第190話 地元愛
「生産量と栄養面に優れる一方、無限アボカドの味はそこまで突出したものではありません。トライセンの貧弱な作物群と比較すれば立派なものですが、それでも他国の高級品と比較すれば雲泥の差なのですよー。但し、一万個に一個という超低確率で、なぜか美味なアボカドが実る事があるのです。見た目や香りは一切変わらない為、普通は口に入れるまで当たりかどうかも分からない筈なのですがー…… 恐らく、今回カンロが使用したのは、その当たりのものだったんでしょうねー。いやはやー、そんなものを少量の料理とは言え、この人数分確保してしまうとは、末恐ろしい目利き力ですねー。トライセンのチーズも使っているようでしたし、もしかして食材全てをトライセン産で賄っていたりしますー? だとしたら私、感動で前が見えなくなったりしなかったりー」
その後もヴィヴィアンの解説は続き、甘露の言わんとしていた事を代弁していた。別に頼んだ訳でもないのだが、間違った説明をしている訳でもないので、甘露は静かに彼女の言葉を聞き入れている。
「おいおい、エスタに続いて、てめぇまで解説業を始めるつもりか、ヴィヴィアン? 何なら俺と役割を交換してやっても良いぜ?」
だからこそなのか、トレビアが待ったをかける。
「遠慮しておきますし、別にそういう訳でもないですよー。ただ地元の食材を使ってくれたので、私も少し嬉しくなってしまいましてー。まあ、いつもよりもほんの少しくらいは、饒舌になっているかもー?」
「いや、基本いっつも饒舌だろうが…… つかよ、この料理の味からアボカドの種類を言い当てたって事は、その一万個に一個の当たりを前に食べた事があったのか?」
「ええ、本当に偶然だったのですが、運が良い事にー。ほら、私って運が良いか悪いか、その時によって結構極端でしょ?」
知らんがな。と、トレビアが心の中で愚痴る。
「ちなみにですが、これまでのヴィヴィアンさんの話は全て合っています。無限アボカドの特性もそうですし、食材の種類をトライセン産で統一していると言うのも、正にその通りです。何かと相性の良い食材ばかりでしたので、対決の要として使用させて頂きました」
「マ、マジかよ……?」
「ほーら、言った通りでしょー? ヴィヴィアンさんの地元愛を舐めないでほしいですねー。あー、でも分からない点もあったんですよー。グラタンから漂う海鮮ものの風味、アレはどうやって出したんですか? 自慢じゃありませんけど、トライセンに面する海はどこもかしこも荒れていて、漁に向いていないんですよねー。国防には向いているけどー、水産物の自給自足は笑えるほど駄目駄目なんですよー、わらわら」
こいつ、本当に地元愛があるのか? と、トレビアが怪しむ。
「海は無理でも砂漠にあるじゃないですか、シーフード」
「へ?」
「トライセンには広大な砂漠がありますよね? 本来それは農作を阻害する要素ですが、見方を変えれば独自の生態系を持っているとも言えます。例えば、そう、『ヘカトンスコルピウス』が生息していたり」
「……え、もしかしてさっき食べたエビっぽいの、あの無駄に大きなサソリだったんです?」
ヴィヴィアンの脳裏に浮かぶは、トライセンの砂漠に棲まう暴れん坊の巨大サソリ。ごく稀にしか出現しないが、その討伐等級はA級に設定されている、凶悪なモンスターだ。だからこそ、過去にはヴィヴィアンにその討伐依頼のお鉢が回ってきた事もあった。対峙し、倒した経験もある。だが、アレを食そうという発想には至れなかった。
「砂漠気候の土地であれば、ヘカトンスコルピウスは世界各地に生息している事が確認されています。私もかつてラマカン砂漠にて、このモンスターを討伐した事がありました。そして、食べた事も。調理法はその時に確立しました」
「え、ええー……」
「ああ、アヒージョにした時のヘカトンスコルピウスの事ですわね! 言われてみれば、先ほどのグラタンからそんな懐かしさを感じましたわ!」
