第47話 ヒートウッズ
エスタの圧に屈する事なく、むしろ自分達から依頼に乗り気になった美味達は、わいわいと明日の遠足を期待するかのように、早速打ち合わせを始めていた。但しその内容は、鍋ならあの材料は外せない、意外とこれも合うのではないか、シメ用の麺を今から準備しておかなければ――― などど、飯中心的なものばかり。まあ、やる気だけは満ち溢れていると言えるだろうか。
「おい、あまり先走るな。依頼を受けるのは良いが、まだその報酬を提示していないよ。冒険者なら、まずは報酬を確認して納得しろ。話はそれからだ」
「あ、そうでした! すっかり煉獄唐辛子が報酬みたいな感じになってました!」
「私とした事が、注意不足でしたね…… ご指摘ありがとうございます、エスタさん」
「確かに報酬は大事だものな! それで、どんな食材が報酬になるのだ?」
「アンタら、本当に飯の事しか頭にないんだねぇ……」
遂にツッコミ側へと回ってしまうエスタ。自分から言い始めた煉獄唐辛子の依頼話であるが、まさかここまで乗り気になるとは思っていなかったようである。
「依頼報酬はエルフのお嬢ちゃんが特例でA級に昇格できるよう、この私が推薦してやる。あと、そうだねぇ。そのやる気を称して、もう一つオマケをつけてやっても良い。アンタらの装備一式を、私が鍛え上げてやるってのはどうだい? これでも私の職業は鍛冶師でね、鎧だろうと法衣だろうと、大抵のもんは作る事ができるのさ」
「装備を?」
「ですか?」
「飯ではなくて?」
「………」
飯中心的な返答を前に、遂に沈黙してしまうエスタ。三人のやや当てが外れた何とも言えぬ表情に、つい言葉を失ってしまったらしい。しかし、そこは流石のS級冒険者。直ぐ様に言葉を紡ぎ始める。
「……そうだ、飯ではない。見たところ、アンタらは装備がなっちゃいない。冒険者の頂点を目指すなら、実力を培うと共に相応の装備も揃えるもんだ。二人が身に着けているその防具、前に私が見繕ってやったもんを、そのまま使っているだけだろう?」
「ええ、まあ。今のところ、このままでも不便に感じる事はなかったので。美味ねえはどうです?」
「フリフリしてて動きやすくて、とっても良い感じだよ! お姉ちゃんはとっても満足してます!」
「満足するな、慢心するな、邁進しろ。その装備は精々がC級の討伐対象に通じるか、というレベルのものだ。そんな装備でヘルプロテアと戦って、よく無事に帰って来られたと、むしろその点だけは褒めてやりたいところだが…… やはり冒険者としては落第だ。依頼達成の為にそんな馬鹿な真似をする必要なんて、本来は一切ない。成功率を僅かにでも高め、危険を徹底的に排除していく姿勢こそが、冒険者として正しき姿なんだよ。私が何の為に、このマスクを四六時中していると思っている? 今のままの姿勢じゃ、いつ死んだっておかしくない事を自覚しな」
「「「あ、はい、すみませんでした……」」」
正論を捲し立てられ、自然と背筋がピンと伸びる三人。
「エスタ、その辺については私の指導不足もあるわん。あんまりいじめないであげてぇ」
「……まあ、早過ぎる昇格が仇となった、とも言えるか。分かった、今回の依頼は私も監督役として同行しよう。その都度に助言し、必要となれば装備も作ってやる」
「そこまでしてあげるのん!?」
「え、良いんですか?」
「良い。私が出した依頼で若人が死んでもしたら、目覚めが悪くなっちまう。但し、私がミミらを直接助けてやる事はないし、あったとしてもその時点で依頼は失敗とさせてもらう。これはあくまでもイータの力を実績として示す為のもので、お膳立てまでしてやる義理はないからねぇ。分かったかい?」
「「「はい!」」」
元気に返事をする美味達。エスタが同行してくれる事が嬉しいようで、表情はそれぞれだが、三人からは潑剌とした雰囲気が分かりやすく出ていた。
「……十分、お膳立てしている気がするけどぉ。まったく、手厳しいんだが手厚いんだかぁ」
「ブルジョン、何か言ったかい?」
「いいえ、何もぉ~。誰も意外と過保護、だなんて言ってないわ~ん」
軽快な口笛を吹きながら、あからさまに視線を逸らすブルジョン。その一方で、美味達はというと。
「冒険する為の装備もまた、調理器具と同じくらいに大切。なるほど、目から鱗とはこの事ですね。確かに装備も相応しいものに一新すれば、より良い獲物が狩れ、延いてはより良い料理を作る事に繋がると」
