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28 カント・プアンヌの癒し手

 アーガルム暦1000年、ソルミナ神殿にて執り行われた聖女召喚の儀。

 アドルフ師匠が発動した巨大魔法陣によって聖女はセラヴィスに顕現した。


「ヤバいヤバいヤバい! 妹ちゃん超綺麗なんだけど! 敗北敗北敗北敗北敗北!」


 『アンジェ百式』ちゃんがアイさんの姿を見て絶望に顔を歪めながら自分の頭を机にガンガンと打ちつけた。


「月に引かれし命の満ち欠け 水面に揺れるは……」


 『委員長キャラ』ちゃんなんかは無意識にシャングリラの詠唱を始めている。


 召喚されたレン様の妹さん、アイさんはレン様にとてもよく似ていて美しくて、勝手に女として白旗を上げる『アンジェ百式』ちゃんをはじめ、心を傷つけられたと思い込み特級治癒魔術を行使する『委員長キャラ』ちゃんなど、議会は混乱をきわめた。


「レン様にそっくり! でも、何だろう? 色気が足りなくない?」

「そうね、レン様の方がお綺麗よ」


 パニックになる若い議員達を尻目に、『耳年増』さんや『夢見る6月の花嫁(ジェーンブライド)』さんといった大人議員達は腕を組み首を傾げる。

 確かにアイさんは美しい。でも、レン様の様に完成された美とは言い難いのだ。垢抜けていないと言うか、レン様に感じる魔性が、妖艶さがアイさんからは感じられない。それは私がレン様に惚れているからだろうか。


「良く言えば純真無垢。悪く言えばお子ちゃまって事じゃないの?」


 『毒舌な妹』が辛辣な言葉を吐いた。彼女は私が口に出すのも憚られる様な事をずけずけと言ってくれるありがたい存在。私の妹コレットに似ているけど偶然だ。あくまで私の心の偶像であり実際の人物とは関係ありません。


「その発言は不敬よ。相手はセラヴィスを救った聖女様なのだから」


 耳年増さんが嗜めるが、『悪役令嬢』様が毒舌な妹を庇った。


「ふん、何が不敬よ。あなた達ちょっとビビり過ぎじゃないかしら。いいこと? アンジェはレン様の婚約者なのよ?」


 金色縦ロールのド派手な巻き髪を掻き上げて悪役令嬢様は鼻を鳴らした。

 悪役令嬢様は基本的に私を貶めてくるけど、結果的には私に正しい道を示してくれる事が多い。なおオルガ様とは一切関係がない。あくまでも私が産み出した偶像なのだ。

 レン様の世界では薬指の指環は婚約の証だという。それを私に説明した上で薬指に嵌めてくださったのだから、婚約者だと思っても差し支えないだろう。

 だとすると、この美しい聖女様は私の義理の妹という事になる。あまりペコペコしているのもおかしいんじゃないか。


「義理の姉として泰然な態度を取るべき。オルガ様はそうおっしゃっているのかしら?」


 『夢見る6月の花嫁』さんはオルガ様にそう尋ねた。あ、私もオルガ様って言っちゃったわ。


「だって事実でしょう? 聖女? 救世主? 関係ないわ。アイさんはアンジェの妹。セラヴィスで一人ぐらい、そんな風に接する人間がいてもいいんじゃないかしら」


 クローム様が言っていた。初代聖女様の旅は辛く険しいものだったと。ご一緒に召喚された男性がどういう関係かわからないが、手を繋いでいらっしゃる事から恋人なのかもしれない。一人ぼっちよりはかなりマシだが、それでも心細いに違いない。セラヴィスの人間からは聖女と持ち上げられ、戦いを強いられるのだ。出来れば私もその心の負担を軽くしたいと思う。

 

