17 急変
アーガルムでは18歳で成人として扱われると前に述べたが、これには少し誤りがある。正確には18歳になってからの4月を迎えると成人となる。
毎年4月1日になると、一斉に新成人が誕生する訳だ。
これに沿って、学園には16歳から18歳の2年間通うのがほとんどで、3月に卒業し、翌月の4月から社会に出るのが通例である。
アンジェとオルガも例に漏れず、3月まで宮殿で実習をしながら治癒魔術の教室に通う予定であった。しかし、特級治癒魔術に成功した為に授業を受ける必要はないと行動の自由を学園から認められたのだ。
他の魔術教室の講義を受けてもいいし、独自の研究をしてもいい。
アンジェはアムル神殿跡の魔法陣研究に参加するとの事。シモンの話をしたら興味があるようで、今度工房へ行くときに同行してもらう事になった。あのエロジジイに会わせるのは若干不安があるが、魔法陣の知識と経験において彼以上の人物はいない。シモンもさすがに孫の命の恩人にセクハラはしないと思うが…いや、腐ランス紳士をなめてはいけない、ピエールに目を光らせておいてもらおう。
オルガはというと、王妃の治療に専念したいようだ。
俺も特級魔術並みであるから授業にはもう出なくていい。ジークと相談してしばらくはオルガと一緒に王妃の治療にあたらせて貰う事にした。魔法陣にも興味はあるが文字が読めない内は理解できないからな、治すと誓ったし、王妃の状態も一度この目で確認しておきたい。今日はオルガと宮殿へ向かう事にする。
だがその前にやらなければいけない事があった。
ランニングである。
てっきり冗談かと思っていたがどうやら本気だったらしく、オルガが女子用の練兵服を用意してくれた。着替える為に、聖女専用トレーニングルームと化してしまった第2実習場へと移動する。
「聖女様、着替えをご一緒するのは恐れ多いですわ、先に着替えてくださいませ。私たちは外でお待ちしております」
オルガが扉を開け、俺に中に入るよう促す。気を使ってくれたようだ。
男だとバレたのは想定外だったが、案外これで良かったのかもしれない。程よく防波堤になってくれるだろう。
さて、着替え終えて準備体操をする。
俺はいつも準備体操などしないが、二人は運動など全くしてこなかったようなので、いきなり走り出すと怪我をするかもしれない。屈伸やジャンプなどをして軽く体を動かしておく。
準備体操の後、学園の外周を走り出した。一周一キロぐらいだろうか。初日だしな、流す程度がいいだろう。
一周して後ろを振り返ると誰もいなかった。引き返して様子を見に行く。
半分ぐらいのところでひぃひぃ言いながら歩いている二人がいた。
え?運動不足って言ってもまだ17歳だろ?どんだけ体動かしてないんだよ。ここまでとは思わなかった。
「二人とも大丈夫ですか?」
「ふひーだいじょ……」
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
一人出産してんな。
大丈夫ではなさそうだ。しかしこれはトレーニングだからな、治癒魔術をかける訳にもいかない。
歩いたり走ったりを繰り返してなんとか三周してランニングを終える。まあ、毎日続ければ走れるようになるだろう。結局俺のトレーニングには全くならなかった。
―***―
アムル神殿跡へと向かったアンジェと別れて、馬車に乗り宮殿へと帰る。オルガは聖女の馬車に乗るなんてとんでもないと恐縮していたが、友人なんだからと言いくるめて同じ馬車に乗せた。オルガと二人だと俺も女の振りをしなくてすむから気が楽である。
馬車の中で王妃の病状をもう一度確認しておく。
「魔法嫌い?」
「はい。私の場合は必要な時がなかったので治癒魔術を受けた事がありませんでしたが、王妃様は魔法を自ら遠ざけていたそうです」
アンジェとオルガが王妃の治療にあたるようになった時には既に眠り続けていたようで、二人は健康な時の王妃を知らない。しかし、王妃の魔法嫌いは庶民の間でも噂になるほど有名だったようだ。
「ルドラムのご出身ですから。隣国は魔術をあまり推進しておりませんの。代わりに健康食だとか、漢方などの分野が発展しております」
ふむ。東洋医学って感じかな。異世界で魔法を使わない国があるなんて思わなかった。
