笑顔を抱きしめて、明日へ
―日本上空
チームスポンサーが仕立てた特注のオーダーメイドスーツに身を包み、機内での時間を過ごす。
新体制発表会からしばらく経ち、明日からは沖縄での春季キャンプが始まる。
新シーズンに向けた、最も重要な準備期間だ。
ここでのチーム作りが、そのままシーズンの結果を左右すると言ってもいい。
隣の席には、チーム最年長のベテランGK――森健が座っていた。
「新体制発表会では、ずいぶん強気だったな」
「監督が優勝って言った以上、弱気なこと言えないですよ」
軽く笑って返す。
「それに、優勝を目指すのはプロとして当たり前ですし」
「世間もそう受け取ってくれるとは限らないぞ」
森は腕を組んだまま続ける。
「俺も代表から外れてからは、風当たりきつかったからな。日本のファンは、批判が大好きだ」
長年、日本代表のゴールマウスを守ってきた守護神の言葉には、実感がこもっていた。
「去年は1年間降格争いでしたし、ある程度の批判は覚悟してますよ」
スマホを取り出す。
「……実際、動けてないのは事実なんで」
画面には辛辣な言葉がズラリ。
『"悲報" 名古屋中井、おじさんだと気付いていない』
『海外挑戦前と勘違いしてね?』
『もう終わった選手なのにな…』
『ノーゴール師匠めっちゃ強気やんwww』
『"全盛期は"すごかった』
『(横尾が出るから)優勝します』
『1年半ノーゴールが何言ってんねん』
日本復帰後のゴールは――PKの1点だけ。
全盛期とは違うパフォーマンスであることは、自分が一番分かっている。
――分かっている。だけど、刺さってしまう。
「……こういうの、結構堪えますね」
小さく息を吐く。
「1つ言っとくがな」
森の声が落ち着いたトーンで響く。
「俺らチームメイトは、誰も気にしてない。去年の成績はチーム全体の責任だ」
「ありがとうございます。でも……これは俺の衰えの問題なので」
「それ、年上の俺に言うか?」
思わず苦笑がこぼれる。
「……確かにそうですね。残り少ないプロキャリア、悔いなくやりますよ」
「……おう、その意気だ」
短い会話だったが、それだけで十分だった。
ピロン、と通知音が鳴る。
美帆から動画が届いていたので、再生してみる。
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「慎ちゃ〜ん♪ 今ごろ飛行機かな〜? 無理しないでね〜♪」
画面の向こうで、美帆が手を振る。
「ほら、パパにメッセージだよ〜」
「パパ! 頑張ってきてね!! お土産買ってきてね!!」
茉優の元気な声。
「パパ、がんばってね。帰ったら抱っこして」
大吾が少し照れながら続く。
「せーの!」
「バイバーイ♪」
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動画が終わる。
「……ホントに美帆ちゃんは出来た奥さんだな」
森がぽつりと呟く。
「あ、ありがとうございます」
一気に体温が上がった。
「いやほんと、仲いいっすよね〜」
香取が後ろから顔を出す。
「ほんまに、うらやましいですわ。俺も美人な奥さん捕まえなあかんな〜」
コテコテの関西弁で喋る村上郁人は、面白そうな話題を見逃さない。
「うちはもう子どもが冷たいぞ〜」
「えっ、茉優ちゃんたちみたいに優しくないんですか?」
「ナカイサンノファミリーステキネ〜」
「お前らはホント、高校の頃からずっとラブラブだもんな〜」
気づけばみんなが反応していた。
「お前ら、なに覗いてんじゃゃゃい!!」
「幸せのおすそ分けだな」
監督がいつの間にか後ろから覗いている。
「茉優ちゃんも大吾くんも、大きくなったな」
「か、監督まで……」
笑い声が広がる――騒がしい機内だ。
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―宿泊先ホテル・大会場
「よーし、全員いるな〜?」
長野が声を張る。
「明日からのキャンプに向けて、決起集会やるぞ〜 監督、乾杯お願いします」
「え~……明日からキャンプが始まります」
草彅は淡々と話し始める。
「自分はこれで生きていける、ってものを1つ見つけろ。各々が10%底上げすれば、優勝できる」
そして、最後にグラスを掲げる。
「無事キャンプを終えることを願って――乾杯」
「カンパーーイ!!」
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「道枝〜、お前浮いた話とかないんか〜?」
「ないですよ〜」
「なんでや、こないだまで高校生の青春真っ盛りやろ~?」
「僕、全然女の子から人気ないんで」
「じゃあ……俺と海行くか〜」
ずいぶんとあっさり答える道枝に、サイドバックの薮は"仲間"だと思ったらしい。
「薮、丸刈りのお前じゃ無理だぞ」
「丸刈り関係ないじゃないすか!!」
すぐに、笑いが起こる。
「でも、女の子に海誘われたことはありますよ?」
「……え?」
「泳ぐ気なかったんで断りましたけど」
「それ、何人で?」
「2人でってことでしたよ? 僕、海よりプールで泳ぐ方が好きなので……」
空気が止まる。
「「「お前、それデートだよ!!」」」
つい声が揃ってしまった。
「え!? デートだったんですか!? 5人くらいに誘われましたよ……」
中井が頭を抱える。
「お前、めちゃくちゃモテてるじゃねぇか! 薮と違って、な?」
「中井さん、振らないでくださいよ…俺はシャイなだけ!」
「恋愛オンチすぎるだろ…」
「慎吾、恋愛も教えてやれよ〜」
「無理言うなよ……」
「いいか道枝」
草彅が口を挟む。
「慎吾もこんな感じだからな」
スマホには――結婚式の写真。
「やめてくださいよ監督!!」
「ケーキ入刀の時、こんな顔してたぞ〜」
森が誇張して笑顔を再現する。
「この動画もやばいぞ? 口角上がりすぎ」
長野も元気に参戦してきた。
「やめろって!!」
「ほんとだ、めっちゃ嬉しそう!」
「顔に出てますね〜」
「ほんまや、めっちゃ幸せって顔に書いてありますやん」
「ナカイサン、ハッピースマイルデス!」
「俺もスタイルのいい美女と結婚したいっす〜」
「“世界で一番幸せな男”って言ってたな〜」
「“美帆ちゃんの全部が好き”とも」
「プロポーズも向こうかららしいぞ」
「どぉぉぉして俺の話しばっかなんだぁぁぁぁ!!!」
食事会場を包む、爆笑の渦。
騒がしく、賑やかな時間――その空気がどこか心地いい。
明日から、春季キャンプが始まる。




