第90話 ケアも完璧
その後も熱烈な感謝の言葉をお見舞いされ続けたエスタは、精神的に少々お疲れ気味であった。自らが作り上げた装備が称賛され、礼を言われる事に悪い気はしない。だがそれと同時に、そうされる事にあまり慣れてもいなかったのだ。ここへ誘導する苦労の蓄積も相まって、現在エスタには疲労がドッと押し寄せて来ている。
「つ、次にイータ」
甘露から漸く解放されたエスタであったが、まだ彼女の仕事は終わっていない。最後の装備についての説明をする為に、イータの名を呼ばなければならなかった。
「ああっ、ここに居るッ! 私の新装備は衣とグローブ、ブーツ、そして髪飾りだッ!」
お疲れモードのエスタと相反し、イータは元気も元気であった。鉄に囲まれたエスタの工房は、イータの大自然特性と相性が悪く、オマケにお腹も空いている筈なのに、それでも彼女は馬鹿みたいに元気であった。
「イータさん、やたらと元気ですわね?」
「やはりそう見えるか? フッ、しかしそう見えてしまうのも仕方のない事だ。私はな、この目で見てしまったんだよ。 ―――大自然の化身を!」
「……はい?」
デリシャ、こいつ何言ってんだと、分かりやすく訝しそうな顔を作る。
「あー、先に説明しておいてやるが、イータの装備は魔法支援に特化させたもんだ。激しい戦闘に耐え得る強度も備えているが、やはり一番の特性はMP消費の抑制だろう。具体的に言えば、通常の半分ほどの魔力で魔法を使えるようになる。例えば、S級魔法をぶっ放すには1000程度のMPが通常は必要だが、これが500程度の消費で済むんだ」
「おお、それは凄いな! 今、私のMP最大値は1500程度だから…… 3回も使えるようになると!?」
「あ、ああ、そういう事だ。声が無駄にでかいな……」
はしゃぐイータ、たじろぐエスタ。
「それは分かりましたが、大自然の化身と言うのは何ですの? 今の説明、それっぽい要素はねぇと感じましたが?」
「クックック、それはだな…… 今の装備の他にも、私のクローゼットの中に入っていたものがあったのだ。それが――― これだッ!」
イータが何かを手に持ち、そのまま天高く腕を掲げた。
「それは…… 弓、ですの?」
「はえー、レトロな形ですね~」
そう、イータが手に持っていたものは、木製の弓であった。随分と古い樹木から作られているのか、弓の一部には苔が生えている。
「それは以前私がぶっ倒したS級モンス――― いや、まあそれも特別な素材を使った弓だ。どうもイータは大自然とやらを堪能する為に、弓を駄目にしちまう傾向があるみたいだからね。そいつもミミの装備と同じぐらい頑丈にしておいた。まっ、その分弓を引く力もかなり必要で、常人には絶対に扱えない代物な訳だが」
「むっ、本当だ! 随分と硬いな! 大自然の力強さを感じる!」
そう言いつつも、普通に弓の弦を引いて見せるイータ。どうやら彼女の力であれば、特に使用するのに問題はない様子だ。
「『天弓アンビエンテ』、それが弓の名だ。見た目は古臭く映るかもしれないが、アンビエンテは環境の力を属性として取り込む事ができる。水に浸せば水の矢を、炎を灯せば火の矢を、って感じでね。元となる力が強ければ強いほど、次に放つ矢も強力になるって寸法さ。もちろんイータ自身の青魔法、氷も対象範囲に入る」
「ああ、なるほど。それでイータさんは、大自然の化身と言い表したのですわね。ですが、そんな事をしたらぶっ壊れませんの? 私様のイワカムと比較すると、随分とやわっちぃ見た目ですけど?」
「さっきも言ったが、見た目に騙されるなって好例だぞ、アンビエンテは。素でとんでもなく頑丈な上に、属性を伴う攻撃は丸っと矢の力として吸収しちまうから、ある意味で盾としても応用できる。それでも壊れたってんなら、この私が責任持って修理修復してやるよ」
「す、素晴らしい! アフターケアも完璧ではないか、エスタ殿ぉ!」
