第44話 一触即発
「あらん? 大きな気配がやって来たかと思えば、ミミちゃん達じゃな~い?」
二階から一階のギルドカウンターに降りて来たのは、王都ギルド長のブルジョン。静まり返った酒場の様子に「ま~た誤解しちゃってるぅ~」と、小さく溜息を吐きそうになるも、美味ら三人の帰還を確認すると、一転して満足気な笑みを浮かべるのであった。
「ブルジョンさん、ただいま戻りました! アイルビーバック!」
「お帰りなさぁい! その様子だと、イータちゃんの件は無事に解決できたみたいねぇ。流石はミミちゃんとカンロちゃんだわん! お出迎え、アーンド祝福のハグをしても良いかしらん?」
「ありがたい申し出ですが、丁重にお断りしておきます。ブルジョンさん、パワーが段違いですから。ひ弱な私じゃ身が持ちません」
「あらら、そんな遠慮しなくても良いのにぃ。でもまあ、引退してもこの通り、肉体美は保っているからねん! パワーなら負けないわん!」
そう言ってカウンターから身を乗り出し、いつものポージングへと移行するブルジョン。夜だろうと彼の筋肉は絶好調のようだ。
「イータちゃんもお帰りなさぁい。ミミちゃんとカンロちゃんの活躍、どうだったぁ?」
「活躍も活躍、大活躍だったぞ! 討伐対象の排除はもちろんの事、里の皆に手料理まで振舞ってくれたんだ! そのあまりの美味さに、偏食家である里の皆も大満足だった! ああ、思い出しただけでも、またヨダレが……!」
「まあ、それは素敵な事ねぇ。私もご一緒したかったわ~ん」
「理解するにはまだ早過ぎるぞ! あの料理の美味さはこれだけに止まらず―――」
甘露のカレーが如何に美味であったか、イータからその解説を受けるブルジョン。丸一日飲み食いして来た後だというのに、彼女の口からは新たなる欲望の滝が流れ出ていた。
そんなカレー解説が終わった後、美味達は今回の依頼の報告をする事に。
「討伐対象の正体は、ヘルプロテアという名の巨大植物でした。美味ねえが前線で体を張り、私とイータさんが後方支援に徹する事で、戦闘自体は無事に終えられましたが…… 今までに戦ったモンスターの中でも、群を抜いて強い敵でしたね。あ、討伐証拠としてヘルプロテアの素材を丸々持って来たので、後で鑑定をお願いします。可食部は全てエルフの皆さんに振る舞ってしまったので、どれも食べられない部位ですが」
ちなみに、これまで甘露と美味が討伐証拠としてギルドに提出したモンスターの素材は、角や鱗といった、決まって食べられない部位ばかりであった。その理由は――― まあ、お察しの通りである。
「うふん、ご苦労様ん。今日はもう遅いし、それら素材は明日確認させてもらうわねん。に・し・て・も~…… ミミちゃんにカンロちゃん、ヘルプロテアを倒しちゃうだなんて、本当に凄いじゃないのぉ! 本当にヘルプロテアだったとしたら、ここ数十年は確認されていなかった希少種、それもA級、言うなれば準S級討伐対象に指定されている大物よん! 貴女達に任せた私の判断、どうやら間違ってなかったみた~い!」
「クネクネし過ぎですよ、ブルジョンさん。ですが、やはりそれほどの大物でしたか。道理で強かった筈です」
「お姉ちゃんの錣刃裂も、微妙~に効いてなかったもんね。あの時は内心かなり焦っちゃったよ~。まあ、最終的にはぶった斬ったけど!」
「フフッ、良い経験になったみたいねぇ。ああ、そうそう。これ、ミミちゃん達の新たらしいギルド証よん。リニューアルってやつぅ♪」
ブルジョンが美味と甘露に、金色に輝くギルド証を手渡す。どうやらA級に昇格した事で、ギルド証も一つ上のものへとランクアップしたらしい。
「わあ、金箔を貼り付けているみたいで、とっても美味しそう!」
「うん、当たり前だけど、食べちゃ駄目だからねん?」
「ギルド証の紛失は違約金が発生しますし、何よりも信頼の失墜に繋がります。美味ねえ、絶対に駄目ですよ?」
「そ、そこまで言われなくたって、流石の私も分かってるよ! 多分、ギリギリ理性が勝つよじゅるりら!」
「ギリギリなのか…… あ、そうだ。ところでなんだが、ブルジョン殿」
美味がギルド証と睨めっこしているのを傍目に、イータがブルジョンに話し掛ける。
