第48話 火中
「清涼領域!」
イータがB級青魔法【清涼領域】を詠唱すると、美味達の周囲が涼し気な空気で満たされ始めた。魔法の領域が完成すると、それまでのサウナのような暑さは綺麗さっぱり消え去り、まるで冷房の効いた部屋に入ったが如くの涼しさに環境が変化する。
「おおっ、これは快適! 氷霊剤どころの話じゃないよ、極楽だよ!」
「こんな素晴らしい魔法を持っていたんですね、イータさん。確かに、これならヒートウッズの探索も快適なものになりそうです。 ……ですか、なぜヒートウッズに入るこの間際になって詠唱を? ここまで来る道中も、結構な暑さだった筈ですが…… あ、もしかして魔力の消耗が激しいとか?」
「フッ、清涼領域はB級青魔法だ。以前の戦闘で使った氷姫の神弓や極寒大地と比べれば、魔力の消費は少ない方だよ。たとえ魔力が尽きそうになったとしても、魔力回復薬を飲めば魔力を補充できる」
「なるほど、確かにそうですね。魔力回復薬は量が結構あって、普通の人は探索先で飲むのに苦労するらしいですが…… まあ私達と同じく、イータさんならそんな事、全く問題になりませんもんね」
「あのくらいなら一呼吸で飲み切れるもんね、私達! ……あれ、じゃあ他に何か理由が? ホワイ?」
「いや、普通にこの魔法の存在を今の今まで忘れていただけだ。ほら、こんな暑くて熱い場所に来たの、私初めてな訳で……」
「「ああー……」」
なんて事はない。単純など忘れであった。
「なるほど、あまり頭の方はよろしくない、と」
「エ、エスタさん!? ド直球、表現の火の球ストレート感が過ぎません!? オブラートが必須!」
「監督役として、イータの能力を嘘偽りなく評価する必要があるからねぇ。だがまあ、魔法の素質はなかなか期待できそうだ。B級青魔法を難なく使用できているし、話を聞くに、ヘルプロテアとの戦闘ではA級のものも使っていたそうじゃないか。これならば魔導士として、A級冒険者でも活躍できそうじゃないか」
「フフッ、それほどでも」
鼻をこすりながら、少し頬を赤くするイータ。
「だからこそ、ここで実力に相応しい実績を作ってもらわないとねぇ。あと、この程度の評価をされたくらいで、そんなに無防備な表情を作るもんじゃないよ? 無駄に隙ができる」
「な、なるほど、分かった! キリッとする!」
キリッ! 台詞こそアホっぽいが、イータの表情は女騎士的な凛々しさを取り戻した。
「ま、まあ探索がしやすくなったのは、とても良い事です。イータさん、油断する事なく頑張って行きましょう」
「ああ、任せてくれ!」
やる気に満ち、思いもよらぬ快適さでヒートウッズの探索をスタートさせた美味達。まず最初のすべき事は、煉獄唐辛子があるという目的の採取場所へと辿り着く事――― 要は、ヒートウッズの最奥へと至る事である。
という事で、美味達はヒートウッズに乗り込み、奥へ奥へと進んで行った。ヒートウッズ内部は燃える木々が点在しており、その周りに生い茂る草花でさえも燃えている。辛うじて炎のない獣道らしき道を進もうにも、無策では炎との接触は絶対に避けられない。これを可能な限り回避する為にも、甘露が進むべき道のりを的確に指示し、美味が剣を使って、イータが青魔法を使って炎を掻き消しながら進む訳だが、その他にもトラブルは絶えない。
時に既知のモンスターと遭遇し。
「うおっ、木が動いたぞ!?」
「この燃えてる木のモンスター、素材が木炭になってとっても便利なんです! 狩った分は備蓄として頂きましょう! 縁の下の力持ちならぬ、焚火台の下でよく燃える、です!」
「美味ねえ、全然上手い事言ってないです」
或いは前回遭遇する事のなかった新種のモンスターとも遭遇し。
「甘露ちゃん、新手のモンスターだよ! なんか豚っぽくて美味しそう! 燃えてるけど!」
