1ー5. タヌキ様と愉快な仲間たち
「マリーニ・ミゼラ。こちらへ」
ヨランダ様、タヌキ様を肩に乗せた騎士様、私の順で進んだ。
前を歩く騎士様。
翻るマントにある金糸の刺繍。その上でタヌキ様の尻尾が右に左にゆらゆら揺れている。
気付けばサロンに着いていた。
陽の光がたっぷりと入るサロンにはソファの他に、クッションや、ハンモック、ふわふわの小さなベッドなどがたくさん置かれていた。
どれもタヌキ様用だろう。
ソファを勧められて座ると、先ほど走り去った二人がワゴンを押して戻ってきた。
お茶の準備をしようとしているのを見て、慌てて立ち上がろうとする。
「あっ! 私が──」
「いいの、いいの。座ってて」
だが、一番下っ端の自分が、と思っていると──
「座って。タヌキ様がミゼラさんのところ行くってさ」
騎士様の声に目を向けると、騎士様が持ち上げたタヌキ様をこちらに差し出した。
でろーんと伸びた体は結構大きく見える。
「えっと、どうすれば……」
「座ってくれれば膝に乗せるよ」
「あ、はい」
座ると、そっと膝にタヌキ様が着地する。
ふわふわの体。毛は思ったよりも固かったけれど、毛並みが良いので触り心地が良い。
匂いを嗅ぐ度にひくひく動く鼻が可愛いし、胸に置いた手は小さくて可愛い。
感想が可愛いしか出てこない。
ある程度くんくんし終わると満足したのか、膝の上に仰向けにどっかり座る。
お腹が、たるんたるんなお腹が惜しげもなく晒され、よく分からないがそわそわする。
「マリーちゃん、これタヌキ様のおやつ。一つずつお渡ししてあげてね」
「はい」
小さな皿に載せて渡されたクッキー。
その一つを摘んでタヌキ様にお渡しすると、器用に両手に持ってガジガジと齧り始める。
可愛い。
ふと、顔を上げると、この場にいる全員がニコニコした顔でタヌキ様を見つめている。
きっと私も同じ顔をしていたに違いない。
最初に我に返ったのはヨランダ様だった。
一つ咳払いをした後にキリッとした顔に戻る。
第一印象は厳しそうで、取っ付きにくそうかと思ったけれど、先ほどの顔を見てしまえばそうでもないのかもしれない。
「わたくしは、ヨランダ・カールキン。この屋敷の責任者をしております。わたくし共は皆、宰相閣下の直属の部下となります。そしてタヌキ様を最優先に、ここでの心得を伝えます」
ピシッと背筋が伸びる。
「一つ目」
指を一本立てる。
「タヌキ様はこの国の最重要人物です。ミゼラさんも魔法契約書にサインをしたかと思いますが、あれは決して大袈裟な物ではありません。この仕事を通して見聞きしたことは、絶対に口外してはなりません。家族にも友人にも恋人にもです。絶対です。いいですね?」
「はい」
(お……重い)
そして、ヨランダ様が一歩一歩と近付いて来る。
「二つ目、分からないことは必ず聞くこと。新人が分かったふりをして失態を犯す。これは絶対にしてはなりません。何かあれば全てタヌキ様に返ります。恥をかくのはあなたかもしれませんが、不便を被るのはタヌキ様です。何が重要で最優先にすべきか、考えるまでもありませんね? そして、三つ目」
ヨランダ様が三本立てた指を突きつける。
「体調が悪い日は正直に申告なさい。無理をして倒れられる方がよっぽど手間ですし──」
すとんと、ヨランダ様が目の前に座る。
「タヌキ様に病気をうつすのはもってのほか、大問題です」
(いや、確かに大問題ですけど、人間の病気がタヌキ様にうつるの?)
