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【第一話完結】タヌキ様付き女官マリーニ・ミゼラのお世話報告書  作者: 衛星 奏志


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1ー8. タヌキ様吸い

 エリアスさんと並んで、王族の居住区へと入る。

 この区域の一番奥がタヌキ様のお屋敷だ。


 この国で一番安全な場所だった。

 王家のタヌキ様への本気度をひしひしと感じる。


 廊下を歩いていると、奥から圧を感じた。


 こちらに向かってくるのはこの国の王である、国王陛下。


 四人の侍従を従え、前後を護衛に守られた陛下は、物凄い圧が放たれている気がする。


 脇に避け、深く頭を下げた。


 本来、私なんかでは近付くことさえ許されないこの国で最も高貴なお方。


 見ると目が潰れてしまうかもしれない。

 ぎゅっと目を閉じた。


 衣の擦れる音が近づくにつれ、ドッドッと心臓の音も大きくなっていく。


 衣の擦れる音が止まった。

 気のせいでなければ、とても近い位置で止まった気がする。


 そぉっと目を開けると、視界に陛下の衣の裾が見える。


 内心、ヒッと息が止まった。たらりと背中を汗が流れていく。


「面をあげよ」


(どどどどどうしよう?)


 と、チラッとエリアスさんを見ると頷いてくれたので、恐る恐る顔を上げる。


 陛下の視線の先は、私、ではなく私の腕の中にいるタヌキ様。


 陛下の腕が伸びてきて、タヌキ様を抱き上げると、バッとタヌキ様を顔面にくっつけた。

 えっ! と思った時にはスーハースーハーと聞こえてくる。


 陛下、タヌキ様のお腹に顔を埋めて吸っている。


 侍従の方も護衛も、表情が変わらない。

 焦っているのは私だけ。

 私も侍従の方々を見習って、キリッと顔を引き締めた。

 しばらく後、満足したのかタヌキ様が私の腕へと戻ってきた。


 ササッと侍従の方が陛下の金色のお髪を整えた。早業だ。


 陛下の視線は、タヌキ様から私の顔に移り、最後に腕の傷をじっと見つめ、空色の目が少し細められた。

 陛下の手が伸びてきて、そっと頭を撫でてくれた。


 とても大きく、優しい手だった。


 陛下の視線がふっと外れて横を向く。


「良い世話係を得たな、スノーヴォルフ」

「恐縮です」


 いつの間にか宰相閣下がいらっしゃっていた。

 温かい手が離れ、陛下が去っていく。

 それを宰相閣下、エリアスさん、私、そしてタヌキ様で見送った。


「陛下、随分とお疲れでしたね」

「そうだな。年度が変わって仕事が山積みで、タヌキ様を吸いにいく暇も無かったからな」

「ええ、最近お姿をお見かけしませんでしたので、心配はしておりました」

「そうか。偶然とはいえ、少しはお疲れも取れたことだろう」


 エリアスさんと宰相閣下が平然とそう会話している。


 タヌキ様を吸うと疲れが取れる、そんな効果があるのか? 今度こっそり吸ってみようと思う。


「マリーちゃん、陛下に褒められて良かったね」

「え? あ! へへへっ。嬉しいです。これからも頑張ります!」

「でも、無茶はダメだよ」

「はいっ! あれ? 宰相閣下……」


 宰相閣下がいつの間にかいない。神出鬼没。


「よし、帰ろっか」

「はい。今夜のご飯何かなー?」

「今日はだな、ココカ豆のスープとフリフリ鶏のソテーと……」

「筋肉増強メニューですね。もしかしてリクエストしました?」

「バレた?」


 何気ない話をしながら屋敷に戻った。


「あらぁ、怪我しちゃったのぉ? 痛そぉー。はーい、チンプイ。治ったよぉー」


 帰ったらフィーちゃんが魔法で怪我を治してくれた。フィーちゃんは希少な回復魔法を使える凄い人みたいだ。


 そして、ヨランダ様はものすごく褒めてくれた。


「聞きましたよ、タヌキ様を守って怪我をしたそうですね。良くやりました。タヌキ様を守って怪我するなど名誉なこと。ですが、次は怪我をしないようにお守りなさい。タヌキ様のお身体はもちろん傷一つ付けてはなりません。しかし、あなたの身体も大切なものなのですから、無理せず、怪我のない範囲で任務を遂行するよう心がけなさい。今回は本当に素晴らしい働きだったと聞いておりますよ。大変良くできました。良い子」


