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零れ落ちたのは、汗か泪か

全員がポジション争いをするギラギラ感に包まれた春季キャンプ。

実戦を意識した強度の高いメニューが続く中、大きなトラブルは無い。

前半戦も最終日を残すのみだ。


中井と道枝の現状は――はっきり言って、厳(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)。




「中井!! もっと寄せてくれ!!」


「慎吾さん、スペースできてます!!」


「前に出過ぎです!!」


「慎吾さんそこ行ってほしいっす!!」


「ナカーイ!! プレース!! プレース!!」


次々に飛んでくる声。

一つひとつが正しい。

だが、その全てに応えきれていない自分がいる。


「そんなんじゃトップ下戻れないぞ~」


草彅の一言が、容赦なく突き刺さる。


――そんなの、分かってる。


分かっているのに、身体と判断が噛み合わない。


一方で――


「道枝、もっと絞ってくれ!!」


「早くサポート来いや!!」


「ヘイミチエダ!! ヘイ!!!! ノー……」


「クロスには反応してくれよ…」


「レギュラー奪うにはまだまだ厳しいぞ~」


サイドハーフの道枝は、攻撃陣との連携が欠かせない。

道枝にも、同じように声が浴びせられていた。


「……すみません」


小さく返す声。

キャンプ前に見た輝きは――もうない。


――現実を、叩き込まれている。


---


結局、トップ下に戻ることは無かった。

今も本来のポジションではない場所で求められ続けている。

もっとも――ボ(・)ラ(・)ン(・)チ(・)を(・)理(・)解(・)す(・)れ(・)ば(・)ト(・)ッ(・)プ(・)下(・)に(・)戻(・)れ(・)る(・)と(・)い(・)う(・)仮(・)説(・)が(・)正(・)し(・)け(・)れ(・)ば(・)の(・)話(・)し(・)だ(・)が(・)。