「長年冒険者をされているだけあって、言葉の重みが違うな。私もこの冒険を通じて、エスタ殿から多くの事を学ぼう! 獲物の上手な解体方法に、食べられるサバイバル食材の選別、安全な大自然の体感の仕方――― うむ、これから忙しくなるな!」
「わあ、エスタさんと一緒に冒険だ~。甘露ちゃん、イータさん、良いところを見せられるように頑張ろうね! ファイト一発の精神だよ! それでそれで、お楽しみのご飯の時間にはおもてなしも沢山して~、甘露ちゃんの料理の美味しさに驚いてもらって~」
「………」
相も変わらずポジティブかつ食生活最優先的な話をしていた。そんな三人に無言のまま指を差しながら、エスタは何かを訴えかけるかのように、ブルジョンへと視線を移す。
「気持ちは分かるけど、その辺は諦めなさいなぁ。食欲への渇望もまた強さ、ってやつよぉ。だからこそ、貴女も気に入ったんじゃないのぉ?」
「知った風な口を利くんじゃないよ。ったく、冒険者って奴は、いつの時代も変人ばかりだねぇ」
「それ、エスタが言っちゃう?」
「あ? どういう意味だい?」
「そのままの意味ぃ~」
次に瞬間、本日二度目となるS級コミュニケーションが開始され、再びギルドの建物及び冒険者達に、大いなる危機が迫るのであった。
◇ ◇ ◇
エスタとの出会いから三日後、美味達はグラノラ王国の最南端にある灼熱の森、ヒートウッズに到着していた。美味、甘露、イータの三人が森の入り口に立ち、そこから少し離れた後方に、監督役のエスタが付いて来ている。
「あっづーい! 予め分かってはいたけど、やっぱりあっづーい!」
「まだヒートウッズに入っていないというのに、既にこんなにも酷い暑さなのか。大自然主義な私だが、この大自然はまだ堪能できそうにないな…… 残念だが、強くなったら堪能しに来るとしよう」
「イ、イータさん、将来何を堪能する気なんですか……」
「それはだなッ!」
イータが溶岩風呂的な堪能方法を事細かに説明し始める。自分から聞いておいて何だが、甘露は途中から聞き流す事にした。
「―――という訳なんだ! ふう、また将来の夢と希望が増えてしまったな」
「そ、そうですか、良かったですね」
「うむ! ……ちなみになんだが、二人は以前にここへ来た事があるのだろう? よく暑さを我慢できたな?」
「あの時は氷霊剤を使うなどして、何とか創意工夫していましたからね。氷霊剤は物理的な氷ではありませんから、熱で溶ける事もありませんし、ここではかなり重宝しますよ」
そう言って、ポーチから人数分の保冷剤らしきマジックアイテムを取り出す甘露。どうやらこれこそが、先ほどの話にあった氷霊剤であるらしい。イータがそれに触れてみると、確かに氷を触っているかのようなヒヤヒヤ感があった。
「おお、気持ち良いな。しかし、同時に霊的な魔力も何やら感じられるが、これは……」
「きっと気のせいです。ええ、気のせいですとも」
「そうか、気のせいか、分かった!」
霊的な魔力があろうとも保冷剤は保冷剤、イータは素直に納得するのであった。
「エスタさん、ずっとその暑そうな格好ですけど、大丈夫ですか? 熱中症は天敵、水分補給は定期的にしなくちゃですよ?」
美味が後方に陣取るエスタに声をかける。エスタは三日前と同じ全身装備をしており、相変わらず中身が一切見えない状態だ。それはサウナに全身鎧で入って来るようなもので、傍目には手の込んだ自殺をしに来ているようにしか見えないだろう。
「安心しな、汗ひとつ掻いていないよ。この装備は耐暑耐寒機能も完備だからねぇ、どこに行こうが小春日和さ」
「こ、小春日和!? そんな小洒落た言葉を使っちゃうくらいなんですか!? えっと、えっと…… お姉ちゃん、青天の霹靂!」
「何を競おうとしているんですか、美味ねえ。ですが、それを聞いてしまうと羨ましくなりますね。装備の新調、エスタさんの言う通り、もっと早くから考えるべきでした。 ……では、そろそろ」
一通りの会話を終え、三人はヒートウッズに改めて向き直る。炎の木々は美味達を拒絶するかのように、轟々と燃え盛ったいた。
「よーし、二人とも、準備は良いね? 小春日和な装備と激辛お鍋の為にも、依頼を頑張るぞー!」
「おおー!」
「おー」




