↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/28

一歩一歩、踏みしめてきた

―ASリーグ最終節 鹿島ディディアーズ戦

―カシマフットボールパーク


優勝を懸けた、運命の一戦だった。

張り詰めた空気の中、草彅が静かに口を開く。


「お前さんたち、分かっていると思うが今日がシーズン最後の試合なんだ。明(・)日(・)な(・)ん(・)て(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)」


その言葉だけで、全員の背筋が伸びる。


最終節を残して、

鹿島ディディアーズ、

モトナリーニョ広島、

名古屋モトーレの3チームが同じ勝点という歴史的大接戦。


そんなシーズンの最終節は、幸か不幸か鹿島との直接対決。

つまり――負けたら終わりの6ポイントマッチ(注1)である。

さらに、得失点差が1番少ない名古屋にとって、勝点3は優勝への必須条件だった。


「まぁ、ここまで来れたのも――慎吾や吾郎が、言わなくても自分の役割を理解してたからな」


長野は小さく頭を下げる。


「そんな、監督に求められたことをしたまでです」


スタメンこそ多くはない。

それでも――どこでもできる。

誰よりも穴を埋められる。

長野吾郎は、確実にこのチームに必要な存在になっていた。


「監督を信じたから、ここまで来れました」


中井も続く。

トップ下――今や名古屋の攻撃の中心。

2年目の若手だった自分は、もうそこにはいなかった。


「お前さんたちが自分で考えて、自分で答えを見つけたんだろ。細かいことなんか、何も教えちゃおらん」


「その答えを見つける環境を作ったのは監督ですよ」


中井のそれには答えない。変わらず仏頂面のままだ。


「だが、まだ終わってない。今日勝って、気持ちよく名古屋に帰りたいなら――分かってるよな?」


この場に居る全員が、その言葉の意味を意識する。




「今日勝てば、俺たちは優勝です。これまでやってきたことを信じて、ピッチで全力を出しましょう」


隣では、森がストレッチをしている。

現役の日本代表ゴールキーパーであり――最後の砦。

だが森にとっても、ここまでひりついた試合は初めてだった。

冷静だが、少し声が上ずる。


「慎吾、落ち着け。心配すんな、俺がゴールを守るから。いつも通り頼むぞ」


長野も深く息を吐く。


「ここまで来たんだ。やるしかないよな。あの鹿島相手に、アウェイで勝つのは簡単じゃない」


確かにそうだ。

圧倒的な戦力。

代表選手だらけ。

誰が見ても、鹿島は強い。


それでも、前向きに笑う。


前向きに笑える。


「……楽しみましょう。 今の、この時を」


――中井は、初スタメンの時、監督に言われた言葉を今でも覚えていた。


“楽しめ”




ようやく草彅は、腕組みをやめた。


「慎吾。自分を信じて、仲間を信じて、あと全員で目標を目指して前進するだけだ。難しいことは何もないだろう」


----------


「さぁ!! 超満員となりましたカシマフットボールパーク!!!」


大歓声。

深い赤色に染まるスタンド。

圧倒的ホームのディディアーズ。


「もつれにもつれた今シーズンのASリーグも今日が最終節となりますが……なんと、この両チーム及び広島の勝ち点が並んでいます!!」


声が熱を帯びる。


「つまり!! 今日が優勝決定戦です!!!」


鹿島には、早川・山本・津田・西澤・濱家・山内。

現役日本代表が並ぶ豪華布陣。

――まさに王者。


「対する名古屋も、日本代表GK森がいますが――何より今年の躍進は中井慎吾のおかげでしょう!!!」


プロ2年目でありながら、34試合、6ゴール7アシスト。


「名古屋の中心として、一気に花開きました!!」


「中井~!!! 頼むぞ~!!」


「中井!! 俺たちの誇りだ!!」


目を閉じて――深呼吸。

聞こえるのは、心臓の鼓動だけ。

サポーターのためにも。

自分のためにも。


――後悔のない試合にしよう。


「前半、キックオフ!!」


---


”BOOOO!!! BOOOO!!!”


名古屋がボールを持つたびに、凄まじいブーイング。

名古屋サポーターも大勢来ているのだが、圧倒的な圧が中井たちを囲む。


――完全なアウェイ。でも……関係ない。


プレッシャーを受けながらも冷静にボールをさばき、テンポを作り、試合を整える。


――さすが鹿島。なかなか崩せないな……


そのまま前半終了。

0-0


「互いに持ち味を出しましたが、牙城を崩せず、スコアレスのまま後半を迎えます!!」


ロッカールームへ戻ると、すぐ向こう(広島)の試合が気になる。


「コーチ、広島の試合は?」


「前半に1点。広島が1-0で勝ってる」


少し、今までの努力が無駄だと感じる。


それでも、空気が重くなる前に、いつも通りの指揮官が口を開く。


「いや、大丈夫だろ。まだ試合は45分もあるんだから」


優勝が懸かった最終盤とは思えないほど冷静に――


「それより、この試合に集中しなさい」



――その通りだ。

――目の前の試合を勝たなきゃ意味がない。


「ここで後悔したら、やり返すのに最短でも1年かかる。もしかしたら、やり返すチャンスがない人もいるかもしれないな」


全員が黙る。


「だからって、思い出作りしろとは言わない。――焦(・)る(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)よ(・)」