キャンプ前半戦最終日のメニューは、湘南ナミノーレとのトレーニングマッチ。


昨年降格し、現在2部に所属する湘南ナミノーレだが、1部常連のチームで1部経験者も多数おり、昨シーズンは共に下位を争った相手。

決して侮ってはいけない相手だ。


むしろ――今の自分たちの現在地を測るには、ちょうどいい相手だった。


アップを終え、出場メンバーが告げられる。

45分×4本のトレーニングマッチ。

中井と道枝は3本目と4本目、横尾は2本目と3本目に出場予定。

ポジションこそ伝えられなかったが、メンバーを見ればすぐに察することができた。


----------


1本目 0-0

若手主体のゲームは、互いに決め手を欠いた。


2本目 1-0

横尾がトップ下で躍動し、中央をこじ開けた。


――やっぱり、やるな。

――横尾の上手さを認めざるを得ない。


そして迎えた、3本目。


中井はボランチ。

道枝は左サイドハーフ。

横尾はトップ下。


「道枝、もっと早く動けって言ってんだろ!!」


「すみません…!」


横尾のパスがカットされる――カウンター。


「慎吾さん、プレス!!」


前に出るが、間に合わない。

簡単にいなされ、ネットが揺れた。


――失点。


「くそっ、お前らのサポートが遅いんだよ!!」


「切り替え、切り替え!!」


たとえ自分が原因でも、ベテランらしく鼓舞するしなかい。


---


さらに悪い流れは続く。

パスコースが見えない、一瞬の迷い。

そんな中で横尾へ出したボールが奪われる。


――まずい。


全力で戻る、身体を投げ出す。



もう――遅かった。


ホイッスルが鳴り響き、PKを献上。

もちろん、警告が与えられた(イエローカード)。


「……わりぃ」


絞り出すような声しか出ない。


「まぁしょうがないっすよ――も(・)う(・)歳(・)な(・)ん(・)で(・)。リーグではどうせベンチっすよ」


淡々とする横尾。

ピッチの空気が一瞬、凍る。


「おい、そんな言い方ないだろ」


「……いいよ」


だが――止めたのは、自分だった。


「事実だからな」


――口にした瞬間、胸の奥が鈍く痛んだ。


---


流れは完全に悪い。

横尾は前に出る――だが守備には戻らない。


「横尾、戻れ!!」


「守備しろよ!!」


声が飛ぶ。

それでも意味がない。


――カバーするしか……


前に出れば、背後が空く。下がれば、自由を与える。


――どっちも地獄……か。


「くそっ、無理だ……」


ため息が聞こえた3失点目は、崩壊に近かった。

その後も良い時間帯は訪れなかったが、デ・フリースと村上の得点で2-3とし、3本目を終えた。


そして――


「なんだよこれ…全然だめじゃねぇか!!」


苛立ちを隠さない横尾。


「おい道枝!! 何度言えば分かるんだよ!! お前のせいで全体が遅れるんだよ!!」


「……すみません」


「もっと動けよ!!」


張り詰めた空気。


「……こんなチームなら来ても意味ねぇだろが……まぁいい、俺はもう上がるから」


吐き捨てるように言い、横尾は去った。


――あいつなりのやり方か。


---


4本目 0-1


内容は、さらに悪かった。

頭が働かない。呼吸が重い。足が動かない。


――これで、ラストワンプレー。


「くそ……なんとかしないとな…」


視線の先に、道枝。


――いい位置にいる。


走り出せば、崩せる。


――気付け。


祈るように出したパス。


――気付いてない、終わったか。


そう思った次の瞬間。

ボールは、そのまま道枝の足元に収まっていた。


ト(・)ッ(・)プ(・)ス(・)ピ(・)ー(・)ド(・)の(・)ま(・)ま(・)。


――これが収まるのか……たまたま?


「はぁはぁ…村上さん!!」


決して美しくはないが、何とか上げたクロスが村上の頭に。


惜しくも――ポスト。


「ムラカミ、ナイスチャレンジ!」


「か〜、わりぃ道枝。ちょっとだけあかんかったわ」


――完璧な崩しだったが…まぁ、偶然か…

――監督の視線が鋭い……


---


試合後、ピッチの中央に輪ができる。

その中心には指揮官。


「今日もお疲れさん……まぁこんなもんか」


短く、あっさりと。


「今日の出来は、自分自身が一番分かってるだろ?」


――俺のことだよな。


逃げ場はない。今日のプレー、何もできなかった。

頭の中で何度もリプレイされる。


「今日のプレーで改めて確信した。 慎吾、今年から――ボ(・)ラ(・)ン(・)チ(・)です」


――は?


誰も言葉を発さない――理解が追いついていないから。


「かっ、監督!! 全く良くなかったのにボランチですかっ!?」


自分でも何を言っているのか分からなかった。

否定なのか、確認なのか。


「君も元日本代表なんだ。なんとかできるだろう」


その言葉は軽く聞こえるのに、重い。


「今までとは違う役割だが、チームのためにやってみる価値はある」


――ボランチ。


その言葉だけが、頭の中で何度も反響する。


トップ下として生きてきた時間。積み上げてきたすべて。

それを――あっさりと否定されたような感覚。


「横尾、トップ下は頼んだぞ」


「もちろんっすよ」


迷いのない返答。


――これは楽勝だったな。


その空気だけは、誰よりもはっきり伝わってきた。


----------


少し離れた場所で、草彅と湘南の戸塚監督が言葉を交わす。


「今日はありがとうございました。しかし……中井選手がボランチですか〜」


苦笑混じりの戸塚。


「てっきりトップ下を2人にするとか、ゼロトップとか別の形を試すのかと」


「えぇ、そうですよ」


即答。迷いはない。


「でも、大丈夫なんですか? 守備が不安定で強みの攻撃力も発揮できませんでしたし、見逃してくれるほど1部は甘くないですよ?」


率直な疑問ではある。


「今の彼にト(・)ッ(・)プ(・)下(・)は(・)任(・)せ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)よ(・)。彼の脚にはもう、トップ下として生きる余力は残っていないから」