「お倒れになる前にも、毎日ルドラム王室に伝わる漢方薬を服用してらしたそうです。ひょっとしたらその中に銀が混ざっていたのではと思ったのですが……」
特に持病があった訳ではなく、健康法の一つとして王妃は漢方薬を飲んでいたそうだ。その漢方薬、宮殿治療術士も中身を詳しく知らなかったようで、オルガが調べようとしたが今は現物も残っていないらしい。ルドラムに問い合わせをしたいのだが見習いであるオルガの意見は中々聞いてもらえないようだ。
うーん、俺からジークを通してルドラムに聞いてみようかな。俺の言う事なら通るだろう。
やがて宮殿に到着。早速王妃の居室へ案内してもらう。
居室に入ると、ちょうどメイド達が王妃の上体を起こして水を飲ましていた。ゴム菅のような物を喉深くまで挿し、朝晩に砂糖と塩を混ぜた水を与えているようだ。
部屋のカーテンは全て閉めきられており、燭台の明かりが王妃の真っ青な肌を浮かび上がらせていた。半魚人や宇宙人だと言われたら信じてしまいそうなほど、その肌は青かった。
オルガ達の上司、つまり王妃付きの治癒術士に銀疲症について改めて説明した上で、漢方薬の事を聞いてみる。
「詳しい成分などはわかりません。ただ、お倒れになる以前、メイドの一人にそのお薬を分けたと仰っていた記憶がございます。誰に分けたのかは存じ上げませんが、王妃様付きだったメイド達に聞けば分かるかもしれません」
「王妃様付きの……。2年以上前の事でございますわよね。今も宮殿にいるのかしら」
上司の言葉にオルガは不安を口にするが、既にそのメイドの居場所は分かっている。
「私のメイドが王妃様付きだったはずです。確認してみましょう」
ティファニーの事だ。彼女は倒れる前の王妃のメイクをしていたらしいからな。
オルガと共に聖女エリアの自室へと向かう。
そこで目にしたのはいつもの茶番である。
「やめてください聖女様……」
ジルベルトの細い肩に手を回して背後からギュッと抱き締めるデボラ。いわゆるあすなろ抱きだ。そして耳元で囁いた。
「離さないよフリオニール」
「放してください!」
拒否をしつつも、ジルベルトは顔を赤らめてどこか期待しているように見える。
「だから、もう離さねーって。嫌いじゃないんだろこういうの?」
「ああ、やめてください。聖女様の熱くて固いものが僕の尻……痛ァッ!」
ジルベルトの頭頂部に渾身のチョップをお見舞いしてやる。こいつら俺がいないと思って好き勝手やってやがるな。
「当たり前のように俺を攻めにするな!」
「あれ? レン様? 学園にいるはずでは?最近私の中ではレン様は攻め一辺倒なんです。あー痛い」
頭のてっぺんをさすりながら涙目のジルベルト。なんで俺が攻めなんだよ。いや、受けもゴメンだけどな。
「受け攻めの好みは時に争いを招くから、深くツッコミたくないけど」
「深く突っ込むんですか! やはりレン様は攻めの素質が…痛ッ!」
もう一発チョップだ。四天王といい、陽だまりの家のジジイ共といい、なんで俺の周りには腐った奴等が集まるのか。あ、俺も腐ってるからか。
「あなたたち、騒がしいですよ。レン様がいないからと言って気を弛めては…お帰りなさいませレン様」
ジルベルトが大きい声を出したからだろう、マリーダがやって来て四天王を注意する。そして俺の姿に気付いて恭しく礼をした。
「何かお忘れものでもございまし…オルガお嬢様?オルガお嬢様!どうなされたのですか? しっかりしてください!」
四天王が怪演したレン×フリの薔薇エティーショーがショックだったのだろう。
オルガは立ったまま気絶していた。
―***―
四天王の入れてくれたお茶を飲んで一息つく。オルガはほぅっとため息を一つつくと口を開いた。
「フリオもレン様が男性だと知っているのですね。レン様とフリオがそういう関係なのかと思ってしまいましたわ」
どういう関係だよ。男と女か、それとも男と男か。どっちにしろないわ。
「ごめんよオルガさん。こいつら腐ってるんだ。俺と関係のある男をやたらとカップリングさせるんだよ」
「その気持ちはよくわかりますわ」
「え?」
男と男だった。ないわ。
「何でもございませんわ。お久し振りねマリーダ。変わりないようで嬉しいわ」
「いえ、私も歳を取りましたので。オルガお嬢様はまた一層お美しくなられました。髪をお切りになられたのですね、大変お似合いでございます」