「そうですね、その様に致しましょう。アンジェはアイ様の頼れるお姉さん。いいですね?」


 議長である『ソルミナの母』の鶴の一声。こうしてオルガ様の案が議決され議会は閉会した。



 ◇◆◇◆◇



「はじめましてアイさん。私はアンジリェリーク、聖女の使いです。そしてフジサワレンの恋人です」


 葛藤がないと言えば嘘になる。なにせ相手はセラヴィスを救った伝説の聖女様だ。アーガルム国民ならば最大級の敬意を払わなくてはならないお方。でも私はレン様の恋人。精一杯ドヤ顔を作って、わざとらしく左手で髪を掻き上げ薬指の指環をアピールする。


「恋? 恋と言ったのか?」

「お兄ちゃんがいるの?」


 レン様のお名前を口にすると二人は過剰なまでに反応した。どうやらこの男性もレン様の事を知っているようだ。

 伝承通りならアイさんは今17歳。レン様がセラヴィスに召喚されてから3年が経っており、その間はアイさんのお側にはレン様がいなかったという事。二人の狼狽ぶりからどんな3年間を過ごしてきたかよくわかる。 


「レン様はここにはおられません。ですが、お二人を会わせたい、ある人にそう頼まれて私は500年後のソルミナから参りました」


 出来る限り説明をしたいけど、ゆっくり話す時間もない。直に魔族の襲撃があるはず。アイさんには17歳のレン様が五百年後のソルミナにいる事。今の段階では五百年ごとに発現する交神の円環を利用するしか術がなく、この時代にその手掛かりを探しに来た事を手短かに話した。


「つまり、恋は500年後のこの世界に召喚されたって事か。川に流されたあの日に」


「嘘、お兄ちゃんが生きてる……?」


「川に? レン様は突然消えた訳では?」


「恋は3年前に子供を助けようとして代わりに激流の川に流されて行方不明だ。だけど、生きてる?」


 なるほど。最初にアイさんが召喚された時にはレン様は亡くなっていたのかもしれない。それをクローム様が召喚魔術で川から引っ張り揚げたのだ。全てはアイさんの望みを叶える為に。


「私がお会いしているレン様は17歳と仰っていました。多分、流されていた所を召喚されたのでしょう。話したい事は山ほどあるのですが、とりあえず場所を移しましょう」


 ジークムンド王子に視線を送る。一瞬頷きかけるが、直ぐに首を横に振った。


「悠長な事は言ってられない様だ。アドルフ! ベネディクト! 敵襲だ! 氷結魔術のデカいのが来る! 聖女様をお守りしろ! 兵士達は僕の周りに集まれ!」


「はっ!」


 魔力がピンと張り詰めるのを私も感じた。

 ベネディクトさんがアイさんの前に出て剣を抜き盾を構え、アドルフ師匠が魔術でドーム型の結界を張った。強度はエデン並かそれ以上と思われる。

 私はと言うと、何もしない。アイさん達から少し距離を置いて、ドーム内の端に杖を構えてじっと立つ。


 何故なら、アイさんに覚醒して貰わなければならないからだ。

 アムル神殿を覆う伝説の結界。それが無ければ困る。500年後までこの魔法陣が残っていたのは聖女様が展開したと言われる結界魔術のおかげだ。アドルフ師匠の張った結界もかなりの強度を持っていると思うが、虹色ではないし500年も形を保てるとは到底思えない。


 きっと、アイさんが魔力に目覚める何か、極限な状態に陥ったのだと思う。


 私が動くのはそれから。


 ただアドルフ師匠が即死しては助けられない。いつでもカバー出来るように準備しておく。


「きゅきゅ?」


「てとらちゃん、まだ出ちゃダメよ」


 てとらちゃんが心配そうに指輪から顔を出すが、私の声にすぐに引っ込める。黒龍さえ簡単に追い払ったてとらちゃんならどんなに魔族が強大であろうとも引けは取らないはず。本当に危険な時には力を借りる事になるだろう。


