第189話 無限アボカドのチーズグラタン
ブルジョンの毒料理、ポイズントマトのカプレーゼぇは大変に高い評価を受けていた。一人目の審査からこのレベルだったのは、一同にとって嬉しい誤算である。続く甘露とエフィルは一体どんなチーズ料理を出してくるのかと、審査役の皆々は期待を膨らませるばかり――― と、料理の余韻に浸っていたのも束の間、次なる参加者が手を挙げる。
「調理、完了しました。配膳しても良いでしょうか?」
手を挙げたのは美味達のパーティ、その期待の星である甘露であった。
「おお、カンロ殿も何とスピーディーな調理でござろうか。もちろん、食べ頃のうちに配膳を――― むむっ!?」
この場の進行役を務める者として、グラハムは率先して言葉を紡ごうとしていた。しかし、甘露の用意したスキレットから漂ってきた、その濃厚なチーズの香りに鼻孔をくすぐられ、思わず言葉を止めてしまう。それは他の審査役の者達も同様のようで。
「おーおー、今度は正にチーズ料理って匂いがしてきやがったな。ッチ、ブルジョンの料理を食った後だってのに、腹の音が鳴っちまいそうだぜ……!」
「うわぁぁぁ! この焼きたてチーズの芳醇な香りぃ! もう匂いで分かっちゃう! これ、絶対美味しいやつ、美味しいやつだ!」
「うふん、カンロちゃんは王道路線で勝負するのねぇ。良いわん、私のカプレーゼぇで受けて立っちゃうん(はぁと)」
チーズの香り立つそれを吸い込んだ途端、無意識のうちに唾液腺が刺激され、早くそれを食わせろと食欲が暴走する。そんな欲望がピークに達するベストなタイミングを狙って、甘露は配膳を行うのであった。
「お待たせしました。私が用意したのはチーズグラタンです。熱いうちにご賞味ください」
そう言って甘露が配膳したのは、例のスキレットに入った熱々のグラタンだった。とろけたチーズとカリッカリのパン粉が合わさり、グラタンの表面は黄金色に輝いているようである。いや、完全に輝いている訳ではない。良い具合いに焦がされていて、その点がまたニクイ。あの刺激的な香りも健在であり、むしろ眼前にまで近づく事によって、更には視覚的にも食的な暴力が加わる事によって、審査役達は酷い空腹感に苛まれてしまうのであった。
「うわあぁ、うわあああぁぁぁ……!」
「クッ、食す前から何という魔力を放つ料理なのだろうか……!」
「この絵面、最早芸術の域ですわ……! 芸術のげの字も知らねぇですが、ぜってぇそうですわ……!」
美味ら仲間達はもちろんの事。
「その強烈な香りで嗅覚に訴え、食欲を増進させる見栄えの良さで視覚に訴え、出来立てを強調するグツグツとした音で聴覚にまで訴えてくる。そして最後には、舌の触覚と味覚で感じろという事か…… フッ、カンロも随分と意地が悪い。これを目の前に出されて耐えられる者など、この世には存在しないだろう」
「御託はいいからよ、もう食べても良いんだよな!? ほら、ヴァンの奴も待ってるぞ!」
「ッ……!」
「こ、これは確かに、美味しそうですね……」
一流の解説兼審査役と化したエスタも、まだ食べちゃ駄目? まだ食べちゃ駄目? と忙しなく周囲を見回すヴァンも、それまで余興に殆ど興味を示していなかったドロシーまでもが、甘露の料理を待ち侘びていた。
「きょ、許可は既に下りているでござる! いざッ!」
料理と一緒に配られたスプーンを持ち、その黄金色の大海へと歩を進める。サクッ、ジュワっという子気味良い音と共に表面を突破すると、いよいよその中からはホワイトソースの洪水が―――
「―――む?」
カリカリチーズの表面部分とソースを絡め、スプーンを持ち上げようとしたエスタが、何やら違和感を覚える。
(このホワイトソース、少し緑色に染まっていないか? いや、と言うよりも、緑色の具が入っている? 香りは…… グラタン特有の香り以外は、ここからは感じ取れないな。むう、S級の『嗅覚』持ちなら話は別だったんだろうが、ここが私の限界か。ならば、素直に口に入れて解析するとしよう)
