弱気な君は、あの頃の俺たちと…
「……って感じで草彅監督は、俺たちの恩師ってわけ」
当事者たちによる――聞き飽きない”クラブの歴史”。
横に座る道枝の笑顔が止まらない。
「じゃあ草彅監督がいなかったら、今の慎吾さんたちはなかったんですか?」
少しだけ考える。
その間に聞こえるのは――小さなの氷の音。
「そうだな……正直、普通にリーグ戦に出て、日本代表で活躍する自信はあったよ」
それは、若さゆえの根拠のない自信ではなかった。
本気でそう思っていた。
それだけの実力も、覚悟も持ち合わせていた。
でも――
「監督に出会ってなかったら――海外挑戦して、世界のトップレベルで戦うことはなかったと思う」
あの人がいなければ、あそこまで自分を信じ切れなかった。
「なんて言っても、慎吾は世代別の時から日本代表だったからな。俺は、草彅監督がいなかったら、生涯名古屋でこんな長いこと現役できなかったと思うし、今のフロントって立場もなかったと思うな」
長野もサッカー人生を振り返る。
黙って聞いた後、ぽつりと漏らす道枝。
「だけど……」
その声は弱い。
「僕は……慎吾さんたちみたいに……優勝するために必要な人なんでしょうか……?」
――その不安は、痛いほど分かる。
――試合に出ているからこそ。
――うまくいかないからこそ。
――自分が本当に必要なのか、分からなくなる。
でも――大丈夫だ。
「お前が必要だから、監督はわざわざユースから上げてきたんだろ?」
まっすぐに道枝を見る。
「だから、お前がスタメンなのも、絶対に理由がある」
草彅茂という男は、意味もなく人を選ばない。
それを、この二人は誰よりも知っていた。
道枝はその言葉を噛みしめる。
少し照れながら――でも、はっきりと。
「僕……おふたりみたいになりたいです」
「なれるさ。少なくとも、監督と俺はそう思ってる」
すると、横からすぐに声が飛ぶ。
「おいおい、俺を忘れるな~!!」
わざとらしく驚いてみる。
「えっ!? お前も思ってるの~?」
「思ってるわ!!!」
その勢いに、道枝が思わず口角が上がる。
アイドル顔負けの――とびきりの笑顔。
「慎吾さんも、長野さんも……ありがとうございます!」
「ほら! もっと食って強くなれ!!」
「はいっ!!」
また道枝の箸が加速する。
――こいつは本当に分かりやすい。
そんな時間は、あっという間だった。
夜風が少しだけ冷たい。
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二人と別れた帰り道。
夜の街を歩きながら、中井は昔と今を重ねる。
――あの時みたいに。
――今度は、道枝と一緒に。
――今シーズン、あいつにも、あの空気を感じてほしい。
――本気で何かを掴みにいく、あの熱を。
――でも、今の自分は……
”理想”と”現実”とのギャップ――
ただただ、自分の不甲斐なさを痛感したまま、家の前に着いた。
―ガタン
玄関の扉を開ける。
「お帰りなさい、慎ちゃん♪」
心から落ち着く声がすぐに返ってくる。
声の主はもちろん――妻の美帆だ。
「ふたりは?」
「もう寝てるよ~」
少しだけ残念そうな顔になる。
子どもたちを抱きしめられないのは、やっぱり寂しかった。
「そっか……シャワー浴びてくるね」
「はーい♪」
美帆は、その表情をちゃんと見ていた。
――すぐに茉優と大吾に会いたがるなんて…… もう、慎ちゃんたら♪
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シャワーを浴びて、汗と少しの疲れを流す。
リビングには、定位置のソファ。
そこに座ると、ようやく一日が終わる気がした。
「やっぱ、この家のリビングが一番落ち着くよな~」
大きく息を吐く。
「ふふ、ずっと海外暮らしだったもん。やっぱり日本が暮らしやすいよね~」
ドイツでも、イギリスでも、苦ではなかった。
――でも。
帰ってくる場所は、やっぱり”故郷”だった。
「テレビはやっぱ日本の方が面白いよ!」
そう言って美帆がリモコンを握ると、チャンネルが変わった。
「あっ! “おだみょんFC”やってるよ!!」
テレビの中で、元気に叫ぶおだみょん。
『さぁ続いては!! “デジみょんが行く!!”のコーナーです!』
「あ、デジみょんに間に合ったよ!」
美帆が嬉しそうに言う。
海外滞在時からずっと、このコーナーが一番好きだった。
『今週は……名古屋モトーレです!!』
「えっ!! 俺たちかよ!?」
思わず少し飛び跳ねる。
「キャンプの時の慎ちゃんたちでしょ! 気になる気になる!!」
美帆の方が数倍楽しそうだった。
ナレーションが流れる。
『今回デジみょんが向かったのは、昨シーズン15位の名古屋モトーレです。黄金期を築いた草彅監督が11年ぶりに復帰、さらに鹿島から日本代表候補の横尾を獲得し、上位進出を狙います』
そして――
『そんな名古屋でデジみょんを託すのは…チームのムードメーカー、ミッドフィールダーの村上選手です!』
『チームのムードメーカー! ミッドフィールダーの村上選手です!』
満面の笑みの村上が映る。
『オフの姿、撮りまくるから任せとき!!』
――うわ!! そうだ……あいつだった……
少し心配になる夫をよそに、美帆のワクワクが止まらない。
「今年のデジみょん担当、村上くんなんだ~!!」
――そして始まる、キャンプでの日々。
部屋に村上が突撃してきたり。
みんなで温泉に行ったり。
国際通りでTシャツを作ったり。
――自由すぎた。
美帆が急に抱きついてくる。
「もう慎ちゃん!! 私のこと好きすぎ~!!!」
「いや、だって……」
――しょうがないじゃん。
――大好きなんだもん。
そんな空気のまま、画面が切り替わる。
「……あれ? みんな会議室にいるよ?」
そして始まる、村上と薮の本気すぎるダンス。
美帆も思わずテレビにかぶりつく。
「えっ!! ちょっとすごすぎるよ!! 完コピじゃん!!」
――やっぱり。
全国放送で見ても、やりすぎだった。
『以上!! 名古屋モトーレでした~!!』
村上が満足そうに締める。
おだみょんもスタジオで笑っていた。
『いやちょっと村上選手……あんた本気出しすぎやわ!! 今のところダントツでデジみょん大賞候補ですやん!!』
やっぱり村上のあれ、みんなそう思うよな……?
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そしておだみょんFCも終盤を迎える。
『今週のハーイ!おだみょんは……』
画面に映るのは――
『ハーイ!おだみょん! 名古屋モトーレの中井慎吾です』
自分自身だった。
「慎ちゃんだったの!?」
少しおどけたように笑う。
キャンプ時に受けたインタビューをすっかり忘れていた。
『小田さん、また家族と一緒にごはん行きましょう! 連絡待ってま~す!』
――おだみょんFC、放送終了。
リビングに静けさが戻る。
「チームの雰囲気、良さそうだったよ。まるで――あの時みたい」
「あの時?」
美帆は迷わなかった。
「慎ちゃんと吾郎くんとで――優勝に貢献した、あの時だよ」
優しい笑顔。
――そう見えるのか。
自分には、まだそこまで思えない。
でも、美帆がそう言うなら。
それを本当にしないといけない。
そう思った。
――頑張らないとな。




