19 初めての実戦
ソルミナを出発した俺達は順調にデュラージュの山道を登っていた。
何度か魔物の襲撃を受けたが、Sランク冒険者は伊達ではない。魔物なんてまるで相手にならなかった。
最初の魔物の襲撃は群れからはぐれた一匹の蒼狼だった。
岩陰から姿を現すと、低い唸り声を鳴らしながら、よほど飢えているのか、よだれを垂らしながら眼を血走らせていた。
俺とアンジェは咄嗟に身構えたが、他の冒険者達や護衛の二人も気にする様子もなくそのまま通り過ぎようとした。
当然、飢えた蒼狼は見逃してくれるはずもなく、露出の多いビキニアーマーのエマに向かって飛びかかる。
これをエマは羽虫でも振り払うかの如く、左手に装着した盾を裏拳の要領で振り回し、蒼狼の横っ面をぶん殴った。
カウンターをまともに喰らった蒼狼は十メートルほど派手に吹っ飛び動かなくなったが、エマも誰も蒼狼に一瞥もくれずに歩き去った。
蒼狼はBランクの魔物だ。ギルドの決めた基準によるとBランクのパーティーでの対処が推奨されている。それをワンパン、しかも事も無げにだ。
次に襲ってきたのは鋭い爪を持つ蒼熊三匹と、漁夫の利を狙っているのか上空で旋回するグリフォン二匹だった。
蒼熊に対峙するのはエマと髭面の戦士ヴィーヴォの前衛二人。
二メートルを超える巨体の蒼熊が立ち上がるとかなりの迫力がある。しかし、この三匹の猛攻をエマが一人で捌いていた。
正面の蒼熊の振り下ろされた爪を剣で弾くとそのまま右の蒼熊の鼻先を切りつけ、左からの突進を盾で受け流す。
受付嬢の二つ名を持つエマの役割はタンクだ。いわゆる壁役である。
ビキニアーマーの姿でいるのも、敵からの注目を一身に受けるためである。肌を晒して無防備を装っているのだ。鎧など必要ないと言わんばかりに、盾と剣で巧みに攻撃を全て防いでいる。
エマが引き付けている蒼熊に、ヴィーヴォが両手それぞれに握った鉄の棒を叩きつける。
何の特徴もないただの鉄の棒であっても、蒼熊よりも更に大きい巨体のヴィーヴォが振り回すとえげつない兵器になる。
風船でも割るかのように容易く頭蓋骨を粉砕していく。あっという間に三匹の蒼熊は死体と化した。
一方、後衛の二人は上空のグリフォンに狙いを定めていた。
「旦那、俺は右の奴やるんで左の奴頼みますね」
マテューが軽い感じでアポストロフィーに声をかける。
「何が旦那だ。貴様の方がずっと年上だろう」
アポストロフィーは初老一歩手前といった感じのナイスミドル。かたやマテューはチャラい若者にしか見えない。
「じゃあアポストロフィーの坊や、ちゃんと仕事するんだぞ」
マテューにはエルフの血が混じっているらしく、見た目と実年齢とは大きな開きがあるようだ。
「ほざけ、言われるまでもないわ」
左に位置するグリフォンをその目に捉えると、アポストロフィーは魔術を行使した。
「氷の呪縛を アイシクルプリズン」
短い詠唱だった。
文章を短縮する時に用いられる記号、アポストロフィー。その名の通り、彼は詠唱短縮の達人である。
魔術を受け一瞬で凍りついたグリフォンは、地面に落下し粉々に砕けた。
一方のマテュー。死体射ちと呼ばれる二つ名は彼の装備に由来する。
光の弓。弦も矢も必要とせず、魔力を光の矢に変えて放つ伝説級の武器だ。
弦のない弓を構えると何も持っていない手をつがえ、ひきしぼる。
その手を放すか放さないかという内にグリフォンの頭部に光の矢が刺さり絶命した。
光の速度と等しいその矢は放ったと同時に着弾する。まるで死体に矢を射ったように見える事から、彼は死体射ちと呼ばれるようになった。
あっけなく戦闘は終了。蒼熊とグリフォンのランクはA。一体につきAランクのパーティーで対処するべきを彼らは四人で危なげなく処理した。Sランク冒険者というのは桁違いの存在であるようだ。
ヤンはというと、フォンドルレアの花弁の運搬の為に用意した荷車の上で横になって寝ていた。
彼は斥候役でもある、ゲームでいうとシーフのポジションだ。
俺達が休憩を取る間、一人先行し偵察に向かうので、代わりに今休憩しているのだ。
荷車をひくのは彼の店の二人の若い衆、いずれも元Aランク冒険者との事で、足手まといにはならないだろう。
