第36話 真っ赤な果実
討伐対象の茎に巻き付いていた触手が、メキメキと音を立てながら剥がれていく。触手の強化版とされていた根っ子触手よりも太く、強靭であるそれらは更に手強そうな外見をしていた。言うなれば、茎触手だろうか。美味がこの名を耳にしたら、茎わかめみたいで美味しそう! とでも言いそうである。しかしその一方で、遠くからその様子を観察していた甘露の興味を惹いたのは、それとはまた別の事柄であった。
『美味ねえ、触手が解き放たれたその内部に、真っ赤な果物が生っています。鑑定眼(食)で確認したところ、そこだけは毒もありません』
「ッ!」
そう、甘露が目にしたのは、討伐対象唯一の可食部である果実であったのだ。リンゴに似た見た目をしたその果実は、炎の如く真っ赤な色合いをしており、猛毒や獰猛な触手を持つモンスターの一部だとは思えないほどに美しかった。視界を閉じている美味も、念話を受けてテンションが高まる。
『討伐対象の全身を確認。果実を傷付ける事なく、果梗部を斬って採取してください。毒が果実に移るような構造でもないので、それ以外の部分は容赦なく倒してしまってオーケーです』
(おお、加減する必要なし!? なるほど、ベーネベーネ!)
美味は氷の大地を走破しながら、敵がいそうな方向へ剣を振るう。刃から放たれるは『錣刃裂』と呼ばれる飛ぶ斬撃、かつて巨大地竜をも両断した、美味の剣術の一つである。斬撃は茎触手の一つに見事命中し、その緑色の肌をぶった斬らんと火花を散らす。
―――ギギィン!
(むうっ!?)
しかし、放たれた斬撃は茎触手を両断するには至らなかった。茎触手の半分ほどを斬った時点で、斬撃が止まってしまったのだ。
(今の音、何か浅かった気がする……! 当たったのに斬れなかったの、久し振りだなぁ。錣刃裂じゃ威力不足だったかな? となると、直接イワカムで斬るしかないか~)
そんな風に美味が感心している間にも、彼女の前方からは、先端から凶悪な口と牙を顕現させた茎触手が迫っていた。その中には先ほど錣刃裂に攻撃された茎触手も交じっており、かなりお怒りの様子だ。頑丈である。
「クッ、極氷の矢でも完全には止まらないか……!」
イータが援護射撃するも、茎触手は完全には凍結せず、精々動きが少し鈍くなる程度にしか効果がない。ただ頑丈なだけでなく、本来植物の弱点である筈の氷属性の魔法にも耐性があるようだ。
『イータさん、触手は美味ねえに任せて、上の花を狙いましょう。恐らく、あちらは触手ほど頑丈ではない筈です』
「むっ、なるほど! 了解した!」
甘露の指示を受け、矢の目標を触手から花へと変更するイータ。彼女が放った矢は雨に、いや、霰となって大輪へと降り注ぐ。また、そんな攻撃的な天候の真下では、今にも美味と茎触手が激突しようとしているところだった。
(んんっ、何だかとっても危険な予感!)
周囲から突き刺さるような感覚を覚える美味。それもその筈、それまでバラバラに攻撃しようとしていた触手とは違い、この茎触手はタイミングを合わせ、連携して美味に襲い掛かろうとしていたのだ。言うなれば点ではなく、面での攻撃である。たとえ茎触手の一本が倒されたとしても、他の茎触手が美味に噛みつき、猛毒を送り込む事で確実に討つ算段なのだろう。
植物モンスターがそこまで考えているのかはさて置き、この攻撃は理に適っている。先の飛ぶ斬撃、錣刃裂では茎触手を倒し損ねていた。仮に接近戦の一太刀でそれ以上の威力を発揮できたとしても、それは茎触手一本、多くても二本を倒すのが限界だ。今現在美味に襲い掛かろうとしている茎触手の数は、それこそ十本を優に超えている。一部を倒せたとしても、普通に剣を振っているだけでは茎触手の壁、面による攻撃を防ぐ事はできないのだ。 ……そう、普通に剣を振るだけでは。
(えっと、こっちとあっちとそっちと…… うん、面倒! 怪しいところ、全部攻撃しちゃえ! んんーっ…… 紗威!)