「困ったことや、悩み事、些細なことでもいいので、気になることがあったらすぐに相談しなさい。分かりましたか?」
「はいっ!」
「よろしい」
ヨランダ様は満足そうに頷くと、突然、タヌキ様のわがままそうなお腹にぼふっと顔を突っ込んだ。
「すぅ〜〜〜〜、はあ〜〜〜、さいっこう! なんですか、このけしからんぽよぽよお腹は。幸福です。ここは天国でしょうか、天国です。至福。至福でございますね」
「あの、ヨランダ様?」
さっきまでの威厳はどこにいったのか、髪の毛にタヌキ様が溢したクッキーの食べカスが落ちようとも、ヨランダ様はタヌキ様のお腹に顔を埋めるのをやめず、スーハー、スーハーしている。
「え? ヨランダ様、え?」
「マリーちゃぁん、気にしないでぇ? ヨランダ様のいつもの発作だからぁ」
(発作……? タヌキ様を吸う発作とは? でも、なんか羨ましい)
「あ、私、タヌキ様のお屋敷専属メイドのフィーネだよぉ。フィーちゃんって呼んでね。私もマリーちゃんって呼ぶから。よろしくぅ〜」
フィーネさんはピンク色の髪を緩くおさげにし、若草色の瞳の可愛らしい女性だ。
「あ、よろしくお願い致します、フィーちゃん……さん?」
「フィーちゃん! 堅苦しくしないでぇ、自然体で、ね?」
パチンッとウインクした時、星が飛んだ気がする。
ヨランダ様はいまだにタヌキ様をハスハスしており、タヌキ様にペシペシ頭を叩かれている。
「俺はバジル。タヌキ様のお屋敷専属のシェフ。これから三食とおやつは俺が作るから嫌いなものとか、食べられないものがあったら遠慮なく言ってくれ。好きなものも。リクエストも受け付けてるよ! っていうか、献立考えるのめんどくさいからリクエストしてくれるとすごく助かる」
ミルクティー色の髪と明るい茶色の瞳、ソバカスがチャームポイントのバジルさんは突き出たお腹を叩き、ポンっといい音を立てる。
「よろしくお願いします。嫌いなものも、食べられないものもありません」
「バジルくんのご飯はすっごく美味しいんだよぉ。このマドレーヌも食べてね。美味しいからぁ」
そう言って動けない私にフィーちゃんがマドレーヌを渡してくれた。
そして、ヨランダ様の後頭部はクッキーカスだらけになっている。
「ヨランダ様、そろそろ正気に戻ってください。タヌキ様が怒り出しそうです」
「はっ! タヌキ様、大変失礼致しました。おかげさまでヨランダ、元気満タンになりました!」
騎士様の声にヨランダ様は顔をあげた。
後頭部はクッキーカスだらけだし、ペシペシ叩かれたことにより髪も乱れている。しかし、顔は大変満足そうで、満面の笑みだった。
先程までの威厳は見る影もないが、絶対ヨランダ様は良い人に違いない。
「マリーちゃん、って俺も呼んで良いかな? 俺はエリアス。タヌキ様専属護衛だ。これから共に行動することが多くなると思う。よろしくな。俺のことは気軽にエリアスって呼んで」
「あっ、こちらこそよろしくお願いします。私のことはなんと呼んでいただいても構いません。邪魔になりません様、精進して参ります」
「固い固い。力抜いてね?」
そう言って笑うエリアスさんは、騎士様然とした姿から、親しみやすいお兄さんに変わった。
目の端に優雅な所作で紅茶を飲む姿が映り、目を向け二度見する。
「え、ええ!?」
ほんの少し目を離しただけなのに、ヨランダ様は食べカスも髪の乱れも一切なく、元のピシッと隙のない威厳ある姿に戻って、お茶を飲んでいた。
あまりにも早い変身は淑女の鑑。
膝の上では乱れたお腹の毛を丁寧に整えているタヌキ様。
個性的過ぎる面々に、付いていけるか分からないが、気合いを入れるべく、毛繕い用のブラシの場所を尋ねたのだった。




