第43話 爆裂炭酸
太陽が沈み、代わりに赤味を帯びた月が夜空に輝いている。夜も遅いこの時間帯になると、冒険者ギルドに併設された酒場は、今日一番の賑わいを見せ始める。それはこの日も例外ではなく、酒場は冒険者達による宴の真っ只中にあった。ある者は達成した依頼内容を誇らしげに話し、またある者は凶悪モンスターを討伐した際の武勇伝を語り、或いは依頼失敗話を面白おかしく口にする声も聞こえて来る。
「おう、ルーキー。お前、今日初めて依頼を解決できたんだってな。なかなかやるじゃねぇか」
「た、たまたま上手くいっただけだよ。それに、アンタもそれとなく助言してくれたし、まだF級の依頼だったし……」
その中には、先日ギルド内で揉めていたボルボルと少年の姿もあった。どうやら少年は無事に新米冒険者となり、今日初めて依頼を達成できたようだ。
「馬ー鹿、慢心するのは良くねぇが、謙虚過ぎるのも逆に良くねぇんだよ。冒険者たるもの、バランス良く生きていかねぇとな。それに、助言ってのは何の事だ? 俺は何も言ってねぇぞ?」
「いや、現在進行形でされている気がするんだけど」
とまあ、同じテーブルを囲んで宴の輪に入っている辺り、ボルボルとの関係も良好なものになったようである。何かと世話焼きなボルボルに対し、昨日はあんなに意地悪を言っていた癖にと、周りの冒険者達から茶々も入れられ、宴は更に盛り上がろうとしていた。 ……が、しかし。
「ズズズズー、ズズー(いやあ、沢山飲み食べしましたね。気が付けばこんな時間になってしまいました)」
「ズゴゴゴゴゴゴッ! ズゴーッ!(お腹が満たされ迷惑も掛けず! 食べ歩き最高ー!)」
「ズズッ……! ズズッ、ズズズズッ……!(堪能した……! 王都のグルメを、堪能させてもらった……!)」
そんな最中に、ズゴゴゴッとギルドへ入った来た者達がいた。彼女らの名は美味、甘露、イータ――― 王都に名を轟かす、新鋭のA級冒険者達だ。三人は口にストローを含み、ジュージューと飲み物らしきものを飲んでいた。飲みながら、会話まで成立させていた。
「お、おい、あれ……!」
「ク、クロウシスターズだ……!」
「クロウシスターズ、プラスエルフだ……!」
「クロウシスターズプラスエルフが、王都に帰って来た……!」
美味達の姿を確認するや否や、シンと静まり返る酒場の冒険者達。発する声はどれも消音に近く、先ほどまでの豪快な様子は微塵も感じられない。まるで前以って打ち合わせをしていたかのようで、まだ王都の冒険者として不慣れな少年は、その様子に大きな衝撃を受けるのであった。
「な、なあ、ボルボル。何も彼女らが入って来ただけで、ここまで静かになる必要は―――」
「―――馬鹿、何言ってやがんだ! あいつらが抱えているもの、よく見てみろって!」
「抱えているもの? ……ええっと、アレ、何かの飲み物か? お、おいおい、マジかよ。まるで容器がバケツみたいだぞ。ジョッキで酒を飲むどころの話じゃない……!」
少年は美味らが抱える飲み物の容器、そのあまりのサイズ感に言葉を失ってしまった。でかい、兎に角でかいのだ。大き過ぎて片手では到底運べないので、三人とも前に抱える形で、何とか容器を持っている。容器にはこれまた長いストローがささっており、それを吸う事で中の液体を飲んでいるようだ。が、明らかにそれはひとりの人間が飲む量ではなかった。
「確かに量もそうだが、一番の問題はあの容器の中身よ。ルーキー、あの容器の中に何が入っているか、お前に分かるか?」
「えっ、中身か? 俺、王都の飲み物なんて全然知らないよ!」
「馬っ鹿! 知らなくても僅かな情報から察するのが冒険者なんだっての! 甘えるな!」
「んな理不尽な…… んんー、遠目で見た感じ、透明だな。普通の水…… は、流石にないよな?」