――そうだ。来年も、このメンバーでやれる保証なんてない。



――このチームで戦えるのは、今日が最後かもしれない……


----------


試合が動いたのは、後半始まって間もなくだった。


「おっと!! 名古屋の選手が倒れている!!」


背番号7――平子。


「平子さん!! 大丈夫ですか!!」


駆け寄る中井は、見た瞬間に理解する。


――筋だ。この試合はもう走れない……


「慎吾……わりぃ。後は、お前ら二人に頼んだ……」


ベンチに対して送る、大きなバツマーク。

そんな状況でも、指揮官は一切慌てない。


「吾郎。やっと、お前さんの出番だ」


その言葉だけ。


「……言わなくても分かるよな?」




「身体は、もう温まってます」


選手交代。

長野吾郎がそのまま右サイドへ。

所謂、スクランブルでの出場。

でも、迷いはなかった。


「吾郎!! 来たか!」


「ふたりで一緒に崩すぞ!」


「オッケー! 監督に、シャーレを捧げよう!」


そこから――流れが変わった。

中井と長野。2人の呼吸が、完全に合い始める。


「名古屋の攻撃が活発になってきた!! 中井と長野のコンビネーションが素晴らしいですね!!」


「この大舞台で……2人とも、笑ってますね!!」


――そう、楽しんでいた。

――この瞬間を。

――この試合を。

――この舞台を。


「吾郎、もう少し右に広がれるか?」


「守備のリスクはあるけど……分かった。その分、頼むぞ!」


広がった所に生まれる、求めていたスペース。



――ここだ。


「中井が右サイドから仕掛ける!!」


「交わして――フリーの長野へ!!!」


「行けるっ!!」


長野が振り抜いたシュートは、キーパーに弾かれた。


「まだ転がっている!!」


その瞬間、誰よりも早く反応したのは――中井慎吾。


――後悔したくない。

――この最高のチームのために。

――最後は、執念で押し込むんだ!!

――飛び込めっ!!!






狂喜乱舞。


「中井が押し込んだぁぁぁぁ!!! 名古屋、先制!!!!」


「監督!! やりました!!」


叫ぶ中井。

草彅は当然のように静かだ。


「そんなもん――お(・)前(・)さ(・)ん(・)な(・)ら(・)当(・)た(・)り(・)前(・)だ(・)ろ(・)」


そして、目はもう次のプレーを見ている。


「……たった1点だ。守り抜けるよな?」


中井は力強く頷いた。


残り20分。

――全員で守る。

――全員で走る。

――全員で戦う。

迷っている者は――そこにはいなかった。




そして――主審の笛。


「試合終了ぉぉぉぉ!!! 名古屋、勝利!!!」


その場に倒れ込む。


――やった。

――やれることは、やった。


駆け寄る長野。


「慎吾!! ナイスゴール!!」


森も笑う。


「よく押し込んだな~」


「吾郎が決めてくれれば問題なかったんだよ」


そう返しながら、全員の顔が自然と緩む。

でも、まだ分からない。

優勝は――広島次第。


「優勝できなくても、胸張って帰ろう」


やりきったからこその、和やかな空気感。

そんなイレブンを迎えるのは、手をポケットに入れたままの監督と、激しく暴れるベンチメンバーとコーチ陣。


「お前さんたち、やりましたよ。おめでとう」


――え?




「監督……向こうの試合、何があったんですか?」


「広島が逆転されて、2-1で試合終了」


――つまり。


その時、初めて心からの笑顔を見せた。


「えぇ、お前さんたちが優勝!!」






「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」


歓喜が爆発した。

抱き合う、叫ぶ、泣く、笑う。


鹿島の選手たちも、鹿島のサポーターも、拍手をくれた。


「ナイスゲーム!!」


「おめでとう!!」


「来年は負けないからな!!」


シーズン前、本当に俺で大丈夫なのか。

何度も思った。

――でも、本当に、本当に、優勝した。


「慎吾。やっぱり、私の目に狂いはなかっただろ?」


指揮官は、またいつものように感情を隠しはじめた。


「草彅監督……本当に、ありがとうございました!!」


心から出た――感謝。

最高の出会いだと、確信できるだけの日々を送れたからこその言葉だった。


「慎吾はいつも、戦場の最前線に駆けつける、”王様”のようだった」


「……そんなに戦乱の世でしたか?」


思わず苦笑する。


「えぇ、トップ下だけど右に左に、ボールのあるところ全部に顔を出していく――大したもんだ」


「じゃあ俺はなんですか?」


割って入る長野。


――少し考える。


「そうだな……お前さんは特定のタスクがあるわけじゃないが欠かせない存在だ……”遊撃部隊”とかでいいんじゃないか?」


「いいですね!」


長野は本気で嬉しそうだった。


「他にもあります?」


「こういうのは、慎吾の方が思いつくだろ?」


「俺ですか?」


少し頭を回転させる。


「……”宰相”とか、”官僚”とかですかね?」


その言葉に、またニヤリと笑う。


「ピッチの王様になったっていうのに、随分と平和な世の中を考えてるんだな」


――いや、監督がいなければ、そもそも王様になってないんですよ……




「慎吾、来季は乱(・)世(・)を(・)治(・)め(・)た(・)者(・)として戦うことになる」


優勝したからこそ――次の闘いが始まる。

もうすでに草彅は、先を見ていた。


「これから、お前さんの首を取りに来る。絶対に乗り越えてもらわなきゃ困るからな」


中井はその言葉に、自信を持って頷いた。

(注1)6ポイントマッチ・・・(注1)6ポイントマッチ・・・順位や勝ち点が近い直接のライバル同士が対戦する試合のこと。実質6点分の勝点差が生まれる重要なゲームのため、こう呼ばれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。