第188話 ポイズントマトのカプレーゼ
調理者の誰かが料理を完成させた際、審査は直ぐ様に行われる。但し、調理者であり対戦相手、それと同時に審査役も担っている他二人に関しては、未だ調理の途中である為、そこでの審査は最後に纏めて行うものとする――― と、グラハムが説明。まあつまるところ、甘露とエフィルは審査中も調理を続けて良いのである。
「できたてを維持する為、カンロ殿とエフィル殿が食す分の料理は、そちらの箱に入れておくで候」
「了解よぉん」
二人への料理をギルド側が用意した箱(『保管』機能付き)の中にしまい、続けて審査役の皆々に配膳を始めるブルジョン。彼、或いは彼女が作った料理は、実にカラフルな色合いのものだった。
「私が作ったのはポイズントマトのカプレーゼぇ、切れ目を入れたポイズントマトにぃ、モチモチとしたモッチーズ、そしてちぎったバジルカブトの葉を挟み、特製ソースを振り掛けたお手軽料理よぉん」
「へえ、トマトの赤にチーズの白、バジルの緑、ソースの紫で色合いが良いじゃねぇか――― って、ちょっと待て馬鹿。今のお手軽な説明の中に、少なくとも猛毒が二つ入っていたような気がするんだが?」
「気がする、じゃなくってぇ、入っているわよぉん(はぁと)」
ブルジョン、トレビアの指摘をまさかの真っ向からの肯定。これには他のS級冒険者達も絶句してしまう。ポイズントマトにバジルカブト、その両者は意見普通のトマトとバジルの見た目をしたものなのだが、その実、とんでもない猛毒を有している。一口でも食べてしまえば一瞬で毒が体を巡り、運が悪ければ数十秒ほどで死に至ってしまう危険物なのだ。ちなみに、これら劇物を解毒して食す! という内容の記述は、これまでの歴史上どの書物にも記録されていない。記録されていないし、聞いた事もない。
「あのー? 常人と比べて頑丈な私達もー、流石に猛毒と断言されたものを口にしたくはないんですけどー?」
「うふん、食べれば分かるわん」
「い、いやさ、ブルジョンの毒料理が美味いってのは、噂に聞いているぜ? けどよ、それは解毒が前提の話であって、痛い思いをしながら味わってのは、どうもな……」
「うふふん、食べれば分かるわん」
S級冒険者の中でも狂人寄りのヴィヴィアン、S級冒険者の中でも常識人寄りのパウルも、こればかりは意見を揃えていた。しかし、当のブルジョンは「うふふふん」と不敵に笑うのみで、何一つ弁明しようとしない。
「おい、ミミ達も何か言ってやれよ。流石のお前らもこれは食えないってよ」
「「「ハグモグッ!」」」
「そう、何が悪いってハグモグなんだよってお前らぁぁぁ!?」
トレビアの叫びが轟くも、時すでに遅し。美味、イータ、デリシャの三人は一切迷う様子もなく、ブルジョンの料理を食べてしまっていた。それも勢いが凄まじく、もう完食してしまうところであった。
「馬鹿、マジの馬鹿! 何の警戒心もなく食ってんじゃねぇよ!? 吐け、今なら間に合う!」
「「「ングング……!」」」
「何で抵抗すんだこの馬鹿共ぉ!?」
トレビアがいくら吐き出させようとしても、三人は口の中のものを出そうとしない。これは私のものだ! と言わんばかりの抵抗である。
「あらやだ、失礼しちゃうわん。そんなに焦らなくても大丈夫よぉ。この私が有害な料理を食べさせると、本当に思ってるのん?」
「思う思わない以前に心配はするだろ!?」
正論であった。
「もん、疑い深いわんねん。で・も~…… ほらん、ミミちゃん達の反応をもっとよく見なさいなぁ」
「あ゛あ゛ッ!? んな悠長に構えていられるかって―――」
「「「―――うみゃい! おかわりッ!」」」
「美味い上におかわりかよ!?」
何と言う事だろうか、美味達は至福の表情を浮かべていた。そして、トレビアは今日一日だけでツッコミのスキルが大分向上したようだ。
「トマトの酸味、チーズの温和な風味、バジルのほのかな苦みが舌の上で見事に調和しています! その上、ソースがピリリと美味しい!」
「猛毒なんて不穏な単語が聞こえたような気もしやがりましたが、この料理を口にして尚、毒に苦しむような気配は欠片もねぇですわ! むしろ、体中がポッカポカに温まって、気持ちが良いくれぇです!」
