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20 対黒龍

 迫り来る黒龍のブレスを止めたのは、パーティーの中でも高い火力を誇る後衛組の二人だった。


 「静止する世界 ニヴルヘイム!」

 「最大出力っ!」


 アポストロフィーの特級氷結魔術が炎のブレスを、マテューの弓から放たれる極太の光の矢が闇のブレスを、それぞれレジストする。


 「押し負けんじゃないよアンタ達!」


 二人の頬を汗が滴り落ちる。その表情に余裕などはない。

 二人の魔力が尽きたら、ブレスはたちまち俺達を包み込んで灰にしてしまうだろう。

 ピエールは俺の前に立ち盾を構えている。

 アンジェを守ろうと腕を掴み引き寄せようとするが、彼女は軽く微笑んで、俺の手を払いのけて拒んだ。


 「大丈夫です、セイ様。少しなら時間を稼げます。ピエール様、早くセイ様を連れてお逃げください」


 「アンジェ?」


 「セイ様早く! 逃げますよ!」


 ピエールが俺の手を引く。

 そうだ、俺は死ぬわけにはいかない。

 セラヴィスを救わなければならないのだ。

 逃げなければ助からない。

 冒険者達を盾にして?

 アンジェを犠牲にして?

 誰かが死んで、俺が生き残る?


 「す、ま……ん。もう限界だ」

 「く……。ごめ……んなさい」


 魔力切れだ、アポストロフィーとマテューは気を失いドサリと倒れた。空っぽになるまで放出したのだろう。

 抵抗を取り除き、勢いを取り戻した黒龍のブレスが俺達に迫る。


 「エデン!」


 アンジェが杖を振り、特級結界魔術エデンの名を叫んだ。

 彼女を中心に光のドームが展開され、ブレスを受け止めて左右に受け流した。


 「セイ様……。私が食い止めている間に……。早く!」


 「セイ様! 逃げますよ! 貴方は絶対に死んではならない方なんです!」


 ピエールが叫ぶが、俺は動けない。


 「騎士さん! 無理矢理でもいい! セイ様を連れていけ!」


 俺は動けない。

 逃げる訳にはいかない。

 死ぬのは怖い。

 けれど、それよりも俺の為に人が死ぬのが怖い。

 何より、アンジェを失うのが怖い。

 初めて俺に好意を抱いてくれた女性を失うのが怖い。

 初めて好きになった女性を失うのが怖い。

 俺はアンジェを失いたくない。


 「離してくださいピエールさん」


 「逃げるんですよセイ様!」


 ピエールの手を振り払い、決意を込めた強い口調で言う。


 「離しなさいピエール! 誰一人死なせません、私を信じなさい!」  

 

 「はっ! し、失礼しました!」


 聖女モードの俺に、ピエールは反射的に頭を下げる。

 自由になった俺はアンジェのそばに寄り、その背中を抱くように後ろから手を回した。そして歯を食いしばって杖を握りしめるアンジェの手にそっと、自分の手を重ねる。


 「セ、セイ様?」


 「アンジェ、死ぬ時は俺と一緒に死んでください」


 キザさマックスだ。最大限カッコつけて俺は囁いた。


 「セイ様! 諦めてはいけ……」


 「でも今じゃない。誓ったでしょう、アンジェは俺が守ると」


 誰も死なせない。

 聖女の前で、誰かが死ぬなんて許さない。

 

 アンジェの両手に魔力を注いでいく。

 強く、ひたすらに強く。

 結界が淡い虹色に色づいていく。

 結界の強化を終え手を離すと、アンジェをかばう様にその前へ歩み出た。


 「アルカンシェル……。また奇跡が……?」


 「おいぼっちゃん! このまま閉じ籠っててもジリ貧だよ。火力頼みの後衛はいない。どうすんだい!」


 攻撃手段はある。

 一か八かだがある。

 アポストロフィーの特級魔術を超える火力。それにあてがある。

 俺は唯一知っている攻撃魔術の詠唱(・・)を始める。


 「赤き双頭の蛇」


 空が暗くなる。黒龍のせいではない。黒龍の鱗よりも黒い雲が集まり始めた。


 「双頭の蛇はとぐろを巻いて

 高く高く舞い上がる」


 黒い雲は大きくなり、風が吹きはじめて段々と強さを増していく。


 「全てのものを舞い上げて

 深く深く切り刻む」


 魔力をぐんぐんと吸い上げられる。

 どれだけ込めりゃいいんだ? 折角だ、全部持ってけ!

