐かしいな」
「鶏肉みた~い。いや、蛙が近いのかな?」
両手を串もので一杯にしながら、満足そうに王都の街中を練り歩く美味達。日替わりで使用される肉が変わるヘラクレス焼きを、心から満喫している様子だ。
「お前達、何度も言うようだが、もっと早く歩いてくれないか? 牛歩にもほどがあるぞ」
「エスタ殿、これは仕方がないんだ。グラノラの王都は食のパラダイス、どこに行っても美味しいものがある。そう、つまりはそういう事なんだ」
「一体どういう事なんだい……」
目移りしてしまって、黙って歩いている場合じゃねえ! という意味である。
「エスタさん、たったあれっぽっちで本当に足りるんですか? この近くに私がお勧めする、とっておきのお店があるんです! これはそこへ赴き、疲弊した胃を救済するべきでは!?」
「救済、ですの!? まあまあまあ、何て良い響きの言葉なんでしょうか! 私様、その語感の良さに心ブチ抜かれましたわ! こいつぁ救済しねぇ訳にはいきません!」
「フッ、私を忘れてもらっては困るぞ。王都は些か大自然が少ないからな。その代わりの栄養源として、より多くの食を堪能する必要があるのだ。当然、私も供をさせてもらおう!」
「「イータさん!」」
道のど真ん中でヒシッと抱きしめ合い、友情を深める美味達。
「……この子ら、ひょっとして酔っているのかい?」
「いえ、単に冒険者の方々との宴が楽しかったようでして」
アルコールは摂取していない筈なのだが、楽しい時間と食事によってテンションが高まりに高まってしまい、酔っ払いの絡み合いのような感じに至ってしまったようだ。エスタと甘露はその様子を見ていた訳だが、関係者だと思われたくないのか、その気持ち分三人とは距離を置いていた。
「カンロ、アンタもなかなかに苦労しているようだ」
「まあ、それもある意味やり甲斐と言いますか」
「器がでかくて羨ましいよ。で、あいつらを工房まで誘導する為には、一体どうしたら良い?」
「割と簡単ですよ?」
そう言って、甘露が美味達を呼ぶ。
「どうしたの、甘露ちゃん? 新たなフロンティアを発掘しちゃった? お姉ちゃん、今日は調子が良くってまだまだ空腹だよ、付き合えるよ~♪」
「もちろん私も!」
「私様だって!」
「そうですかそうですか、良き腹具合です。それでですね、実はあちらにエスタさんが普段から入り浸る、隠れ家的名店があるんだそうです。そこは店主に認められた客しか入る事のできない、こだわりの強い特別なお店――― 言ってしまえば、一見さんお断りです」
「え゛え゛っ!? そ、そんなお店が王都にあったの!? お姉ちゃん、全っ然知らなかったよ!」
「わ、私もだ。しかし、あちらのエリアは……」
甘露が指差す方にあったのは、王都におけるスラム――― 貧民街とも呼ばれる場所だった。グラノラ王国のそれは規模が小さく、他国と比較すれば治安もそれほど悪いと言う訳ではない。だが、それでも王都全体として見れば危険な場所ではあるし、スラムを裏から牛耳る良からぬ組織が存在すると言う噂もある。そんな場所に飲食店が、それも隠れ家的名店があるとは、イータにはどうも信じられなかった。
「イータさん、常識に囚われていないからこその、隠れ家的名店なんですよ?」
「た、確かに、言われてみれば……!」
但し、今のイータは気分が高揚しており、食に関わる話だったのもあって、あっさりと甘露の話を信じる方向に鞍替えしてしまう。とんでもなくチョロい。
「……なるほど、そういう事ですか」
「デリシャさん、何か分かったんですか!?」
「ええ、この私様には全てお見通しでしてよ。エスタさんはそこで腹を一杯にする為に、今の今まで食事量をセーブしていやがったんですよ! こいつぁ根性据わってますわ!」
「ほ、本当に食べたいものの為に、食事量をセーブ……!? なんて精神力、鋼のメンタリティ! お姉ちゃんには真似できない、狂気の沙汰だよ!」
「クッ、流石はS級冒険者と言う事か! その狂気なまでの気概には、私も感服するしかないではないか……! エスタ殿、私も供をしよう! せめて貴女の雄姿を見届けたい!」
「もちろん、お姉ちゃんも!」
「当然、私様もですわ!」
「……一体どういう事なんだい」
「要約すると、自分達もそのお店に行きたいって事です。一見さんお断りのお店に行くには、常連に紹介してもらうのが一番ですからね。これで素直に付いて来てくれますよ」
見事に甘露の口車に乗せられた美味達は、それ以降一切の寄り道をしなかった。全てはエスタの為、そして完全会員制っぽいお店でおこぼれに与る為、精一杯の我慢をしたのだ。その甲斐あって、その後目的地にはすんなりと到着する事に。
「着きました。エスタさん、ここですよね?」
「ああ、ここがそうだ」
スラムの中を進み、美味達が行き着いた先にあったのは――― 重々しい雰囲気が漂う、鋼鉄製の建造物であった。他で見られる木造住宅とは、明らかに佇まいが異なっている。言うまでもない事だが、この鉄の塊こそがエスタの工房に当たる場所だ。
「ほう、ここが……」
「なるほど! 立地もそうですけど、この外観じゃ飲食店だって絶対気付かない! 流石は隠れ家的名店、プロが成す技……!」
「料理の香りまで消す徹底振り、マジで決まってますわね! むしろ鉄くせぇですわ!」
だがそれでも、美味達は未だに気付いていなかった。外見が変わっているのは隠れ家だから、良い匂いがしないのは偽装工作の一種であるから――― そんな都合の良い思考へと繋げ、未だに甘露の手のひらの上で踊らされていたのだ。
「この子らが詐欺に遭わないか、ちょっと心配になって来たよ」
「え、鷺ですか? 鳥の? そう言えば、まだ食べた事がないですね。興味はあるのですが…… あ、ひょっとしてこの名店で出しているとか、そんなサプライズ!?」
「………」
エスタ、仮面の下で開いた口が塞がらない。
「美味ねえ、鷺は雑食なので、あまり味には期待しない方が良いですよ。まあ、私の知らない美味しい鷺モンスターが居る可能性も否めませんが。っと、話が逸れましたね。 ……あの、エスタさん?」
「あ、ああ、悪い。少しばかり呆気に取られていた。今開けるよ」
エスタが鉄壁の一部に手を当てると、内部からガチャリという音が鳴った。その直後、鉄壁が左右へと動き出す。
「おおっ、まさかの自動ドア! これが名店の力なんですね!」
「しかも、開いた直後に内部に光が灯ったな。どういう原理なんだろうか?」
「恐らく、どこかに隠れ潜んだ店員がチクッているのでしょう。私様にはお見通しですわッ!」
「な、何だと!? クッ、どこに居るのか全く分からない! 何と言う練度なんだ! これが隠れ家的―――」
「―――馬鹿言ってないで、さっさと入るよ」
結局、美味達は最後の最後まで、この場所を隠れ家的名店と疑わなかった。




