第35話 ラディーチェ
『マイクテス、マイクテス。聞こえますか?』
「お、おお、本当にカンロの声が聞こえるぞ。不思議な感覚だな……」
「うんうん、これで報連相は完璧だね! あ、ホウレン草のバター炒めが食べたい」
「美味ねえ、これからが本番なんですから、戦いに集中してください。あと、残念ながら畑の野菜にホウレン草はなかったです」
「うう、お姉ちゃん頑張る……」
念話の確認作業を終えた美味達は、いよいよ巨大モンスターの討伐へと向かう。若干士気が下がった様子の美味は木陰を出て、甘露とイータが見晴らしの良い木の上へ。ここに来て、漸くモンスター達は美味に反応するのであった。うにょうにょと蠢いていた触手の先っぽが、一斉に美味へと振り返る。
「……踊り食い、そういうものもあるかな?」
『ないですよ。毒があるって聞いてました?』
まだそう離れた場所にはいないので、甘露からの的確なツッコミが念話に乗ってやって来た。しかし正直なところ、魔力の無駄でしかない。
と、そんなセルフ漫才をしている間にも、触手達は行動を開始する。矛先を美味に定めた後、半数は畑の土を泳ぐように移動を始め、もう半数は土中に潜って行ったのだ。畑の上と下、その二面で美味を攻撃するつもりだろうか。
「極寒大地!」
美味の頭上後方より、不意にイータの詠唱が聞こえて来る。次の瞬間、辺り一面の畑が氷の大地と化し、そこに接していた触手達も氷漬けになっていた。
「おおっ、これは!?」
『イータさんのA級青魔法【極寒大地】です。一瞬で地面を氷に変貌させ、そこに接触した者もまた氷漬けにしてしまうそうなので、美味ねえも気を付けてください』
「気をつけようがないよ!?」
「ミミだけは対象にならないよう、私の方で調整する! 滑って転ばないよう、それだけは注意してくれ!」
「なるほど! あいあい、さぁっ!」
独自の掛け声と共に、討伐対象を目指して前進を開始する美味。一歩一歩の踏み込みが激しい為、足が地面を蹴る度に氷が滅茶苦茶に粉砕されていた。そんなパワフルな走り方をしているので、転ぶ心配はなさそうである。
「おっと」
軽い声と共に、パワフル走法中の美味が緊急後退。すると彼女の進行方向だった氷の下より、触手が槍の如く突き出て来るではないか。出て来たのはそれ一本だけであったが、美味が躱していなければ、触手の攻撃は当たっていただろう。
『馬鹿な!? 極寒大地を受けて無事、その上攻撃までして来ただとぉ!? ……と、イータさんが驚いています。ちょっとうるさいです』
美味が前進して離れた為、イータの叫びを甘露が念話で代弁してくれた。
(イータさんの魔法で殆ど気配が消えたけど、それでも土の中に幾つか気配が残ってるなぁ。あの触手もその一つだけど…… もしかして、見た目は同じだけど普通の触手と違う? そもそもが別種? 触手の気配を辿って行くと、何だかあのおっきな花モンスターの根元に繋がってもいるような、そんな気もするし。つまりつまり、これってば従属植物じゃなくて、お花本体からの直接攻撃だったり? うん、多分そうだ! 触手に見せかけた根っ子攻撃、イタリア語ではラディーチェ!)
美味は持ち前の察知能力の高さを活かし、触手の正体を解明していく。プラス、この場面では必要ないであろう知識まで、心の中で披露していく。
―――ズガガガガガァ!
氷の地面を突き破り、他の場所からも複数の触手――― 改め、根っ子触手が姿を現す。それらはどんどん長くなり、メキメキと触手の先が開かれ、口のようなものを作り出していった。口には鋭利な牙が生えており、見るからに凶悪なフォルムである。
『軽くホラーですね。本当に植物なのかと疑ってしまいます。あ、これこそが大自然の神秘というやつでしょうか?』
こんな時でも軽いノリを忘れない甘露。一方の美味は、根っ子まで美味しいセリの事を頭の片隅で考えていた。
「きんぴらも捨て難い!」
その魂の叫びは一体誰に対してのものなのか、全くの謎である。謎であるが、美味の士気はなぜか高まっていた。最初よりも鋭い速度で再度突貫、すれ違い様に最初に攻撃してきた触手を両断する。美味の刃は根っ子触手にも問題なく通じるようだ。
しかし、そんな両断された根っ子触手を目にしても、他の根っ子触手達は全く怯まない。美味の進路を妨害するように、彼女の前に立ち塞がる。剥き出しにされた口からは紫色の毒液が垂れており、触れただけでも深手を負ってしまいそうだ。
―――ヒュンヒュン!
突如として、美味の頭上から矢が飛来した。冷気を纏った数本の矢は、極めて正確に根っ子触手、その口の中へと命中。極寒大地にも耐え切った根っ子触手らを、あっという間に氷結させるのであった。
『美味ねえ、それはイータさんの極氷の矢です。何でも、弓術と魔法を組み合わせた合体技なんだとか。効果範囲を矢に限定させる事で、また氷姫の神弓から放つ事で、凍結効果をより高めています。倒せているかは分かりませんが、これなら強い触手も暫くは動けないかと』
「おお、効果覿面だよ! じゃあ、今のうちに本体へ―――」
イータの支援を受け、美味が更に加速しようとした、丁度その時の事である。太陽の方を向いていた頭上の花、それが突如として大量の花粉を放出し始めた。討伐対象が居座る畑一面が、毒々しい色をした花粉の霧で満たされていく。
『その花粉も毒なので、食べちゃ駄目ですよ。美味ねえの抵抗力なら、肌に触れるだけなら問題ありませんが、呼吸を通して体内に取り込んだり、目に触れると危険です。気をつけてください』
(だから、気をつけようがないって! でも、無理難題は甘露ちゃんの期待の証…… 分かった、お姉ちゃんが無理を通しちゃう! 作戦も閃いちゃった!)
猛毒の花粉で満たされた、この戦場を突き進む方法。美味が選択したそれは、至極単純なものであった。
(目を瞑って呼吸を止めて、息が続いているうちに倒しちゃる!)
……冗談のようなこの作戦であるが、当の美味は本気である。本当に目を瞑り呼吸を止めたまま、美味はモンスターの下へと突貫&加速。バランス感覚が良いのか、視覚を失った今もパワフル走行に変わりはなく、むしろ先ほどよりも更に速いくらいだ。
美味が視覚の代わりに頼っていたのは、敵の気配、そして攻撃が迫る際に発生する危機感であった。空腹が原動力で働く『察知(食)』のスキルで、それらを完璧に把握していたのだ。また同時に、オリジナル技の一つをこの場面で発動させる。
(理武……!)
―――『理武』、一種のマインドコントロールに類するこの技は、全神経を物凄く集中する事で空腹力を高め、食に起因する美味のスキルを底上げする事ができる。『剣術(食)』はより鋭く、力強く、変幻自在に。『察知(食)』も未来予知めいた力と化すのだ。空腹を犠牲にしてまで集中しているので、五感も平時とは比べ物にならないほど敏感になっている。但しこの状態が長引くと、空腹で普通に倒れてしまう諸刃の剣でもあった。その為、短期決戦向けの技と言えるだろう。
『美味ねえ、討伐対象の茎に巻き付いていた触手が動き出しました。向こうも攻撃的に来るようですよ』