「来るぞ!」


 ピキピキと音がした後、視界の全てが凍りついていた。しかしドーム内の私達はもとより、兵士達も無傷。王子がレジストしたのだろう。


「ふーん。アーガルムのジークムンド王子が魔術の天才ってのは本当だったみたいね」


 声の方に目を向けると、褐色の肌を黒い布を重ね合わせた様な衣服に包んだ、銀髪の女性の姿。その右目はクローム様と同じ様に真っ赤だった。


 魔族。この時代では緋色の瞳(スカーレット)と呼ばれる、人類の敵。


緋色の瞳(スカーレット)にも僕の名前が知れ渡っているとは、天才というものはそれだけで罪だな。だけど油断はしない。皆は下がっていろ。こいつの相手は僕がする」


 王子が指をならすと銀髪の魔族の周囲に無数の火の玉が浮かび上がった。中心へと襲い掛かり、魔族はあり得ない程の跳躍力でそれをかわしていく。


「化け物かよ、あの王子も、あの女も」


 一緒に召喚された男性が呟くが、レン様の世界には魔術は無いと聞いた。驚くのも無理はないのかもしれない。


「シルバーとやら、狙いは聖女様か?」


「勝手に変な名前をつけるんじゃないよ! ルジャン様だよ、覚えときな!」


「記憶しておこうシルバー」


「く……いけ好かない王子だね。切り札の聖女様がどんなもんかと様子を見に来たんだけど、ヤバそうだから始末しておくよ!」


 会話からは二人とも余裕に感じられるが、段々と王子の操る火の玉がルジャンを追い込んでいく。


「そうか。なら逃がす訳にはいかん。チェックメイトだ」


 再度王子が指を鳴らす。火の玉は数を増やし、数百を超えた。逃げ場なくルジャンを取り囲み、誰もが王子の勝利を確信した。


 私以外、油断をした。


「今だよノワル!」


 結界のドームに雷が落ちた。バリバリという雷鳴が轟き、ピシッと結界の割れる音がした。


「聖女様!」


 次の瞬間、アドルフ師匠がアイさんを突き飛ばし、突然現れた黒髪の大男の鋭い爪が師匠の体を貫いた。

 始めから魔族は二人いたのだ。息を潜め、私達が油断する時を待っていたのだろう。


「聖女様から離れろ緋色の瞳(スカーレット)ォォオ!」


 ベネディクトさんの横凪ぎに払った剣が大男の体を吹っ飛ばした。そのまま聖女様の前に立ち塞がり、庇うように盾を構えた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 アイさんが師匠の横に肘をつき手を握るが、腹部からの出血が酷く一目で危険な状態だと窺える。


「せ、聖女様……私には3つになる娘がおります。ど、どうかセラヴィスをお救いください」


 声と同時に、師匠の口からは血が溢れた。


「いいから喋らないで!」

「アドルフ殿……むっ!」


 ベネディクトさんが師匠の方に目を向けた隙に、立ち上がった大男が地面を蹴って勢いよく距離を詰めてくる。


「てとらちゃん!」


「きゅきゅ!」


 私の声に指輪から飛び出したてとらちゃんが大男の前に竜巻を発生させてその足を止める。


「幻獣だって? なんて魔力量だい、まともに見れやしない!」


 クローム様の魔眼と同じ様に魔力を視認出来るのか、ルジャンと大男は自身の緋い目を抑えた。


「助かったよアンジェリーク嬢。ベネディクト! 絶対に聖女様を守れ!」

 