15年もの間、マリーダはオルガの家で働いていた。二人のやり取りにも年月を感じる。
「お世辞はいいわ。レン様と比べたら私の容姿なんて路傍の石ころのようなものだもの。あなたたちもそう思うでしょう?」
「はい。そう思います」
「うちのレン様はセラヴィスで一番です」
「むふー、女など相手になりません」
「攻めのレン様でございます」
いや、そこは否定しろよ。侯爵令嬢よりも聖女の方を立てなければならないとは思うが侯爵令嬢にも気を使え。大体こいつら俺を立てようとか思っての発言じゃないだろ。それに攻めキャラのイメージを植え付けるのをやめろ。
「フフッ、愛されておりますのねレン様。で、レン様、その元王妃様付きのメイドというのは?」
そうだった。コントをやりに来た訳ではないのだ。ティファニーに漢方薬の事を聞いてみる。
「むふー、王妃様には可愛がってもらっていたんです。持ってますよそのお薬」
「マジで?」
「むふ。ルドラム王室代々に伝わるお薬と伺っていたので、何かあったときにお金になるかと、飲まずにとっておいたんです」
渡りに舟とはこの事か。
ティファニーに漢方薬を譲ってもらえないか頼む。王妃の病気を治す為ならと、自室から薬を持ってきてくれた。
「ありがとうティファニー。王妃様は絶対に治すよ」
それは錠剤だった。色は黒く、小さいものが6粒ほど。成分だとかは俺が見てもわかるはずもない。
「レン様、これをどうしますの? 何か心当たりがございますの?」
「ああ、運がいい事に金属の専門家と知り合ってね。もし銀を含んでいるならわかるはずだ。その人に見てもらおう」
―*****―
翌日、シモンの工房へとやって来た。
日本で工房と言えばアトリエの意味合いが強いが、シモンが既に隠居して大工仕事よりも趣味の銅像作りの方が多いせいだろう、仕事場というよりも彫刻家のアトリエといった感じだ。作業机の上には魔法陣を描くための筆や刷毛が置いてあり、床には液体の入ったバケツや銅塊がいくつか転がっている。
メンバーは俺、ジーク、ピエール、クローム、アンジェ、オルガの6人、そして工房の主のシモンだ。
オルガは俺が聖女権限で連れてきたが、アンジェについては俺が口添えする前に同行する事が決まっていた。
午前中にアムル神殿跡での魔法陣研究に参加したアンジェ。クロームにその聡明さを気に入られたのか、なんと研究の責任者代理に抜擢されたのだ。魔法陣研究の代表としてクロームと共にこの工房見学に参加している。
でもクロームの事だからな、面倒な仕事は優秀な副官に丸投げしてしまおうと思って抜擢したに違いない。
「じゃあまず魔法陣から説明しますぜ」
シモンの説明を聞く。が、相変わらず俺にはチンプンカンプンである。
続いて詠唱の作製について。こちらも理解出来ない。アンジェはメモを取りながらしきりに感心していた。
「すごいですシモンさん。詠唱の仕組みが解明されていただなんて大発見です」
「すごいと言われてもなぁ、全部親父に教えて貰った事だから、ワシがすごい訳じゃないんでさあ」
「いえ、先祖代々の技術をきちんと受け継いでいる。素晴らしい事です」
「そう言われると耳が痛いですな。恥ずかしながら、てめえの子供には教えてやれなかったんでね」
シモンは耳の裏を荒っぽく掻きながら苦笑いで答える。確かシモンの息子は兵士になったんだっけか。
「後継者がいらっしゃらないのですか?では私に教えてください。そうだクローム様、シモンさんに魔法陣研究のアドバイザーになってもらうのはどうでしょうか?」
「そうですね、そうして貰いましょうか。私の仕事も減りますしね。構いませんよねジークハルト王子?」
アンジェの提案にクロームも頷いた。おい本音が漏れてんぞ。
「そうだな、その知識を貸して頂ければ研究は一気に加速するだろう。シモン殿、私からもお願いする。もちろん報酬は十分な額をお支払する」
「ワシが?本気で言ってんですかい?」
眉を寄せて嫌そうなシモン。
研究は始まったばかりだ、シモンの知識は大いに役に立つだろう。しかし、隠居後のバイトに国の研究機関の仕事ってのはちょっと息苦しそうだな。
「ダメでしょうかシモンさん」