イータが物凄い勢いでエスタの手を握り、真っ直ぐな視線を向ける。その瞳はキラキラと煌めており、尊敬の念が十二分に秘められていた。 ……どこかで見た覚えのある光景である。
「今後、私の大自然道は更なる発展を遂げるだろう! それもこれも、エスタ殿という素晴らしき理解者が居てくれたからだ! 言わば同志!」
「よ、喜んでくれたようで何よりだ。だが、絶対に同志ではないからな」
「何故ッ!?」
譲れない一線がそこにはあった。
「なるほどなるほど…… エスタさん、噂に違わぬ鍛冶師でいやがるようですわね! 私様、ドストレートに感服しちまいましたの! で、私様には何をくださるのでしょうか!? さあさあ、遠慮せずにかましてくださいませ! 私様の受け取る準備はバッチ整っておりますわ!」
オーバーアクションなイータに加えて、デリシャまでもがズズイと前に出始める。エスタの精神はそろそろ限界だ。
「……いや、ギルド酒場の食事の時から気にはなっていたんだが、何でデリシャ・ビスケットがカンロ達と一緒に居るんだ?」
「今更ですの!?」
確かに今更である。
「色々と他のツッコミどころが多過ぎてね、今の今まで言えなかったんだよ。で、何でなんだ?」
「それはですね~」
美味、デリシャとパーティを組む事になった経緯を説明。
「ブルジョンの提案で、かい。あいつめ、自分の都合でまた余計な事を」
「いえいえ、てんで余計ではありません事よ! このパーティは心を同じくする者達が集う、究極で至高のものですの! 私様はその真理を見抜き、パーティへの加入を自ら志願したのです! そこにカタリはねぇですわ!」
((……そうだったっけ?))
一度断られたような、そうでもなかったような。食事の事なら昨日一昨日のメニューも思い出せるが、微妙にパーティ結成時の記憶が曖昧な美味とイータ。
「……ああ、そうだったな!」
「……ええ、そうでしたね!」
結局思い出す事ができず、デリシャの言葉を信じる事にしたようだ。
「そうなのか? まあ、アンタらがそれで良いのなら、私からこれ以上言う事はないが…… って、何かくれって話だったね。しかし、突然そんな事を言われても困るぞ? ここには私の作品がズラリと並んではいるが、基本的に趣味が興じて出来上がったもんばかりだ」
そんな事を言いながら、流れるようにデリシャの足のサイズを測り始めるエスタ。そして、再びレバースイッチをガチャリと下す。新たなクローゼット、ガションと出現。
「アンタに合うもんはこれくらいしかないよ。それでも良いなら、勝手に持って行きな」
「こ、これは……!?」
エスタがデリシャに贈ったもの、それはハイヒールであった。一見すれば色が派手目な靴のようにしか見えないが、よくよく観察してみると、ヒール先が刃のように尖っている。と言うか、実際に刃になっていた。
「うわあ、これで蹴られたら一大事だぁ。とってもデンジャー!」
「い、いや、この形状は流石に歩き難いのではないか……?」
周囲から不安の声が漏れる。が、デリシャは実際にその靴を着用し、履き心地を確認する事を優先した。最初は軽い足踏みで、だがそれは次第にダッシュの早さとなり、遂にはその場でジャンプ、天井ギリギリの大ジャンプへと移行する。
「……あら、クッソ丁度良いですの! 不思議とド安定で歩けますわね!」
「戦闘用に作っているんだ、当然だろう。今は刃を剥き出しにしているが、ちょっとした動作で通常のヒール状態に切り換える事も可能だ。そいつで街中を歩く時は、切り換えておくのが無難だよ」
「合点承知ですの! フッフッフ、私様のド華麗な足技が光りますわー! あ、このクローゼット試し蹴りしても良いでしょうか!? 真っ二つにしてみせますわよ!」
「真っ二つにされたら困るんだが…… ん? そう言えば、さっきからカンロが静かだね? 一体何をして―――」
「―――フフッ、新しいお洋服、私専用のお洋服……♪」
「おやまあ」
「フッ、なるほどな」
「あらあら、ですの!」
どうやら、未だ新装備に夢中のようである。
「……何よりだね」