そんな思考を巡らせたエスタであったが、この間一秒にも満たない時間であった為、はむっと口に含んだ瞬間は、皆とほぼ同時であった。
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
そして、口内に強烈なグラタンの味わいが広がったのも、また同時。先に食したあっさり風味の料理と打って変わって、甘露の料理はインパクトに塗れていた。
「な、何だ、想像の三段以上をすっ飛ばして、そのまた上を行くような、この濃厚さは……!?」
「うまっ! 何これ、うまっ!」
「熱々のグラタンが、香ばしくサクサクとしたチーズがッ、それでいてシーフード風味のホワイトソースがッッ、私様の舌にねっとり絡みますわッッッ!」
「しかも、だ。それでいてしつこくない……! 先のブルジョン殿の料理同様、これならばいくらでも腹に入る! いや、これで腹を満たしたい! なぜこの小さなスキレットに収まる量しかないのだ、カンロ……!」
「いえ、それが余興対決の規定でしたので」
規定の通り、スキレットに入っていたグラタンは一人前にも満たない少量であった。しかし、これではあまりの美味さに一瞬で完食してしまう恐れが――― いや、食いしん坊筆頭グループの美味達は、既に完食してしまっていた。審査役としてよく味わい、分析したかった。それが本心である事に間違いはない。だがそれを成す為には、今回の料理は些か少な過ぎたようだ。
「くぅ~……! あの見事な出来のチーズの下に、一体どんな具が入っていたのだ……!?」
「お姉ちゃん、確かめる前に完食しちゃった……! まともに味わう事もできなかったよ……!」
「末代までの恥、ですの……」
嘆きが続く。分かったのは理性を失うほどに美味しくて、想像以上に濃厚で、ビックリするほど舌に絡む、それでいてシーフードな味わいがソースから感じられた事くらい。まあそれだけ分かれば十分な気もするが、食に飽くなき探求心を持った美味らからすれば、これは手痛い失態だったのだろう。
「……これ、ひょっとしてアボカドを使っているのかい?」
三人が嘆く一方で、最早本職であるエスタは冷静に分析を行っていた。指摘を行うエスタに対し、甘露が小さく頷く。
「えっ、アボカド? アボカドって、森のバター的な? 焼いても美味しいものだったの?」
「ええ、そのアボカドで合っていますよ、美味ねえ。アボカドは元々こってりと濃厚な味わいを持つ食材ですが、じっくりと焼き上げる事で更に濃厚に、クリーミーな味わいに仕上がるんです。グラタンの具材として用いても、その性質は変わりません」
「は、はえー、だから普通のグラタンよりも、ねっとり濃厚な感じだったんだ……」
「なるほどな。いやまあ、俺はアボカドを食ったのも今回が初めてな訳だがよ」
甘露の説明を受けて美味は納得、また食事中の者達は物珍しそうにグラタンを眺め始める。
「しかし、アボカド自体も普通のそれとは違う感じがするな。一般に流通しているものでは、ここまでの味は出ない筈だ。これは一体?」
「ああ、それはですね、このアボカドはかなり珍しい種類のものでして―――」
「―――トライセン産の『無限アボカド』、ですかー? 荒地でも砂漠でも力強く大量に育ち、栄養価に富んだ彼の国の新種の果物。十数年前にトライセンの女王が開発に成功、それ以降は国の名産品として名を連ねています。まあネーミングセンスだけはどうかと思いますけどー、素晴らしい果物ですよねー、それー」
この時、甘露の言葉を遮り、だがその上で完璧に情報の補足を行う者が居た。その者は美味しそうにグラタンを頬張り、実に満足そうな表情を浮かべている。
「……その通りです。お詳しいですね、ヴィヴィアンさん」
「いえ、実は私もトライセンの出身でしてー。故郷の味が出てくれば、感動のあまり声も出しちゃうってもんですよー」




