第46話 真の辛味
「なんて見応えのある攻防だったんだ! 冒険者生活の初日から、こんなにもレベルの高い駆け引きを目にできるなんて…… 外の世界はこんなにも凄まじい次元に居るのだな!」
ブルジョンとエスタの攻防を見守っていたイータが、拍手をしながら感嘆の声を上げる。彼女の隣に陣取っていた美味と甘露もそれに続いて。
「本当にその通りですね! 私も近付けないくらいの、厚切りステーキ&巨大ハンバーグ! って感じの戦いでした! 要は圧が凄い! ジューシー!」
「美味ねえの言う通りですね。その撒き散らしていた圧で、ギルドの建物が崩落寸前のところまで行っていたような気もしますが、凄い事には変わりありません」
パチパチと手を叩きつつ、一切の配慮を感じられない本心からの言葉を口にする黒鵜姉妹。一介の冒険者であれば、恐れ多くて絶対に言えないであろう感想である。
「いやねえ、流石にその辺は弁えているわよ~ん。建物が無事かつ、周りの子達が気絶しないギリギリのところで抑えたわん」
「フン、よく言うよ。私が加減してやった事に感謝するんだね」
「い、今のあれで加減された戦い、だったのか…… なるほど、合点がいった。プロテアップルが二つあるとはこれつまり、ヘルプロテアを二体倒したという事だ。この力を以って、エスタ殿は単独でこの偉業を成したのだな。S級冒険者の力、改めて感服した。私も冒険者の端くれ、いや、正確にはまだ駆け出しにもなっていない訳だが…… 兎も角、私もお二人のような立派なS級冒険者を目指したいと思う!」
「ほう、私の前でそんな大言を吐くとは、ミミとカンロの仲間になるだけの事はあるねぇ。なかなか見所がありそうだ。 ……けど、駆け出しでもないっては、一体どういう事だい?」
「それはですね―――」
イータがまだ冒険者になっていない事、今から登録しようとしていた事を、甘露が簡潔に説明する。
「ああ、そういう事かい」
「先ほど自己紹介の際にも言ったが、里を出たのがつい最近の事だったのでな。まあ、出遅れた分はこれから挽回するさ。ミミやカンロもいる事だしな」
「ふむ…… だが、A級の二人にF級のアンタがついて行くのは、少しばかり体裁が悪いねぇ。別に規約違反という訳じゃないが、他の冒険者の目もある」
エスタがチラリと酒場の方へと目を向ける。その瞬間、酒場の冒険者達は「いやいや自分達は全然気にしないんで! クロウシスターズと一緒に行動できている時点で、十分に普通じゃない事は理解できているんで!」と、凄まじい勢いで首を横に振っていた。難癖つける気は一切ないと、その事を伝えようと必死である。
「……まあ、どちらにせよスッキリしない。ブルジョン、ギルド長権限を使って特例で昇格させてやったらどうだい?」
「ちょっとちょっと、私ったらついさっき、自分が公正公平な美人ギルド長だって言ったばかりなのよん? 確かにイータちゃんは目を見張る強さを持ってるけどぉ、何の実績もなしにそんな事はできないわん」
「ほう、なら実績があれば良いんだね?」
「やだん、エスタったら悪い顔をしてる気がするぅ! ……イータちゃんに何をさせる気よぉ?」
「言うまでもないだろう? 特例昇格に足る実績を積ませるのさ。おい、アンタら三人、私からの依頼を受ける気はないかい?」
「「「へ?」」」
エスタの唐突な問い掛けに、美味達は頭の上に揃って疑問符を浮かべた。
「エスタさんからの依頼、ですか? まあ、内容次第ではお受けしても―――」
「―――黙って受けな」
「「「………」」」
ガスマスク越しに放たれる圧が凄まじい。この時、酒場に居た冒険者のうち何名かは、この圧に当てられて気絶してしまっていた。
「エスタ、無理強いは駄目だってばぁ。せめて内容を話しなさい、内容を」