現実を、冷静に突きつける言葉に戸塚も頷く。


「あの大怪我は……確かに、彼のプレースタイルには致命的でしたね」


それでも、疑問は消えない。


「ですが、後ろに下げてもボランチ適性がなければ……」


「苦し紛れのコンバートじゃない。ボランチなら……彼はもう一度輝きます」


確信――それは、賭けではなかった。


「……本当ですか? 私にはとても考え付かないですよ…」


「ええ、そのうち分かりますから」


その言葉だけを残し、それぞれのチームに戻った。


----------


―夕食の時間


ホテルの食事会場には、名古屋モトーレの選手たちが次々と集まっていた。

賑やかな空気が広がる中、1つだけぽっかりと空いた席がある。


「慎吾さん、後で行くって言ってから、なかなか部屋から出て来ないですね……」


道枝が不安そうにつぶやく。

あの村上も、少し抑えめだ。


「まぁ、ショックな気持ちは分かるわな……」


中井慎吾は名古屋での活躍をきっかけに、欧州のビッグクラブを渡り歩いた”スター”だ。

そして、そのほとんどをトップ下やシャドー、ウイングといった2列目より前のポジションで戦ってきた選手である。

もちろん、中井自身の才能は群を抜いている。

だが、どれほど高い才能を秘めていても、名古屋で出場機会を得られなければ海外のスカウトの目に留まることはなかっただろう。


それくらい、中井にとって”草彅”は――大きな存在だった。



ソワソワする若手たちに対し、経(・)験(・)者(・)は気にしていない。


「まさか、自分を世界へ羽ばたかせるきっかけをくれた恩師に、あんなことを言われるとは思ってなかっただろうな。 ……まぁ、あんまり心配する必要はないと思うぞ」


森が穏やかな笑みを浮かべる。


「同じく」


長野も迷いがない。


「そんなことで立ち止まるような奴なら、海外で成功なんてしてないさ。今頃はきっと、一人で頭を整理してる。整理がついたら、もう目の前のことに集中してるよ」


長年ともに戦ってきた仲間だからこその確信。


「だから道枝、すぐに元気な慎吾が来るから、そんなに気にしなくていいぞ」


「そ……そうなんですね……」


道枝はとりあえず、長野の言葉を信じてみることにした。


----------


俺は今日、自分のポジションを奪われた。

19歳からプロ選手としてプレーして、今年で35だ。

膝も怪我してメスを入れた――今更20代の頃と同じようにできるとは言わない。


――それでも、今日までトップ下で頑張ってきた。


「……こんなあっさり負けるとはな」


「……俺も、限界なのかな」


ふと、人生を振り返る。

名古屋モトーレのジュニアユース(注2)時代、本当はセンターフォワードがやりたかった。


でも――


――”お前は、トップ下向きだ”


そのコーチの一言で、人生が変わった。


「……別に、こだわってたわけじゃなかったんだな」


今日の草彅の言葉が蘇る。


――”今年からボランチです”。




「……待てよ」


思考が止まる。


「これって……コンバートってことだよな?」


構想外とは、言われていない。


むしろ――


「適性を見てるってことか…?」


あの時の様に、道を示されただけなら。

オワコンの俺が、ボランチで――もう1度輝けるのなら。




正直、今日のプレーでは何も見えない。


だけど――草彅監督の言葉だけは、信じられた。


名古屋モトーレとの契約は、あと半年。

契約延長か、出場機会を求めて移籍か、現役引退か何も決まっていない。


「……とりあえずこの半年、ボランチでやってみるか!!」


完全に納得したわけでも、未来が見えたわけでもない。

それでも前を向くには――十分だった。


-----


「遅くなってごめん。みんな前半戦お疲れ様〜!!」


「お疲れ様です!!」


空気が一気に和らぐ。

道枝も、パッと明るくなった。


「明日からどこ行く?」


「道枝、行きたいとこあるか?」


「皆さんと一緒ならどこでも!!」


いつものやり取り。


「じゃあ……あ(・)そ(・)こ(・)行くか〜」


「……あ(・)そ(・)こ(・)?」


長野が笑う。


「出たな、それ」


「俺も年取るたびに好きになってるわ、あそこ」


「じゃあ今年も弾丸やな!! 俺が予約しとくわ」


「道枝、早起きしなあかんで」


「あそこってなんですか〜〜っ!!!???」


「「「まぁまぁまぁ」」」


チームはキャンプ前半戦を終え、数日間のオフに入る。

(注1)ゼロトップ・・・最前線に固定したフォワードを置かず、中盤の数的優位やディフェンスの混乱を生み出す戦術のこと。 

(注2)ジュニアユース・・・サッカーにおいて、中学生年代のこと。

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