二時間ほど登ったところで、やがて緑がなくなりごつごつとした岩場然とした風景に変わった。この先が翼竜の棲みかになっており、フォンドルレアの群生地は更にその先にある。
「じゃあここで一回休憩にするよ。装備の点検を怠るんじゃないよ!」
装備を外して点検をする。俺は戦ってないし、黒龍とアダマンタイトの装備が壊れるハズもないが、皆やってるし念のためだ。
装備の点検が終わると、荷車から水と食料を降ろし休憩をとる。
ヤンはしばらくピエールと相談していたが、地図で現在地を確認した後偵察に出ていった。
二時間ほどぶっ通しで歩いてきた。俺や冒険者は大丈夫だがアンジェが心配になる。
アンジェの隣に腰を下ろして白玉だんごを差し出した。
「大丈夫ですかアンジェ?」
「ありがとうございますセイ様。この杖のおかげで全く疲れないので大丈夫です」
杖には自動回復機能がついているらしい。杖に施された魔法陣を経由し魔力を循環させる事でほぼ消費無しで持続的に中級並の効果が得られるという。
アンジェは言葉通りに涼しい顔で白玉きな粉だんごを口に運んだ。
「ひょっとしてとんでも無いものを作ったんじゃないですか?」
「はい、お師匠様とクローム様の知識の結晶ですから。他にも驚く機能がいっぱいなんですよ」
師匠、とはシモンの事である。アンジェはこう言っているが、この杖はほとんどアンジェが一人で作ったようなものだとクロームは言っていた。
「お二人さん、その黄色いの私にもくれるかい? いやしいのはわかってるけど、アタシお菓子には目がなくてさ」
エマが恥ずかしそうに頬を掻きながら話に割り込んできた。アンジェが美味しそうに食べる白玉きな粉だんごが気になったようである。
「どうぞ、全部いいですよ」
全部、と言ってもあと四つほどしかないが、袋ごとエマにあげる。
「ほんとかい? じゃ遠慮なく頂くよ」
エマが袋を受け取ろうと近づく。座っていると、ちょうどエマのおへそが目の前になった。
近くで見るとビキニアーマーってほんと目の毒だな。見てるこっちが恥ずかしくなってしまう。エマのナイスバディに思わず釘付けになりそうになるが、アンジェが隣にいる今、我慢である。
「ゴホン、セイ様。見すぎではないでしょうか」
我慢できなかった。釘付けである。
つい、うっかり。
合法的ながっぷり四つに甘んじてロックオンしてしまった。
アンジェのジト目が突き刺さる。
「ミミミミミミミミミ、見てないです。やましい気持ちはありません。ほら、お腹に傷があるから」
セミか俺は。もしくは監獄島の化け物か。
エマの脇腹には長い切り傷があった。浅く血も止まっているが跡が目立ちそうだ。
「ああ、さっきヘマしちゃったみたいだね。これぐらいほっときゃ治るさ」
よく見るとこの傷だけではなかった。古いのから新しそうなものまで小さい傷がいくつもある。そりゃそうか、毎回パーティーの先頭で壁役をやって、しかも素肌を晒して無傷でいられる訳がないのだ。
「放っておいちゃダメですよ、女性なんですから。俺でよければ治しましょう」
「いいって。三十路過ぎた女が傷なんか気にしてたら笑われちゃうよ」
「笑えませんよ、いくつになっても女性は花ですから。治しましょう。失礼、お腹に触れますよ」
三十才を過ぎているというが、冒険者として鍛えられた体は若々しい。その豊満な肉体をビキニアーマーに押し込んでいる。
エマはまだ遠慮していたが、構わずに治癒魔術をかけようとその引き締まった腹部に手を伸ばした。
「ダメです!」
アンジェの声に思わず手を引っ込める。
や、やましい気持ちはないのよ。ホントよ。治したいだけなの。
「ダメ?」
「セ、セイ様はこの後に大切なお役目がありますから、魔力は温存するべきです。私がかけます」
俺の魔力なら例え東京ドーム百個分のフォンドルレアの花を咲かせたって余裕だと思うが、アンジェにはセイ様の魔力量については詳しく話してないからな。
「プッ、アハハハハ! お嬢ちゃんは他の女に触って欲しくないんだってさ。じゃあお嬢ちゃんにお願いしようかね」
え? そうなの? ヤキモチって事?