シモンとしては断りたいところだろうが、アンジェにお願いされては断れまい。
「孫の命の恩人に頼まれたら断れねえよ。わかりました、ワシも協力しましょう」
魔法陣研究の話に一区切りついた所で、話題はミスリル銀に移る。
ミスリルレートという鉱物をフォンドルレアの花弁をすりつぶした溶液に溶かしたもの、それがミスリル銀の原液である。
「ミスリルレートはここの地下室にまだ結構な量があります。西部地方のミヌレ山で取れるらしいですがワシは行った事がなくて」
銅塊の一つをずらすと、地下への梯子が姿を現した。二十畳程の空間の半分程が黒色の岩で埋まっていた。
これだけのミスリル銀があれば一財産だと思われるが、もう一方のフォンドルレアの花が稀少で手に入らないらしい。
「もうここのフォンドルレアの花弁も無くなっちまって、ミスリル銀の原液がバケツ一杯あるだけでさあ。これっぽっちしかないんでちびちびと魔法陣を描くのが精一杯です」
フォンドルレアの花。ソルミナの北にそびえる霊峰デュラージュの中腹に咲く高山植物だそうだ。ピエールは以前そこへ行った事があるようだ。
中腹一帯は翼竜の棲み家になっており、たどり着くのは困難を極めるという。しかし本当に困難なのは翼竜ではない。
「50年に一度しか咲かない幻の花、ですよね? 私が訓練で行った時は咲いておりませんでした」
「騎士さんよく知ってますな。そう、50年周期でしか咲かないんでさあ。ワシも40年以上前に親父に連れられて取りに行きました。Aランクの冒険者パーティーを二つ雇って命からがら取って来たもんです」
前回咲いたのは45年前だそうだ。次に咲くのは5年後になる。
「ソルミナに植えれれば楽なんですがね。デュラージュでしか育たないみたいで、抜いてしばらくすると枯れちまうんです。だから花の状態で取って来なきゃならない。正に幻の花って訳です」
「ほう。では5年後、軍を派遣して花弁を確保するとしよう。ミスリル銀が手に入るなら国家としても尽力しなければならない」
ジークは次に咲く時期をシモンに聞きピエールにメモを取らせた。5年は長いがそれまでに魔法陣の研究を進めればいい。
魔法陣、ミスリル銀と一通り話は終わって、最後にルドラム王室の漢方薬をシモンに見せた。
「シモンさん、この錠剤に銀が入っているかわかりますか?」
「うーん、砕いてみてもいいですかい?」
「どうぞ」
俺から錠剤を受け取ると、木槌でコンコンと叩いて粉々に砕いた。そして魔術の詠唱を始める。
詠唱が終わると、粉の中に銀色のものが混ざっていた。魔法をかけると銀の性質を得る、ミスリル銀の特徴である。
「ミスリルレートの粉末と薬草でしょうな。錠剤、って事はまさか、これを飲んだんですかい?」
「飲むとどうなりますか?」
「魔法を受けると死にますな」
ベェ、っと舌を出しておどけるようにシモンは言った。
「魔法を受けてミスリル銀になっちまうと、内蔵に貯まってやがて機能しなくなるらしいですぜ。ま、そこまでになるにはかなりの量を飲まなければなりませんがね。誤ってミスリルレートを飲んじまったらすぐにフォンドルレアの花を煎じて飲めと親父からも耳にタコが出来るほど言われましたよ」
フォンドルレアを煎じて飲めば体内のミスリルレートを体外に排出してくれるそうだ。排出される前に魔法を受けてしまうとミスリル銀に変わり、内蔵を蝕んでいってやがて死ぬ。
死ぬ。という言葉にオルガは過剰に反応した。
「で、でも王妃様は確かにまだ生きて……!」
「王妃様?王妃様がミスリルレートを飲んだんですか?」
「あ、いえ……」
オルガは慌てて口をつぐんだ。王妃の病状については公表されていない。
「構わんオルガ嬢。シモン殿に説明してやってくれ。助言が欲しい」
「は、はい。かしこまりました」
オルガは王妃の病状について説明をした。
中庭で薔薇を見ていたら不意に倒れた事。肌が段々と青くなった事。毎日錠剤を飲んでいた事を知りシモンに見てもらおうと今日やってきた事。
オルガが話し終えるとクロームが口を開いた。
「つまり睡眠の魔法をかけられた、という事になりますね。薔薇を鑑賞中だったそうですから、恐らく眠り蛙でしょう」
