がむしゃらな挑戦者
沖縄の陽光が、容赦なくグラウンドを照らしていた。
名古屋モトーレの選手たちは、その眩しさの中に集い、静かにシーズンの始まりを迎える。
海から吹き抜ける風は心地よいはずなのに、胸の奥にはどこか張り詰めた空気があった。
「キャンプ初日ですが……俺は沢山走らせるけど、甘やかすつもりも締め付けるつもりもない。試合に出たければ、このキャンプを意味のあるものにするように、以上」
淡々とした口調。それでも、その言葉の重みは誰よりも理解している。
「よ~し、じゃあまずしっかり身体温めろよ〜」
坂本コーチの号令で、選手たちは一斉に動き出した。
入念なストレッチの後、ジョギングへ。
まだ身体は軽い。だが、この時間すら無駄にはできない。
隣では、道枝が目を輝かせていた。
「すごい……僕、プロになったんだな……!!」
無邪気な感動だ。その言葉に、思わず口元が緩む。
「お前、毎回そんなテンションだと初日でバテるぞ〜」
「だって、キャンプでジョギングしてるシーンってよく見ません?」
「……確かに、言われてみればな」
テレビ越しに見ていた光景。
今はその中に、自分たちがいる。
「ほな道枝、あそこにいる報道陣にアピールしながらジョギングしいな〜」
「道枝、動きが硬いぞ」
「肩の力抜けよ〜」
周囲から声が飛ぶ。自然と笑いも起きる。
チームの雰囲気は悪くない。
「お前もそう思うやろ〜横尾?」
「…………うるせぇな」
ひとりだけ、空気を断ち切るような声が返ってきた。
「つれへんヤツやな~お前は」
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ジョギングで軽く汗を流した後、ボール回しへと移る。
芝の感触。ボールの転がり。足裏に伝わる微細な違和感。
それらを一つひとつ身体に刻み込んでいく。
ほんのわずかなズレが、プレーを狂わせる。
――今日は、悪くない。
それでも安心はできない。
横尾の加入で、自分の立場は確実に揺らいでいる。
ピッチのあちこちに、静かな緊張が走っていた。
「お前ら、身体は温まったな?」
「お、待ってましたで~ 次はなんすか〜?」
「じゃあ、今から紅白戦」
「えっ!? 初日にですか?」
ざわめく。
「――そりゃお前ら、試合を見ないと意味ないだろ。メンバー発表するぞ」
名前が次々と呼ばれていく。
「……道枝、そして慎吾。以上」
横尾はビブス組。
――いきなり来たか。
キャンプ初日での直接対決――逃げ場はない。
「いきなり慎吾さんと横尾の対決か……」
「横尾、ポジション奪うなら今のうちだぞ」
草彅の一言が、空気をさらに鋭くする。
完全に煽っている。
この競争を、楽しんでいるようにすら見えた。
「30分後に試合始めるから、しっかり準備するように」
「分かりました」
身体を温めながら、呼吸を整える隣で、横尾が笑う。
「ふっ……もう中井さんの時代は終わってるんすよ」
静かな声。
だが、確かな自信が滲んでいた。
実力があるのは分かっている。
データも、評価も、それを証明している。
――それでも。
元日本代表として、名古屋の象徴として、ここで引くわけにはいかない。
中井はビブス無し組のキャプテンとして声を張る。
「よ〜し道枝、同じチームだな。しっかりプレーしよう!!」
「慎吾さん、いきなり紅白戦なんて緊張します……」
「やれるだけやってみようぜ。多分監督は、勝ちたい気持ちとか、このキャンプへの本気度を見てる」
言葉にしながら、自分にも言い聞かせる。
「始まったばかりだ。結果を求める時期じゃない」
「……いよいよ僕のプロ生活が……」
「よ〜しみんな、しっかりアピールしていこう!!」
「おうっ!!」
「いくぞっ!!」
胸の奥で、火が灯る。
名古屋の10番として――まだ終われない。
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―その夜
ホテルの部屋に、ノックの音が響いた。
「こんちわ〜 “デジみょん”で〜す!!」
村上がデジカメを構えて入ってくる。
人気お笑い芸人である小田歩(通称おだみょん)の番組"おだみょんFC"の人気企画"デジみょん"。
春季キャンプ中に、選手やスタッフ等にデジカメを渡して自由に撮影してもらい、普段見られないオフの姿が見られる恒例企画だ。
――今年のデジみょんのカメラ担当は村上か。関西人はノリがいいなぁ。
「キャンプ初日終えていかがすか?」
「プ……プロになったんだなぁって感じました」
「ね!! 憧れの中井さんと同部屋やもんね〜」
ニヤニヤとした視線がこちらに向く。
「というわけで中井さん!! 奥さんに会いたいですか〜?」
「……って俺の質問キャンプ関係ねぇじゃねぇか!!」
「えっ!! じゃあ会いたくないって事でっか〜?」
「……すっごく会いたい……って言わすなよここで!!」
「ルーキーの道枝くんと奥さん大好きな中井さんのお部屋でした〜! ほな〜」
「ちょい、おおおおい!!」
バタンとドアを閉めると、嵐のように去っていった。
部屋に残るのは、わずかな疲労と、重たい空気。
――キャンプ初日、散々だったな。
前線へのパスでチャンスを演出し、攻撃の起点となる花形のトップ下。
それはずっと、自分の場所だった。
ドイツでも、日本代表でも、結果を出してきた。
それなのに――
今日は何もできなかった。
チャンスは作れず、試合は3-0で敗戦。
対する横尾は、すぐに俺が穴だとに気づくと巧みにゲームメイクして1ゴール2アシスト。
差は、はっきりと出ていた。
監督は何も言わない。
だが、目がすべてを語っていた。
――分かってる。
「今日はお疲れ様でした!!」
道枝の声が、空気を少しだけ和らげる。
「悪かったな。いいプレーできなくて……」
「そんなことないですよ!! たくさんパスくれたじゃないですか!!」
真っ直ぐな言葉。
「それを活かせなかったのは僕のせいですから!!」
「いや、お前に効果的なパスを出せなかった俺のせいだ」
「まだ初日ですから!!」
強く言い切る。
「気持ちは負けてませんでしたし、結果を求める時期じゃないって言ったのは慎吾さんですよ!!」
思わず、息が抜けた。
「……おぅ、そうだな。サンキュ」
――その通りだ。
まだ始まったばかり。
今日の出来で、全てが決まってしまうのならばキャンプの意味など無い。
それに……久しぶりに現れたライバルとのポジション争い…
そう、これはまだ高みを目指せるチャンスなんだ。
俺はまだ死んでないはず。
明日からは――挑戦者として。
「道枝、早く寝ろよ〜」
次の日に向けて、灯りが落ちた。