「重ねて馬っ鹿野郎! ただの水でこのボルボル様がそんなにビビるかよ! あ、いや、ただの水でもあの量はビビるな。わりぃ、訂正するわ。普通にビビったわ」
ボルボル、素直に頭を下げる。
「訂正はするのか…… それで、正解は一体何なんだ?」
「それはだな――― 爆裂炭酸・こってり、だ!」
「ば、爆裂? それに、こってり?」
飲料の名前を聞いてもしっくり来ない様子の少年。そんな彼に対し、ボルボルはかつて美味が説明したような内容を教えるのであった。
「は、はぁ、そんな危険なもんを屋台で売っているのか、この王都では…… 軽く狂気の沙汰だな」
「いいや、話はこれだけじゃない。今説明してやったのは、あくまでも普通の爆裂炭酸の話。さっきも言ったが、今奴らが持っているのは、爆裂炭酸のこってりなんだ」
「いや、そこを改めて強調されても、未だによく分からないんだけど……」
「まあ聞けって。爆裂炭酸のこってりバージョンってのは、王都の数ある爆裂炭酸屋台の中でも、最凶最悪の刺激を誇る代物なんだ。風の噂によれば、爆発寸前の火薬をそのまま飲んでいるに等しいとまで言われていやがる。度胸試しの範疇は疾うに超え、最早それを飲むのは自殺行為と同じようなもんだ」
「か、火薬って、何でそんな危険なもんを屋台で売ってんだよ!?」
「もちろん、誰彼構わず売って良い代物じゃねぇ。国かギルドのどっちかから許可を貰わねぇと、あのこってりは販売すらしてくれねぇんだと。まあ、一体誰が許可を出しているのかまでは、俺も知らねぇんだが……」
片手で自らの頭をガシガシと掻きながら、そもそも屋台で売るなよと、自分でもツッコミを入れるボルボル。
「で、だ。そんな化け物みたいな飲み物を、奴らはあの通りバケツサイズで、それも鼻歌交じりに飲んでいやがる。涼しい顔のオマケ付きでな。この意味、お前には分かるか?」
「……? 意味なんてあるのか?」
「ああ、ある。そして、長年冒険者として生き残って来た俺には分かるんだ。危険物の過剰摂取、つまりこれが示す事は、奴らが平和な日常に飽き飽きしているってこった。奴ら、強過ぎる肉体を持て余していやがる。暴れたくて、強敵と戦いたくて、血に飢えて、もうあんなもので気分を誤魔化すしかないんだ。ルーキー、奴らには絶対に近付くなよ? 噛まれるだけじゃ済まねぇ。それに遠くない未来、奴らはまた何かをしでかすぜ! 絶対にな……!」
「ゴ、ゴクリ……!」
ボルボルの真剣な表情、確信めいた発言に、少年は息を呑んだ。この一瞬でそんな奥底の事柄まで見抜いたボルボルの観察眼に驚き、何よりも美味達がその身に宿す狂気のあまりの大きさに、声も出なくなってしまっていた。
「ズゴ、ズゴゴゴゴゴッ!(ああ、炭酸が身に沁みる~!)」
もちろん、そんな事など美味達は微塵も考えていないのだが、例によって王都の冒険者達は彼女らを怖がっていた為、自然と誤解する流れが出来上がっていた。新顔である筈のイータも、無事に危険人物としての仲間入りをしてしまったようだ。
「ふう、心なしか胃の中でも弾けて躍っているような、そんな気さえする刺激的な飲み物だった。流石はこってり、といったところか」
「刺激的である分、買える方はあまりいないそうなんですけどね。風の噂によれば、この国の騎士団長の一人も、爆裂炭酸・こってりの愛飲者なんだとか」
「この味が分かるとか、その騎士団長の人も通だよね~。お姉ちゃん、ベストフレンドになれそう!」
バケツサイズの爆裂炭酸・こってりを飲み干した三人は、そんな雑談に花を咲かせながら、空となった巨大な容器をバキバキと丸め、飴玉サイズにまで縮小化させていく。その様子を見て、酒場の冒険者達は更に畏縮してしまうのであった。