アンジェを見ると、ぷくーっと頬を膨らませて可愛らしい焼き餅を妬いていた。その目は何かを訴えている。あ、俺がエマにキザな台詞を言ったからか。
「キ、キザなセイ様は私専用なんですから……っと、エマさんすぐ終わりますからじっとしててください」
ゴニョゴニョと呟いた後、長杖をクルンとバトンの様に時計回りに一回転させると上級治癒魔術を使った。
「エリクシール」
詠唱はない。先端の聖女像が輝き、エマの腹部を照らすと傷は全て消えていた。
「ありがとうお嬢ちゃん! 若いのに無詠唱かい、やるじゃないか。さすがカント・プアンヌの癒し手だね」
「あ、いえ。そうでもないです」
実際は杖に仕込んだ魔法陣が詠唱を肩代わりしているから無詠唱ではない。しかし、魔法陣の事をおおっぴらに言う訳にいかないからアンジェは謙遜した。
「ふん、無詠唱ではないぞ。大方魔法陣が杖に刻んであるのだろう。そうだろうクローム?」
「お見通しでしたか、さすがですねアポストロフィーさん。よかったら一本作りましょうか? 安くしますよ」
「で、その金がギャンブルに消えるんですよね。わかります」
「おや、マテューさんの未来視の魔眼は健在でしたか。アハハ」
「未来じゃなくて過去の経験則ですよ」
クロームとアポストロフィー、それにマテューは旧知の仲のようだ。楽しげに談笑している。
ヴィーヴォはもともと無口な人間なのだろう、一人目を瞑って休んでいた。
そんな風に和やかに、穏やかに、休憩の時間は過ぎていった。
―***―
30分ほどでヤンが戻ってきた。
「騎士様に教えて貰ったのと大分巣の位置が違ったな。何かあるかも知れねえ」
ピエールから翼竜の分布を書き込んだ地図を貰っていたらしいが、全体的に手前の方に下がっていると言う。毎年訓練で登っているピエールの話では何年も巣の位置は変わってなかったという。何か異常が起きているかもしれない。
「慎重にいきましょう。遠回りしてでも翼竜の少ない所を通りましょうか」
フォンドルレアの群生地へはどうしても翼竜の棲みかを突っ切らなければならない。出来るだけリスクの少ないルートを選択する。
フォーメーションの確認もしておく。
前衛にエマ、ヴィーヴォ、ヤンの三人。両翼にマテューとアポストロフィーの二人。中央に俺とアンジェ、そして荷車と若い衆を置いて後方はクロームとピエールが守る。
翼竜はその名の通り空を飛ぶ。頭上からの攻撃も注意しなければならない。アンジェに常に結界魔術を展開してもらい、怪我人が出れば中央へと下がり俺が治癒魔術をかける算段である。
ピエールとは冒険者に何かあっても手を出さないと約束したが、ヤンは金で俺に手を貸してくれている訳ではない。恩もあるだろうが、俺の事を気に入ってくれて助けてくれているのだ。好意には俺だって誠意を持って応えたい、ピエールと相談して決して前に出ないという条件で了承してもらった。
「こっからは俺達でも気を抜くと危ねえ。引き締めて行くぞ」
しばらく進むと、大きい鳥のようなシルエットが空を飛んでいるのが遠くに見えた。翼竜である。
前足が翼になっており、首は長い。蛇と蜥蜴が混ざって翼を生やしたような外見だ。
「お嬢ちゃん、結界を頼むよ」
「はい、イージス!」
エマの指示に、アンジェは反時計回りに杖を一回転させて結界魔術を使用。
上級結界魔術イージス。
六片の光の盾が頭上に出現した。
ちなみに、結界魔術の詠唱は「気高き光の精霊よ」から始まるのだが、面白い事に「気高き」を「偉そうな」にしても発動出来るらしい。詠唱を魔法陣に作り替える工程でアンジェが発見したらしいが、詠唱を作った人間のジョークだろう。ルミエールの事を良く知っている人物だったのだろうと推測される。
前方に二十匹ほどの翼竜の群れ。
こちらに気付くと一斉に襲いかかってきた。
竜、と名前がついているが竜や龍とは別の生き物である翼竜は、ブレスなどはしてこない。牙や爪での物理的な攻撃だけだ。かといって、空中から重力を加えた攻撃は厄介である。
しかし、上からの攻撃は全てアンジェの操る光の盾が防いでいる。焦ることなくクロームを加えた後衛組が一匹ずつ仕留めていく。
「っ! アンジェリークさん! 仕留め損ないました!」
ほとんど一撃で致命傷を与えていた後衛組だったが、マテューの放った光の矢は狙いを外れ、翼を撃ち抜くに留まり、落下した。