「ふむふむ…… ヒートボア、この辺りに住処を持つ猪型のモンスターのようです。炎を纏いながら突貫して来そうですね、注意してください」
「それよりもカンロ、味は、味はどうなんだ!?」
休憩し、回復する事も怠らなかった。
「こんな快適に炎の中を進めるなんて、世の中便利になったものだよね~。汗だくにならないし、とっても爽やか!」
「ゴキュゴキュ…… ぷはぁっ! いやあ、探索中に飲む回復薬もまた美味し、だな! こう、緊張感の中での独自の味わいがあると言うか! あと、炎の森を眺めるのも乙なものだ!」
「思いの外元気で良かったです。ところでイータさん、その魔力回復薬で5本目ですけど、必要以上に飲んでいませんか?」
「……美味いなぁ!」
エスタはそんな三人の探索っぷりを、邪魔にならないよう距離を取りながら見守っていた。
(ふむ、随分と余裕そうだ。以前にヒートウッズを攻略しただけの事はあるねぇ。イータもミミとカンロに負けず劣らず、良い働きをしている。魔法が使えるのが彼女だけってのもあるが、オンリーワンの力は大きいからねぇ。それに食が絡んでいるからか、三人とも集中を切らしたり注意を怠ったりする様子もない。このまま行ければ、私が口出しする必要もなさそうだが…… まあ、所詮この辺りはB級の危険区域、A級冒険者なら苦戦する筈もない、か。問題はあそこからだ。ククッ)
エスタのガスマスクから、機械的な笑いが漏れ出す。想像以上に後輩冒険者の実力が高かったのが嬉しいのか、それとも別の感情からなのか、美味達を見守るエスタもそれなりに楽しんでいるようだった。
「……エスタ殿、また笑っているな。というか、先ほどから炎のど真ん中を歩いて付いて来ているようだが、本当に熱くないんだろうか?」
「装備に引火している様子はないですし、まあ問題ないのでしょう。現に、ああやって笑っている事ですし」
「エスタさん本人が凄いのか、それとも装備がすんごく高性能なのか、どっちなんだろうね?」
「食に関係のない事なので、私の『鑑定眼(食)』で確認する事はできませんが…… 恐らくはそのどちらも、でしょうね。仮にあの重装備がなくても、エスタさんなら炎の上でタップダンスするのも余裕だと思います」
「何、そんなになのか!? 流石はS級冒険者だな、大自然主義者として羨ましい!」
「確かに、タップダンスとか楽しそう!」
「ええと、私が伝えたい話の趣旨と、大分ズレているような……」
二人の主張は兎も角として、甘露の予想では先ほど述べた通り、この程度の炎でエスタが負傷するとはとても思えなかった。その上であの完全装備だ。ヒートウッズの過酷な環境も、出現するB級相当のモンスター達も、エスタにとっては何の障害にもならないのだろう。
(A級冒険者とS級冒険者、ランクの違いはひとつだけですが、その差は想像以上に開いているようですね)
その後も順調に探索を進めた美味達は、目的地の一歩手前にまで至る。
「わあ、やっとここまで来た! 火炎唐辛子の採取場所!」
そう、前回の探索で美味達が訪れた、火炎唐辛子の群生地だ。相も変わらず燃え盛る草木の中に、炎の如く真っ赤な実が沢山成っているのを発見する。唐辛子の実自体が燃えている訳ではないが、その見た目は見るからに辛そうだ。
「そして、その更に奥に見えるのが、いえ、その奥にあるのが……」
「私達の目指す、煉獄唐辛子の採取場所、か……!」
生い茂る炎の木々、その奥に直立するは、文字通りの炎の壁であった。ヒートウッズの中心地、そこに聳え立つのは炎の円柱、この炎の森にて最大サイズを誇る――― 炎の巨木。
「さあ、いよいよここからが依頼の本番だ。お前達、黙って進めとは言わない。その代わり、どうにかしてあの中に飛び込め。無論、生きた状態でな」