 これを高速で頭を撫でながら一息で言っていた。


 嬉しい、けど戸惑い半分、でも嬉しい。


 バジルさんは、デザートを一つおまけで付けてくれたし、なんだかとても良い日だった。


 夜、日記をつける。


 その日のタヌキ様日記だ。

 毎朝、宰相閣下に提出する。


──────────────────────────


 ◯月◯日


 本日のタヌキ様

 午前中は、王宮裏の森にてご散策。

 本日もいつものところで大変立派な便をお出しになり、お土産としてどんぐり二個と、ボックイを一つお持ち帰りになり、どんぐりは門を守られている近衛騎士様に、ボックイはヨランダ様にプレゼントされました。皆様大変喜ばれており、ヨランダ様は仰け反るほどのお喜びで、タヌキ様もご満悦なご様子でした。


 午後、タヌキ様は警戒するご様子をお見せになりました。

 女性官吏の持つ箱に向かって華麗に飛んだかと思うと見事な蹴りで危険物を退け、危機を回避。

 俊敏且つ、的確なそのお姿は軍神のようでした。

 タヌキ様にお怪我は見当たりませんでしたが、念のためフィーネさんに回復魔法を掛けていただいております。

 今後もタヌキ様が気兼ねなく動けるよう、精進して参ります。

 便の状態 良好  食欲 良好


 タヌキ様担当女官 マリーニ・ミゼラ


──────────────────────────


 タヌキ様は、今夜の宿を私の部屋に決めたらしい。


 ベッドの枕元にあるクッションには、タヌキ様が眠っている。


 両手両足を広げた仰向けで、片方の足がクッションから飛び出ている。


 枕に頭を沈めると、タヌキ様の寝息が聞こえる。


 今日は怒涛の一日だった。

 おっとりしていると思っていたタヌキ様があんなふうに俊敏に動けるなんて。今後も今日みたいにタヌキ様をお助けすることがあるかもしれない。いつでも動けるように、もっとタヌキ様の意図を早く汲めるように注意深く観察していこう。


 今日のことを思い返したら、魔法契約書は確かに必要だなと思う。


 国王陛下……うん、むしろ魔法契約書があって良かった気すらする。


「タヌキ様、おやすみなさい」


 明かりを消して、タヌキ様にそっと声を掛けた。


 小さな寝息が心地よい。


 ……………………我慢できない。


 もう一度明かりをつける。


 目の前には、体をおっ広げたタヌキ様。

 ぽわんぽわんでたるんたるんなお腹が惜しみなく晒されている。

 失礼して、と声を掛けてお腹に顔を埋めてみる。


 はわわわわ。と、声が出た。

 これはダメ。本当にダメなやつです。

 顔が幸せ。癖になります。抗えません。スーハースーハー吸ってみるとその気持ちよさは言葉では言い表せないほど。


 このまま寝てしまいたい衝動をなんとか押しやり、タヌキ様から顔を引き剥がして荒い息をする。

 発作、分かる。

 疲れ、飛んだ。

 中毒性が、高すぎる。


 明かりを消し、枕に突っ伏して物足りなさを感じながら目を閉じた。


 翌朝、エリアスさんに言ったら──


「あーあ。やっちゃったんだね。マリーちゃんはもうタヌキ様から離れられない体になってしまったんだ。いらっしゃい、こちら側へ」


 と、両腕を広げて歓迎された。

 だがなぜか、一歩後ろに下がってしまった。


「え? なんで下がるの?」

「なんででしょうかぁ?」

「え? ダメ? 俺たちと仲間になるのは嫌?」

「そんな筈はないと……ちょ、近付いて……」


 腕を広げて近付いてくるエリアスさんから逃げる。


 後ろで、フィーちゃんとバジルさんがニコニコ良い笑顔で笑っていた。


 エリアスさんの頭の上には、最初と同じようにタヌキ様の顔が乗っている。


 私たちのやりとりに、タヌキ様がため息を吐いた気がした。


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