 吸われるがまま、魔力を際限なく注いでいく。


 「肉裂き骨割り血を散らし

 赤き血潮の渦とならんや」


 黒龍のブレスが止んだ。危険だと判断したのか、翼を動かして飛び立とうとする。だがもう遅い。


 「その名は」


 超級魔術はすでに出来ている。


 「テュポーン!!」


 竜巻が四つ。

 直径三十メートルほどの巨大な竜巻が四つ。

 地面から空の上まで伸びたドス黒い竜巻が四つ。

 轟音をあげながら黒龍を取り囲む様に出現した。


 黒龍が小さく見えるほどバカでかい竜巻が交差し、中心の黒龍へと襲い掛かった。

 黒龍は慌てて飛び立つが、その左翼と尻尾を切り飛ばし、渦の中へと巻き上げる。尻尾と左翼は竜巻にズタズタに切り刻まれその形を無くしていく。


 グオオォォォォン!!


 間一髪、直撃を逃れた黒龍は痛いのだろう、大きく空に吼えた。

 翼一枚でかろうじて高度を保っているがフラフラと安定しない。

 怒っているのか、こちらを睨み付ける黒龍。

 手負いの獣の恐ろしさはわかっているつもりだ、まだやるってんなら俺も容赦しない。四柱の竜巻を再度黒龍へとけしかける。


 グアァァァァッ!


 竜巻は更に右翼までもをひき剥がした。飛ぶ術を失った黒龍は地面に落下し、地面を大きく揺らした。

 苦し紛れにブレスを吐かれても厄介だ。止めをさそうと腕を振り上げた、その時である。


 「ぼっちゃん! 後ろ!」


 「エデン!」


 背後から放たれる黒龍のブレス。

 つがいの黒龍が異常を察知し戻ってきたようだ。

 後方からのブレスをアンジェの維持する虹色の結界が防いだ。

 すぐにブレスは止んだ。俺達の相手よりつがいの救助を優先するらしい。翼を失くした黒龍の真上へと移動し、その後ろ足で巨体を掴むと、飛び上がって山の向こうへと飛び去っていった。

 何とか黒龍を撃退出来たようだ。

 パーティーメンバーは事態に頭がついてこないのか、ヤンとエマだけでなく、いつも無表情なヴィーヴォも口をあんぐりと開けている。


 「な、何が起こったってんだい?」


 「訳がわかんねえ……。黒龍が現れて、竜巻が追い払って……。え? 今の竜巻は魔術か?」

 

 「超級風魔術、テュポーンですよ」


 狐に包まれたような表情の面々。

 あの孤児院で読んだ絵本。

 絵本にしては難解な言い回しが気になっていた。伝承、というよりは詠唱そのままなのかもしれないと考えたのだが、ドンピシャだったようだ。


 「超級とは言えませんね」


 「クローム殿! 良かった、ご無事でしたか!」


 飛翔魔術で飛んできたクロームは俺達の前にスタッと着地する。怪我などはしてないようだ、あの黒龍を一人で相手にして無傷とは、やはり緋眼のクロームは規格外のようである。


 「テュポーンは竜巻が二つだったはずです。メガサイズの竜巻が四つなんて、超級をはるかに越えています。言うならば超弩級といったところでしょうか。(全く聖女というのは相変わらずとんでもない)」


 後半の言葉は小さくて聞きとれなかった。なんだか嬉しそうだ。


 どうやら俺が超級以上に魔力を込めてしまい、超級の威力を遥かに越えてしまったらしい。


 「しっかし、どうすんだこの竜巻?」


 ヤンの疑問ももっともだ。未だに渦を巻き続ける竜巻。消えろと念じているのだが消えないのだ。

 竜巻が残っている内は黒龍も警戒して襲ってこないだろう。しかし、連れていく訳にもいかない。巻き込まれたら確実に死んでしまう。仕方ない、置いていこう。

 

 「放っておきましょうか。消す事ができませんし、黒龍への脅しにもなるでしょう」


 俺の言葉に、竜巻が少し寂しそうに揺れた、ように見えた。

 ……。

 勝手についてきたりしないよな?

