1ー4. 頭上注意
「こっちだ」
柔らかい宰相閣下の顔も一瞬。
そう言い眉間に皺を寄せた宰相閣下はエントランス先の大きな玄関扉から外へ出て行く。
こんなにも豪華で大きなお屋敷があるのになぜ外に? の疑問を問う事すらできず進んでいく。
ふわふわの草を踏んで、進んだ先にあったのは小さな屋敷だった。
先程の屋敷と比べたら小さいのであって、それでも十分な大きさのあるお屋敷だ。
「今日から君はここに住んでもらう。寮の荷物はこちらに移してもらうことになる。いいか?」
「あ、はい」
昨日官吏用の寮に入寮し、荷解きしたばかり。
持ってきた荷物も大してないから、身軽なものではあるのだが。急すぎる。
「これからタヌキ様に会ってもらうが、くれぐれも失礼のないように」
期待なのか緊張なのかは分からないがドキドキと心臓が高鳴る。
宰相閣下が屋敷のドアを開ける。
玄関先には女性が二人と男性が二人立っていた。
揃って出迎えてくれたようだ。
そして、扉の正面に立つ近衛騎士の甲冑を付けた男性の肩に肩車され座るのはタヌキ……いや、タヌキ様。
まるでそこが定位置のような安定感。
男性はというと、磨き上げられた甲冑と青いマント。腰に剣を佩いて、微細な揺らぎもない立ち姿の近衛騎士だ。
しかし、その頭上にはタヌキ様の顔がちょこんと乗っている。
輝くような金髪の上に茶色と黒が混じるタヌキ様。色彩が真逆すぎて、タヌキ様が際立って見え、存在感はタヌキ様の完全勝利だ。
空色の瞳は一分の隙もなく、キリッとこちら見つめている。
(……似合わない。似合わな過ぎる)
騎士様は大層お顔が整っていらっしゃる。
それはもう、街を歩けば若い女性たちが振り返るだろう。
だが、どれほどイケメンであれ、頭上に鎮座するタヌキ様の間抜け……いや、可愛いお顔のギャップのせいで全て台無しである。
吹き出しそうになるのをすんでのところで奥歯を噛んで耐える。
「タヌキ様、マリーニ・ミゼラをお連れしました」
タヌキ様はタシタシとイケメンの頭を叩く。
苦しい。笑いを堪えるのが。
「ミゼラ、自己紹介を」
誤魔化すように一つ咳払いをする。
「本日より、タヌキ様お世話係として配属になりました、マリーニ・ミゼラと申します。慣れないこともあるかと存じますが、ご指導のほどよろしくお願い致します」
背筋を伸ばし、腰を折って礼をする。
「ヨランダ、あとは頼む」
宰相閣下がそう言うと、ここの責任者なのだろう女性のうちの一人──ヨランダ様──が、「承知しました」と頭を下げた。
お手本のようなお辞儀だった。
ヨランダ様は黒髪を頭のてっぺんでギュッとお団子にしている、目尻の上がった女性だ。なんだかとても厳しそうに見える。
「まずは自己紹介をしましょう。わたくしはこ──」
「はいはーい! じゃあ、お茶の準備しますねー」
「じゃあ、ちょうどマドレーヌが焼き上がるから、俺持って行く」
「ちょっと、あなたたち! 待ちなさい!」
怖そうなヨランダ様の言葉を遮って、おさげの女性と少々豊満なお腹の男性が提案する。
ヨランダ様が厳しく嗜めるも、二人の足は早く風のように去っていった。
「ミゼラさん、どうぞこちらに」
イケメン騎士様がタヌキ様を頭に乗せたまま声を掛けてくる。
折角のイケメンなのに、全く顔に目が行かない。
「あ、はい。ありがとうございます」
「あれ? 俺に言ってるはずなのに視線が合わないな」
「あーすみません。ちょっと無理かもです」
「だよね、分かる」
騎士様がうんうんと頷くと、タヌキ様の頭もうんうんと頷く。
(く……可愛すぎる)
「はじめまして、タヌキ様。マリーニ・ミゼラと申します。どうぞよろしくお願い致します」
タヌキ様と目を合わせて挨拶をすると、手を伸ばしてきたので、小さな手をそっと掴んで握手をする。
騎士様が少し屈んでくれた。いい人だ。