「私が最初に感じたのは、大自然の恵みを一身に受けた優しい味――― しかし、その裏ではヒリヒリと口内を微かに焦がす刺激があり、単調な味わいに終わっていない。クッ、なかなか言語化が難しいな……! 兎も角、皆も騙されたと思って、まずは一口食べてみるべきだ!」
美味達が口を開いた瞬間、料理の感想が次々に語られ始めた。しかもレビュー熱が凄まじい。
「で、おかわりまだです!?」
「で、おかわりはまだですの!?」
「で、おかわりはまだなのか!?」
更にはおかわりを所望する始末で、今においても毒が体に回っている様子は見受けられない。それどころか、むしろ肌艶が良くなっている感じさえする。
「ねっ、言ったでしょん? 私が得意とする毒料理は、ただ食材のそれを解毒するだけのものじゃないのん。毒を以て毒を制す。その言葉の通り、毒の効力をプラスに裏返しちゃうのよん。ほら、私ってば手刀で食材をスライスしていたでしょん? その時に適合する毒を選んで、それぞれの食材に味付けしていたのよぉ。あの手刀は毒手でありぃ、ソース作りの一環でもあったりもしたのよねん(はぁと)」
「「「「「………」」」」」
そんなのアリかよ。つうか、この紫のソースっぽいの毒かよ。と、声を失うS級冒険者一同。未だ信じられない気持ちも強いが、食した美味達が無事であるのもまた現実。一人、また一人と、審査役の者達がブルジョンの料理に手を伸ばし始める。
「こ、こいつは、確かに――― 美味い! チーズ料理ってのは総じて重いもんだが、これならいくらでも食えそうだ! 絶妙な辛味があるのも、実に俺好みだ!」
「……!」
どうやら、それまで場を支配していた不安は一掃されたようだ。恐る恐る口にしていたパウルは、その美味さを確認して以降、賛辞の言葉を連呼。無言を貫くヴァンは無言のまま、ブルジョンの料理を平らげてしまっていた。
「驚いたねぇ、毒性をそのままに効果を裏返すとは…… 一度化学的に解析したいものだよ」
「……これ、凄いのは味だけじゃありませんね。口にした瞬間、強力な毒の耐性が付与されています」
「何と、そんな効力まであるでおじゃるか?」
「あー、高位の『調理』スキルで作った料理は、口にすると何かしらの効果が付与されるとか何とか、どこかで耳にしたような――― って、ドロシーちゃんが喋っていらっしゃる!? クッ、録音チャンスを逃した……!」
「ヴィヴィアン、大人しく死んでくれませんか?」
毒舌はともあれ、ドロシーの指摘は的を射ていた。現にブルジョンも大きく頷き、肯定している。
「うふん。ドロシーちゃんの言う通り、このカプレーゼぇには耐毒の力が備わっているわん。体質にも寄るけれどぉ~、大よそ数日の間は大抵の毒に対して無敵になれちゃうのぉ」
「無敵ってお前、何だよその無茶苦茶な効果は…… いや、それって考えようによっては、ブルジョンの力も無力化されてないか?」
「大抵の毒ってだけでぇ、普通に効いちゃう例外的な毒もあるわよん? まあ、あくまで保険だから油断大敵って事ねぇ。にしても、懐かしいわ~ん。現役冒険者時代、危険な場所を訪れる時はぁ、パーティの皆に必ずこれを振る舞ったものよん。今回の屋外っていうテーマぁ、私は冒険先での思い出という形で、ここに再現させてもらったのぉ。う~ん、ノスタルジー……」
体をくねらせながら、ノスタルジックに浸るブルジョン。その仕草を擁護する事はできないが、料理の効果は確かに本物、いや、それ以上に実戦的だ。
「ブルジョンはお手軽料理なんて言っているが、これはそんな範疇に居る料理じゃないねぇ。パウルの奴も言っていたが、酸味に辛味に塩味を調和させ、味が濃い目になりがちなチーズ料理としては珍しく、すっきりとした味わいに纏めてある。前菜としては、正にピッタリなものと言えるだろう。カンロやエフィルよりも早くに仕上げてきたのには、その辺の配慮もあるのか? ……フッ、味以上に奥深い一品を作ってくれたものだよ、アンタは」
そう言って何度も頷くエスタは、解説だけでなく審査役も立派にこなすのであった。