 そして俺も情が湧いてしまい、フー子と名前をつけてかわいがるのだ。

 餌はクロームの魔術で空気を暖めてもらえばいいだろうか。

 一緒に寝ていたらフー子が風で布団を吹っ飛ばしてしまい、もうしょうがない子だなぁなんて笑うのだ。

 宮殿でじゃれあっていたら、フー子は竜巻だから色んなものを壊してしまって、ジークにそんなの捨てて来なさい! と怒られるんだけど、勉強も頑張るからぁ! と泣きついて飼うのを許して貰うのだ。

 すくすくと育つが、そこへ黒龍襲来の一報。俺を守るために宮殿を飛び出したフー子は黒龍と相討ちになる。その身を犠牲にして主人である俺を守ったのだ。

 ああ、フー子。俺の為にそんな、どうして……。


 「フー子ぉぉぉぉぉぉ!」 

 

 悲しみのあまり大絶叫。

 当然訳がわからないメンバー達はおいてけぼりである。

 魔力の使いすぎで気でも触れたのか、そんな風に思われたのか結界魔術を解いたアンジェが俺の顔を覗き込んだ。


 「セイ様! 大丈夫ですか? 私がわかりますか?」


 魔力はいくら使っても大丈夫だが、気が触れている事は否定出来ない。


 「しず……じゃない、アンジェ。失礼、取り乱してしまいました。先を急ぎましょう」


 そうだ、ここは22世紀ではなかった。剣と魔法のファンタジー異世界である。猫型ロボットもシークレットアイテムも存在しない。

 正気に戻り出発を促すが、クロームがそれを引き留める。


 「あー、待ってください。消えませんよそれ」


 「消えない? 」


 「最初の授業で言ったでしょう? 超級は幻獣の仕業だと。標的を失ったら変化が始まるはずですよ、ほら」


 変化?

 おや、たつまきのようすが……?

 四つの竜巻が勝手に動き出し、重なって一つになった。そして段々と小さくなっていく。色も黒へと変わっていった。

 やがて渦が消え、その中から出てきたのは柴犬ほどの大きさの黒い龍だった。


 「きゅ? きゅきゅ?」


 可愛らしい鳴き声をあげる。

 丸っこい体につぶらな赤い瞳。先程の黒龍とは似ても似つかない、ぬいぐるみのような姿だった。

 やばい、超かわいい。

 超級魔術は幻獣の仕業、というより……。


 「このなまものが幻獣、という事ですか先生?」


 「そうですね。超級は実体化する魔術と言われています。テュポーンは双頭の蛇のような幻獣だったはずですが、黒龍の一部を取り込んだからかな? それともセイ様の魔力が強すぎたから? もしくはセイ様のイメージが黒龍の……」


 「クローム殿、つまり幻獣とは人が魔術によって作り出したものだと言うのですか?」


 「古い文献にはそう書いてありました。私も超級の詠唱をチャレンジした事がありますが、魔力量が足りなかったのか適性がなかったのか、発動出来なかったので真偽はわかりませんでした。そのミニ龍、とんでもない魔力量ですよ。眼が痛くて直視出来ない程です」


 考えなしに思いっきり魔力を込めたからな。特級魔術何千回分の魔力か、自分でもわからない。


 「きゅ!」


 ミニ龍は周囲を見回し、やがて俺を見つけると小さい翼をバタバタさせて胸に飛び込んできた。

 バフッ、と両腕で抱き止める。

 鱗がゴツゴツしているのかと思いきや、感触もぬいぐるみのように柔らかい。

 喉を撫でてやると気持ちと良さそうに目を細める。

 喋らない分、ルミエールよりもかわいい。こいつは危険だ。


 「ちゃんと勉強も頑張るからぁ! だから飼ってもいいでしょう?」


 こんなかわいすぎて危険ななまものは俺の手元に置いておくべきだ。お手伝いもやるからぁ。世界も救うからぁ。


 「ていうかそんな物騒なもん、セイ様が責任もって面倒見てもらわなきゃ困りますぜ。あの竜巻が魔力量をそのままに小さくなったようなもんでしょ?」


 ヤンやヴィーヴォは恐ろしいのか、ミニ龍を抱いた俺から距離を取る。一方、女性陣の反応は対照的だ。


 「セイ様! 私にも抱かせてください!」


 「ぼっちゃん、その次はアタシに抱かせておくれよ!」


 ミニ龍は嫌がることもなく、女性陣の手の伸ばすまま抱かれていく。

 ミニ龍の柔らかさに感動してキャーキャーと黄色い声をあげる女性陣。

 あちこちを撫でられているが、ミニ龍は鳴くこともなくされるがままである。

 ふむ、これだけ大人しければ連れて歩いても問題ないんじゃないか?