「あのヘカトンスコルピウスはなかなかに美味だったな。具だけでなく、あの出汁がホワイトソースの隠し味にもなっていたんだな、なるほど!」
「うんうん! ぷりっぷりのヘカトンスコルピウスでしたよね~! 殻も美味しかった!」
若干引き気味のヴィヴィアンとは相反して、実際その場に居合わしていた美味達のテンションは爆上がりであった。ヘカトンスコルピウスは最早、完全に砂漠のエビ扱いである。
「……カンロさん、トライセンを訪れた事があるのですかー? かなり博識のようですがー?」
「いえ、残念な事にまだ。ただ、食材の知識は絶えず頭に入れるようにしているんです。ありがたい事に、グラノラ王国はそういった書物が豊富なものでして」
「つ、つまるところ、独学ですかー? うわー、やべー……」
そもそもあのサソリ、食材として記載されてはいなかったろうにと、その飽くなき探求心に驚愕するヴィヴィアン。ただ、その心意気には感心もしたようだった。
「フ、フフッ…… 良いですねー、実に面白いですー。無限アボカドを使ってくれたのもそうですが、私も知らないような食材の組み合わせを披露してくれるなんて、夢にも思っていませんでしたー。あ、私もうカンロさんに投票しても良いですか? 先んじて」
「いやいや、待つで候! まだエフィル殿の料理が残っているでござるよ!」
「いやいやいや、だってこんなに美味しい料理、トライセンでも食べた事がないんですよ、私? なら、もう良いじゃないですかー、どけー」
「いやいやいやいや、良くないでおじゃるよ!」
その後、甘露の事を気に入られてしまったヴィヴィアンは、まだ全体の審査が終わっていないと言うのに、一足早い投票をしようとしていた。当然、これはグラハムにストップされてしまった訳だが。
「………(モグモグ)」
「カンロの奴、また面倒なのに気に入らたもんだぜ。ドロシーの件然り、敵対するのも厄介だが、好かれるのもアウトなんだよな、ヴィヴィアンとは」
「………(モグモグ)」
「……なあ、親父。黙っとけとは言ったが、審査の感想を言うくらいは別に良いんだぜ?」
「え、良いの!?」
それまでヴァンと同様、審査が始まっても一言も発さなかったケルヴィンであったが、それはどうやら愛娘のトレビアが原因であったらしい。嫌われぬよう、健気に沈黙を保っていたようだ。
「いやー、さっきのカプレーゼ? アレも美味かったけどさ、このグラタンも美味くて美味くて、言葉を発さないようにするのが大変だったんだよ。トレビアがそう言ってくれて、本当に助かった!」
「ハァ、そうかよ。で、本当のところ、親父はどう思っているんだ?」
「本当のところ? おいおい、パパは嘘を言ったつもりはないぞ? ブルジョンの料理は旅先やバトルの前に食べておきたい一品だったし、あの甘露って子の料理も素晴らしかった。キャンプ飯って言うのかな? 雰囲気を出す為に容器にまで気を遣っていて、このグラタンが野宿の時に出てきたら、大盛り上がりするのは間違いない」
スプーンを動かしつつ、淡々と感想を語っていくケルヴィン。
「それに、あの子って容姿通りの年齢なんだろ? いやはや、末恐ろしいってレベルじゃないね。このままいけば、未来の世界三大料理人に数えられるのも夢じゃないと思うな」
「……未来の、か」
今までケルヴィンが静かだったのは、黙っておくようにとトレビアが言ったのが原因だ。しかし、それだけの話で、ブルジョンと甘露が死力を尽くして調理した料理を、静かに食せるものだろうか。平然と、当然のように食べられるものなのだろうか。
(親父はほぼほぼ毎日、エフィルのお袋の料理を食して過ごしている。となれば、その理由の答えは自ずと―――)
「―――お待たせ致しました。審査をお願いします」
丁度その時、最後の参加者であるエフィルの手が挙がった。