美味と敵の集団が衝突しようとした次の瞬間、美味に迫っていた全ての茎触手が細切れにされた。両断しただとか、そんなレベルではない。文字通りの細切れであった。バラバラとなった茎触手の肉片、それらを見えているかの如く全て躱しつつ、美味は何気ない顔で本体に向かう。
(見えないけど、上手くいったっぽいね! ふいーっと息を吐きたいところだけど、まだ我慢我慢!)
―――『紗威』。敵集団を逸早く倒し、食材化する為に美味が編み出した、恐ろしき剣技。この技は美味の間合いに入った全てに、一振りの剣で斬撃の嵐を食らわせる。攻撃範囲の広さもさる事ながら、見ての通りその威力も尋常ではない。
一方でどういった技術で、どのような理論でそのような技が展開されるのかは、正直なところ美味本人にも分かっておらず、技と言うには無理のある代物であったりもする。己の食欲とスキルの力で無理矢理に使っている、というのが一番正解に近いだろうか。『理武』の状態でないと上手く斬れない、やったらやったでお腹が減る、という弱点も本人曰くあるらしいのだが、それが技の対価として相応しい弱点なのかは微妙なところだ。
(うわ、早速お腹がげっそりして来た! 急激に来た! 剣は冴えるけど、そろそろ活動限界近いかも、お姉ちゃん! という事で、ダッシュダッシュ!)
迫り来る茎触手を全て排除した美味は、その足で敵本体の下へと急いだ。例の如く目は見えておらず、鼻で匂いを嗅ぐ事もできない訳だが、甘露がもたらした情報を元に、果実があるであろう場所へと直感で向かう。
『うん、私が場所を指示するまでもないですね。美味ねえ、そのまま前進してオーケーです。なぜか方向は合っていますので。ああ、そうだ。上にあった大きな花も、イータさんが完全に凍結してくれました。追加で敵が何かして来るような事はないかと。そのうち、毒の花粉も晴れると思いますよ』
(ヴァベーネ! じゃ、お姉ちゃんも残りの空腹力を振り絞って、最後のお仕事!)
獅子が獲物を狩るが如く、口元から欲望を垂れ流しながら、全力で目的の物の下へ。他に敵からの迎撃はないとはいえ、今の美味は本気でお腹が限界であるらしい。恐らく、この時のトップスピードが戦闘中で一番速かった。
(こ~れ~だ~なぁ~?)
真っ赤な果実が生る場所へと辿り着いた美味は、繊細な手先の動作で果実を確認する。近くで触れると、果実が等身大ほどもありそうなサイズである事が分かった。先の巨大野菜集団の果物版、とでも言うべきだろうか。尤も、こちらに駆け出す為の足は付いていないようだが。
美味は果梗部を適度な長さでカットし、果実を無事に収穫。えっさほいさと果実を運び、そっと地面に置くのであった。そして、ふと振り返った美味は――― 剣を構え、空腹力を振り絞った。
(ふんだらばっ!)
上段からの、渾身の振り下ろし。狙うはもちろん、今や可食部がない状態にある討伐対象だ。欲していた果実を採取してしまえば、最早容赦して攻撃する必要は微塵もない。魔剣イワカムによる斬撃は、聳え立つ討伐対象の肉体を真っ二つに両断し、凍り付いていた大輪を粉々に四散させるのであった。
今年最後の投稿になります。来年もよろしくお願い致します。
年始の投稿予定は以下の通りです。
『黒の召喚士』
1月4日 189話
『黒鵜姉妹の異世界キャンプ飯』
1月1日 37話、38話
1月2日 39話、40話
1月3日 41話、第三章終了時各ステータス