「はっ! 命に代えても!」


「代えなくていい! 命になんて代えなくていい!」


 アイさんの体から魔力が溢れ出す。虹色に輝いて、私はそこにレン様を重ねる。

 兄妹揃って人が傷付くのを見てられないんだ。耐えられないんだ。見た目だけじゃなく、中身もそっくりなのだろう。


「せ、聖女様。そのまま、私の手を握ったまま強く願うのです。私が魔術の切っ掛けを作ります。大丈夫、聖女様ならきっと」


 師匠は握った手にギュッと力を込めて、未来を託す。


「うああああーーー!!!」


 アイさんの叫びと共に神殿を虹色の結界が覆った。それを見て私は直ぐに師匠の元へと駆け寄り、シャングリラを発動させる。


 だが効かない。師匠のお腹の傷は変わらずに血を流し続ける。


「幻獣よ、風を操れるのだろう? 力を貸してくれ」


「きゅきゅ!」


 王子の声にてとらちゃんが応え、彼の肩に飛び乗る。


「覚えておけ緋色の瞳(スカーレット)よ。いずれお前らの本拠地に乗り込んで決着をつけてやる」


「きゅ!」


「ちっ、ずらかるよノワル!」


 パチンと指を鳴らし、結界の外が炎で埋め尽くされる。まるで炎の嵐だ。

 その間に師匠の上着からルーペ型の魔道具を取り出し覗き込む。


「魔力菅が切れてる……!」


 ごく稀に治癒魔術の効かない人間がいるという。オルガ様がそうだと言うが、魔力を循環させている器官が欠損しているらしい。でも、ここには聖女様がいる。


「アイさん! この杖を時計回りに回転させた後シャングリラと唱えてください! 貴女にしか治せない!」


 聖女の反則的な魔力は切れた魔力菅を乗り越えて循環させてしまうと言う。魔力に目覚めたアイさんなら可能なはずだ。


「シャン、グリラ?」


「時計回りに一回転、そしてシャングリラです! 早く!」


 杖を押し付け、再度繰り返す。意を決した表情で杖を受け取ると、クルンと杖を回転させる。


「シャングリラ!」


 師匠の体をを虹色の光が包み込み、カッと光った後には傷は完全に治っていた。

 アイさんは安堵の表情を見せるが、まだ油断は出来ない。師匠の胸に耳を当て、その心音を確認する。


「心臓が動いてない……」


 私が呟くと王子は悔しそうに地面を蹴り、ベネディクトさんが両手で顔を覆った。


「アドルフ……間に合わなかったか……」

「そんな! アドルフ様!」


 まだだ。諦めるラインはここじゃない。


「心肺蘇生法を開始します!」


 師匠の上着を脱がせて頭の下に敷き、舌を飲み込まない様に顔を横に向ける。そして両手を合わせて胸の真ん中に体重を乗せて胸骨を押していく。リズム良く、強く、丁寧に。レン様に教わった通りに。


「アンジェリーク嬢? 何を? 心臓が止まったという事は死んだという事だ、何をやっても無駄だ!」


「いえ、まだ死んでない! レン様は諦めなかった! 絶対に助かる、レン様ならそうおっしゃるはずです!」


 何より治癒魔術が効いている。細胞が死んでしまえば魔力菅も魔力を運ばなくなる。だからまだ死んでないんだ。


「いち、にぃ、さん、し、いち、にぃ、さん、し……」


 懸命に胸骨圧迫を続ける。

 これは大仕事だ。体力の無い私には辛い。けど、私が諦めたその時にアドルフ師匠は死んでしまう。


「代わるよ。俺も人命救助の講習は毎年受けてる。恋と一緒に人形相手に練習したんだ。『いち』で交代しよう」


 一緒に召喚された男性が私の横で膝をついた。レン様のご友人なんだろうか。


「お願いします。えっと……」


「宗一郎だ。よし、代わるぞ、いち、にぃ、さん、し、いち!」


 宗一郎さんと交代し、アイさんに30秒毎にシャングリラをかけるように指示を出す。そして宗一郎さんの息が上がってきた所で交代を申し出た、その時だった。


「ゴホッ! ゴホ!」


「アドルフ!」


 アドルフ師匠の呼吸が戻った。アイさんはうっすらと涙を浮かべ、宗一郎さんは尻餅をついてホッと安堵の息を漏らした。私も額の汗を拭う。


「レン様……私ちゃんと出来ましたよ」


 空を仰いで、ポツリと溢した。







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