梅雨の時期、薔薇の花には眠り蛙が住み着く事がある。その名の通り、睡眠魔法を使い外的から身を守る魔獣の一種だ。大きさは小指の先ほどしかなく、珍しい種類だという。人間にも睡眠魔法を使う事があるが、強いものではなく普通なら数秒で目覚めるそうだ。
「その時に体内のミスリルレートがミスリル銀へと変質して、睡眠魔法を付与されてしまったんでしょう」
王妃にの体に睡眠魔法が定着してしまったという事だ。
魔法が解除出来れば王妃は目覚めるという事になる。ミスリル銀への魔法付与の解除の仕方をシモンに尋ねてみる。
「解除出来るなんて聞いた事ありませんな。取り敢えずフォンドルレアのお茶を飲ませて体内のミスリル銀を出してからだと思いますぜ。肌が青くなってるって事は日光に当ててるって事でしょ?日光にあてれば肌にミスリル銀が留まるから、青くはなっちまうが内蔵を痛めない。フォンドルレアの花が手に入るまで日光に浴びさせる事ですな。3日ほどで内蔵に定着しちまうみたいだからそうなったらすぐにでもフォンドルレアのお茶を飲ませなきゃいけない」
日光を浴びさせていた事が逆に良かったようだ。とすると、今は…。
「3日……? そ、そんな……」
オルガが絶句する。木曜の午後から日光を遮断しているから今日で4日だ。
「ルミエール!」
間に合うかはわからない。しかし何もしない訳にはいかない。
俺が呼び掛けると閃光を放ち中空にルミエールが姿を現した。
「話は聞いてただろ? すぐに王妃の元へ!」
ルミエールは紫外線を操る事が出来る。ルミエールにしか頼めない。
「了解した。すぐに向かおう。ジークよ、心配するな。ワシが何とかする」
開け放たれた窓からルミエールは宮殿へと飛んでいった。
「今のは光の精霊様? どういう事ですか?」
俺は話した。俺の指示で木曜から日光を遮断していると。一刻も早くフォンドルレアの花弁を手にいれなければならないと。
「でも花が咲くのは5年後ですぜ? すぐになんて無理な話で……」
「無理ではありません。私が参りましょう。私の治癒魔術なら花を咲かせる事が可能ですから。ピエール、準備を急いでください」
そうだ、すぐに出発しよう。山の中腹までどれくらいかかるかわからないがデュラージュはソルミナの目の前にある。何日もかからない筈だ。
「駄目だ。認められん」
宮殿へと戻ろうとした俺をジークが引き留める。
「翼竜の群れがいる場所に聖女様を向かわせる事は出来ません。危険過ぎます。許可出来ません」
「殿下! 何を言っているのですか? 一刻を争うのですよ!」
「王妃の命と聖女様のお命、比べるまでもありません。ご自分の立場をご理解ください」
「理解出来ません! 母親なのですよ? 死んでもいいと言うのですか?」
「いい訳がありません!」
悲痛な叫びだった。ジークはアーガルムの王子なのだ。国王がいない今、全ての責任はジークにかかる。
「それでも! 認める訳にはいきません! そうするしかない私の気持ちもご理解ください!」
結局、ジークが首を縦に振る事は無かった。
宮殿に戻り、俺は自室のベッドで枕を抱えていた。悶々とした気持ちをどうする事も出来ず、たまに枕を殴った。
夜になり、王妃は砂糖水を吐いたらしい。内蔵に影響が出ているのかもしれない。ルミエールも光を当ててくれているし、俺も治癒魔術をかけてみたけどその後も吐いてしまった。
脱け出して、デュラージュに向かえないだろうか。一人で?翼竜の群れの中を?翼竜がどんな魔獣か詳しく知らないが、よく目にするファンタジーの物語で翼竜というと空を飛ぶ魔物だ。治癒魔術しか使えない俺がどうにか出来るとは思えない。
クソッ、俺は王妃を治すと誓ったのに。俺が地球の知識をひけらかして余計な事を言ったせいで……。
コンコン、と、ノックの音がした。その音は小さく弱かった。
「レン、入るぞ」
ジークだった。ノックの音と同じように、その表情は弱々しかった。
「聖女を行かせるわけにはいかない」
「ああ、わかってるよ」
「でも、セイが行くというのなら黙って見送る事が出来る」
「ジーク」
「翼竜は危険な魔獣だ、しかし兵を出す訳にはいかん、王のいない今私の独断で兵を出す訳にはいかんのだ……」
ジークはその場に膝をつき土下座をした。額を床に擦り付けて声を絞り出した。
「それでも、頼む! 母を助けてくれ!」
俺の答えは、当然決まっている。
「任しとけ。友達だからな」