「ッチ、仕方ないねぇ。私が依頼するのは、とある香辛料の採取だ。一定以上の冒険者しか立ち入りを許されないB級危険区域『ヒートウッズ』、その奥地には『火炎唐辛子』という真っ赤な果実があるんだ。こいつを僅かにでも料理に混ぜれば、どんなものでも火を吐くほどの辛さに早変わりする。こう見えて私は、辛いものに目がなくてねぇ」
どこからかスケッチブックを取り出し、わざわざそこに火炎唐辛子のイラストを描いて説明するエスタ。意外にも丁寧な説明だ。ちなみにイラストはデフォルメ化された可愛らしいもので、こちらも意外であった。
「な、なるほど。つまり、その火炎唐辛子を採取して来れば良いか?」
「火炎唐辛子ですか。それなら以前ヒートウッズに赴いた際、採取した事がありますね。あの時の依頼も火炎唐辛子の採取が目的でしたっけ」
「ああ、そう言えばそうだね! アチチな現地で採取して、その場で甘露ちゃんに調理してもらったっけなぁ、お鍋! 汗だくになりながら、それも辛い辛いって連呼しながら、それでも箸が止まらなくって…… じゅるりら。ああ、駄目、思い出したらお腹が激辛を求め始めちゃった……!」
「奇遇ですね、私もですよ。ではエスタさん、明日にでも出発して、ヒートウッズにて火炎唐辛子を採取して来ま―――」
「―――さっきから何を勘違いしているんだい? 私が求めているのは、そんな粗末な辛さじゃないよ」
「「「へ?」」」
「私が欲しているのはこっちだ、こっち」
そう言って、エスタがスケッチブックの紙をペラリと捲る。すると次ページに、唐辛子と髑髏が合体したような奇妙なイラストが記載されていた。何とも不気味な組み合わせであるが、例の如くデフォルメ化されている為、いまいち怖さが伝わり辛い。
「えっと、これは?」
「火炎唐辛子の群生地を抜け、更に奥へと進んで行け。そこにはA級危険区域に相当する、ヒートウッズの核に当たる場所がある」
「更に奥……? ですが、そこより先は炎の壁で塞がれていた筈で―――」
「―――だからどうした? 黙って進め」
「「「………」」」
先ほどに引き続き、有無を言わさぬ圧を掛けるエスタ。実に理不尽であった。
「エスタってばぁ」
「分かっている。言葉が足りないと言うのだろう、ブルジョン?」
「貴女の場合、それ以前の問題よぉ」
「何を言っているのかさっぱりだねぇ。そんな事よりも、話の続きだ。カンロの言う炎の壁、そこを抜ければ私が求める香辛料、『煉獄唐辛子』の群生地が存在する。聞いて驚くと良い、こいつの有する辛さは火炎唐辛子の十倍以上だ」
「じゅ、十倍以上!?」
「火炎唐辛子でも結構辛かったのに、それ以上にスパイシー!?」
「ああ、スパイシーなんて可愛らしい言葉が、全く似つかわしくないほどにねぇ。常人が口にすれば、死に至る可能性すらある。そんな煉獄唐辛子こそが、私の求める真の辛味なのさ」
「煉獄唐辛子……」
「し、死に至る可能性すらある……」
「真の辛み……」
「「「……じゅるり!」」」
エスタの依頼内容を聞いて、美味ら三人は揃いも揃って唾液を飲み込んでいた。そう、息を呑むのではなく、唾液を飲み込んでいたのだ。要はその真の辛味とやらに、興味を示してしまったのである。こうなった三人を止める術は、最早この世にそんなには存在しないだろう。あったとしても、S級冒険者相応の力を持つ者達にしか止められない。
「エスタさん、採取したら、その場で調理して振舞っても!?」
「甘露ちゃん、鍋なの? やっぱり鍋だよね!? シメはどうする!? 雑炊オアーおうどん!?」
「よく分からんが、ミミにカンロ! そこは両取りするべきだと進言しよう!」
「ククッ、やる気だねぇ。その様子だと私の依頼、受けてくれるんだね?」
「「「もちろんッ!」」」
「あらあらあらぁ~……」
しかも今回は、そのS級冒険者であるエスタが依頼を推奨してしまっている。結果としてこのような流れになる事は、最初から決まっていたようなものだった。