アンジェのすぐ側に落ちた翼竜は彼女に噛みつこうと飛び掛かる。
「アンジェ!」
咄嗟だった。勝手に体が動いていた。
地面を蹴り、体を縦回転させて翼竜の頭部に踵を叩き込む。胴回し回転蹴りだ。
振り下ろされたアダマンタイトのブーツは翼竜の頭蓋を粉々に粉砕する。
「大丈夫ですかアンジェッ!」
「は、はい! 大丈夫ですっ!」
「一気に片付けますよ!」
俺に危険が及んだからか、クロームが特急並の爆発魔術を使う。頭上で弾け、熱風と轟音を浴びる。
殆どがこの爆風に巻き込まれ、残った翼竜も地面に落ちた所を前衛組が止めをさしていく。
やがて翼竜の群れは、一匹残らず死体と化した。
「最初からぶっぱなしておけばよかったですね。失礼しました」
頬を掻きながらクロームが謝る。それをアポストロフィーが鼻で嗤った。
「ふん、白々しい。その二人に戦闘経験を積ませているのだろう?」
「あ、バレてました? ナイスアシストでしたマテューさん。お陰でいい経験になったでしょう」
「僕のミスは狙った訳じゃないですよ……でも見事な蹴りでしたね! 飛んだと思ったら一撃でしたから」
「ああ、すげえ蹴りだった。冒険者ならAランクスタートの大型新人じゃねえか?」
セラヴィスでは素手の格闘技は珍しいのか、口々に俺を誉める。
俺はチビだからな、飛ばないと相手の頭に届かないから胴回し回転蹴りは結構使ってたんだよ。
「ありがとうございましたセイ様。その、素敵な技でした」
「いえ、アンジェは俺が守りますから」
適当にキザな台詞をぶっこみつつ、フォンドルレアの群生地を目指し歩を進める。
翼竜の棲みかさえ抜けてしまえば、あとは山道を登っていくだけだとピエールも言っていた。一行の緊張も少し弛んでいる。
しかし、その考えは甘かったようだ。
突然、咆哮と共に大気が震えた。
恐竜映画で聞いたような、大型生物の叫び。
心の底に恐怖を植え付けるような咆哮は俺達を地面に縫い付け動けなくする。
脂汗がダラダラと出てくる。
真っ先に復活したのはヤンだった。
「おい逃げるぞ! とんでもないもんが来る! 荷車は放っときゃいい!」
「光の弓が共振しています! 闇属性の大きな……あ……」
空が暗くなった。
太陽を隠すその巨体は、広げた翼を入れると三十メートルを超えるだろうか。
バサリ、バサリとゆっくり翼をはためかせ、ゆっくりと俺達の前に着地する。
二本の足で立つその姿はまるでマンションだ。
漆黒の鱗、真っ赤な瞳、人間一人より大きい鋭い牙。
「黒龍……黒龍っ?」
エマが叫ぶ。
前衛組が咄嗟に武器を構えた。黒龍の圧倒的な巨体を前にして、それでも戦うつもりなのはさすがSランクオーバーの冒険者だといえる。
アンジェやAランクの若い衆は腰が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまっている。俺も立っているのがやっとだ。
「うおぉぉぉぉっ!」
クロームが自らを奮い立たせるように吼えた。
飛翔魔術で黒龍の眼前に飛び込み、至近距離で爆発魔術を放つ。牙の一本を根本から爆散させた。
「ピエール殿っ! 私が引き受けました! セイ様をお願いしますっ!」
飛翔魔術で飛び去っていくクローム。牙を折られた黒龍は恨めしそうに唸り声をあげると、翼を羽ばたかせてクロームを追って飛び立った。
「黒龍と渡り合うだって……? 緋眼ってのは化物かい!」
「急ぎましょう。彼が引き受けると言ったからには大丈夫です。行きますよ!」
「待った!……おいおい……」
頭上。
再び空が暗くなり、さっきの個体より一回り大きな黒い龍が旋回している。
黒龍はもう一体いたのだ。
「つ、つがいだっていうのかよ……」
「伝説でしか聞いた事ない黒龍が二体? 冗談だろ?」
「セイ様! 私の後ろに!」
逃げるのは無理だろう。
黒龍の赤い瞳は俺達を捉えている。
先程の個体と同じように、ゆっくりと俺達の前に着地し、赤い瞳が妖しく光った。
「ブレスが来るぞ!」
次の瞬間、灼熱の炎と生を奪う闇のブレスが俺達に襲い掛かった。
裏詠唱シリーズ
気高き光の精霊よ→偉そうな光の精霊よ
知恵深き水の精霊よ→屁理屈な水の精霊よ
母なる大地の精霊よ→ぽっちゃりの大地の精霊よ
勇猛なる火の精霊よ→脳筋な火の精霊よ
気まぐれな風の精霊よ→おれは雲、おれはおれの意思でうごくざまあみたか精霊よ