 護衛にもなるだろうし、何よりカワイイは正義だ。ルミエールもかわいいが、あいつはジークにべったりだし。


 「セイ様、名前をつけてあげませんと」


 そうだな、名前をつけよう。うんとかわいいのを。


 「さっき叫んでた奴は? フー子だったっけ?」


 「絶対に駄目です」


 エマが恐ろしい事を言うが即却下する。ダメ、絶対。

 黒いからノワールとか……。うーん、ペットっぽくないなぁ。よし、四柱の竜巻だったからそこから名前を取るとしよう。


 「てとら、というのはどうでしょう?」



「てとらちゃん! いいですね! てとらちゃんもいいかな?」


 「きゅ!きゅきゅきゅ!」


 てとらも異存はないようだ。円を描くようにくるくると、俺達の頭上を嬉しそうに飛んでいた。


 てとらを一行に加え、今度こそフォンドルレアの群生地を目指して出発する。

 気絶した二人はヴィーヴォとヤンに担いでもらい、黒龍のちぎれた翼を荷車に載せる事にした。黒龍の翼は大きく運ぶのも一苦労だが、なんせ黒龍の翼である。その価値は計り知れない。持っていかない選択肢はない。

 ここにいる人間で山分けするつもりだと伝えると、ヴィーヴォは目を見開き、ヤンは頭を抱え、店の若い衆は腰を抜かし、エマは価値がよくわかってないのか「高い酒が飲めるって事だね!」と手放しで喜んでいた。後衛組の二人も目を覚ましたら驚く事だろう。

 ソルミナに入る時は大きい布か何かで隠した方がいいだろうな、こんなの人目についたら大騒ぎだ。王都の手前でクロームにひとっ飛びしてもらって布を調達してきてもらうとしようか。


 ―***―


 群生地に辿り着いた。

 およそ五十メートル四方に草むらが広がる。膝ほどの丈の草は細く、秋桜によく似ており雑草といった感じだ。やはり花を咲かせてはいない。

 俺は草を掻き分け、中心へと移動し治癒魔術を構築する。さすがに一本ずつかけていく訳にはいかない。広範囲にかかるようにイメージする。

 

 「祝福の光」


 初代聖女様の代名詞である魔術を唱えた。

 柔らかな光が絶え間無く降り注ぎ、一斉にピンクの可愛らしい花を咲かせていく。 

 

 「綺麗……」


 そうアンジェがこぼしたのは、幻想的な光のシャワーに対してか、フォンドルレアの桃色の花弁に対してか、あるいはその両方にかもしれない。

 さて、花が開いたらもう一仕事だ。花を摘まなければならない。

 麻袋は山ほど用意してある。荷車に載るだけを、何度でも咲かせるつもりだ。

 祝福の光が効いたのか、目を覚ました後衛組も加えて花摘みにかかる。だが、てとらが一鳴きした後、俺達の間を一陣の風が駆け抜けた。


 「きゅーん!」


 花の上スレスレをてとらが飛んでいく。

 すると風の刃が花を切り落とし、花弁が渦を巻いて空に舞い上がった。花弁の渦は若い衆の持つ麻袋に次々と吸い込まれていく。


 「すごい! 偉いわ、てとらちゃん!」


 「きゅきゅ!」


 大仕事になると思った花摘みだが、てとらのおかげで一瞬で終わる。負けじと俺も花弁を量産していく。

 十回ほど繰り返すと、持ってきた麻袋が全てパンパンになった。若い衆が黒龍の翼の上に積み上げていく。


 「てとらちゃんはお利口さんね」


 「きゅきゅん!」


 アンジェの腕の中に収まり、満足そうに鳴くてとら。鼻の穴をちょこっと膨らませて、恐らくドヤ顔をしているのだと思う。


 「もう訳わかんねえ。ソルミナに戻ったらしばらく休むぜ俺は」


 てとらを囲んできゃぴきゃぴとかしましい女性陣を横目に、男性陣は疲れきっていた。気絶していた間の事を説明したらアポストロフィーなんかは「クロームの弟子はやはりクロームの弟子か……」と呆れていた。


 そんなこんなで道中色々あったが、目標の花弁採集を終えて下山する。

 幻獣に黒龍の翼、予想外のお土産を持って俺達はソルミナへと戻ったのだった。


 

 てとらの名前候補


 ①ゲレゲレ

 ②四つ首の暴風龍テンペストリンドブルム

 ③二日目のカレー

 ④かたっぽくつした

 ⑤黒龍半端ないってもう あいつ半端ないって 背後からブレスめっちゃ吐いてくるもん 吐けるんやったら言っといてや そんなんできひんやん普通 小説や小説 全部書かれたし 一面や またまたまたまた超級や 

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