「今後は私も、二人と一緒に冒険をする事になったんだ。それ故、私も冒険者になりたいのだが…… どうだろうか?」
「あらあらあら~、イータちゃんがぁ? うふん、私としては大歓迎! ミミちゃん達と一緒にヘルプロテアを倒したっていうし、将来有望ったらありゃしないわん! ……けれど、最初からミミちゃんやカンロちゃんと同じA級冒険者に! とは、流石にいかないのよねん。私、これでも公平公正にギルドを運営しているのぉ」
「なるほど、つまりはF級からのスタートという訳だな? 良いだろう、私としても真っ当に評価してもらいたい―――」
―――ギギィ。
イータが冒険者稼業のスタートに燃えたその時、入り口のスイングドアがゆっくりと開かれた。夜も遅いが、この時間にギルドを訪れる者は珍しくない。現に美味達もそうだった。だが、その瞬間にギルドに居た全ての者達は、ドアの方へと振り向いていた。注視しなくてはならない、圧倒的な気配をそこから感じ取ったのだ。
「……おや、この時間に酒場が静まり返っているとは、また珍しい事もあったもんだねぇ。まるで猛獣に睨まれた小動物が、死期でも悟っているようじゃないか。ククッ」
発せられたその声は非常にくぐもっており、機械音声のような無機質さに満ちていた。男のものなのか女のものなのか、それさえも判別できない。
―――ガチャ、ガチャ。
声の主がドアを越え、ギルド内部に足を踏み入れる。その足音は重量感のあるもので、歩く度に金属の擦れる音がし、重みで床が悲鳴を上げていた。
「あらあらあら…… 今日は本当に珍しい日ねぇ」
「て、『鉄血』だ……!」
「『鉄血』のエスタ・リコムイ……!」
「『鉄血』、グラノラ王国唯一の、現役S級冒険者……!」
ブルジョンに続いて、酒場で様子を窺っていた冒険者達が口々に『鉄血』の名を言い始める。 ……言い始めるが、その声量は相変わらず音量ボリュームが最小に設定されていた。要は、超小声である。
そんな冒険者達の向けた視線の先に居たのは、2メートルもの巨体を誇る鉄の塊だった。いや、鉄らしき装甲を全身に纏っている、の方が表現が近いだろうか。更に頭部はガスマスクに似た鉄仮面で覆われており、一切肌が曝け出されていない。唯一後頭部より、ウェーブがかった長い白髪が腰まで伸びているのが分かるが、これだけでは中身がどのような容姿の人物なのか、全く予想できない。
「怯える小動物共はさて置き…… ほう、こっちは興味深いねぇ?」
ガスマスクの奥から放たれる視線が、美味と甘露に向けられる。次いで、ガチャリ、ガチャリと、重量感のある足音が二人に近付いて行った。動作はゆっくりである筈なのに、酒場の冒険者達には一瞬の出来事にように感じられた。気が付けば、鉄の巨体は美味達の眼前に立っていたのだ。そして鉄で覆われた両腕のそれぞれが、美味と甘露に向けられるのを目にする。
(えっ? な、何をするつもりだ!? 空気が悪いぞ!? そして重いぞ!?)
(お、おいおい! ギルド内でバトるつもりなのかよ!? 俺達まで巻き添え食らうっての!?)
(ははは、早く逃げないと…… ででで、でも、足が動かねぇ……!)
(全てを食らい尽くす狂犬と、王国が誇る最強の冒険者……! こいつらが対峙した時点で、何かが起こるのは確定事項だったんだ……!)
(あ、俺死んだわ…… そんな流れだわ、これ……)
ギルドの空気は一触即発に染まり、周りの冒険者達はこの場所に居合わせてしまった事に絶望していた。最早声すら出す事ができず、ただただ目の前の展開を見守る事しかできない様子だ。そんな中、エスタの両手が遂に二人の頭を掴まえる。冒険者達はそれがゴング代わりのように思え、せめて酒場には被害が出ないようにと、必死に願った。
「……ミミにカンロ、久しいじゃないか。一体いつ振りだろうねぇ。以前よりも逞しくなったんじゃないかい?」
「えへへ、実はそうかもです! ワイルドにお姉ちゃんをしていました!」
「エスタさんもお元気そうで何よりです。でも、篭手越しに撫でないでください。普通に痛いです」
「「「「「……あれ?」」」」」
しかし、次の瞬間に起こったのは、予想斜め上の展開であった。




