あの子が気になる
―3月下旬 名古屋モトーレ練習場
代表活動期間のため、現在ASリーグは中断中。
その間も、チームは次の戦いに向けて練習を続けていた。
一般見学が可能なこの場所には、今日も熱心なサポーターが集まっている。
――ここで、合ってるのかな……?
三宅は、ひとり練習場の入口で立ち止まっていた。
あの試合以降、泥だらけになっても諦めずに走り続ける道枝の姿が、ずっと頭から離れなかった。
あの目が、忘れられない。
――すごい、人がいっぱい……どこで見ればいいんだろう?
「初めて観に来たのかな?」
優しい声に振り向く。
そこには、小さな子どもを2人連れた綺麗な女性がいた。
「そのままそこで観て大丈夫ですよ♪」
「ありがとうございます! その…私、初めてで……」
――すっごい美人……モデルさんとかかな……
女性はにこっと笑う。
「そうなんだ、女の子ひとりって珍しいね! 誰か推しの選手がいるの?」
「実は、この前友達に誘われて初めて試合を観て、ルールもまだよく分からなくて……」
少し照れながら話す。
「それなのに練習場に来たってことは、やっぱり推しの選手がいるんだね~?」
女性はすぐに察したようだ。
「はい、あの……中井選手の隣で、いつもニコニコしてる子なんですけど……」
――道枝君って言って伝わるかな……?
「慎ちゃんの隣……あ! 道枝くんだね!!」
すぐに答えが返ってきた。
隣にいた娘も元気よく叫ぶ。
「道枝兄ぃ、私も好き~!!」
思わず前のめりになる。
「私、道枝君のこと最近知ったばかりで……よければ、もっと教えてください!」
女性はふふふと楽しそうに頷いた。
「道枝くんはね――」
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「やっぱり、いつもより人少ないな……」
中井がぼそっと呟く。
世間の関心は完全に日本代表。
しかも名古屋は不調。
練習見学の人数も、いつもより少なかった。
「メディアが少ないなんて、いいことじゃないか。お前さんたちは、いつも通りやるように。次は何人か、代表に選ばれるよう頑張りましょうか」
監督はいつものように淡々としている。
今回の代表招集、名古屋から選ばれた選手は――ゼロだった。
――横尾のやつ、いつも以上にピリピリしてる。やっぱり代表に選ばれなかったからか…
「今日は俺らにとって……いや、お前にとって厳しい日かもな」
その予想通り、横尾は普段以上に強く当たる。
「おい!! 早く出せや!!」
「こっち見ろよ!!」
「ふざけたプレーすんな!!!」
プレー強度も明らかに違う。
だが――
「もう1本お願いします!」
「まだまだ……!!」
道枝も負けていなかった。
泥臭く、何度でも必死に食らいつく。
三宅は再び、目に焼き付けていた。
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―練習終了
横尾をはじめとして何人かは、そのままクラブハウスへ戻る。
その中で、若手たちは何やらざわざわしていた。
「お前、話しかけてみろよ」
「いや俺、試合出れてないから無理っすって……」
「どうした?」
中井と長野が近づく。
「いや、あそこに超絶美人が2人いて……」
目を細める。
「どれどれ――」
その瞬間、長野が固まった。
「おい……あれ、美帆じゃね~か」
「えっほんとだ!! って……隣、三宅さんじゃん!」
「三宅さん!?」
道枝が一番大きな声を出した。
「美帆さんって三宅さんと知り合いだったんですか!?」
「いや知らない!! 俺知らない!!」
中井も混乱する。
「あとで話しかけに行くぞ、道枝」
「はい!! この前、試合に来てくれたお礼も言いたいですし!!」
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「大学でね、この前こんなこと言われて……」
”美帆さん、早彩ちゃんの投稿見たよ!! サッカーとか観に行くんだ!!”
”じゃあ今度、俺んちで一緒にイングランドリーグの試合見ない? ASリーグと違って世界トップレベルだから面白いよ!”
”そうそう、ASリーグ何かより欧州5大リーグのがいいよ!!”
“日本のリーグってレベル低いし、そんなに注目されてないよ”
男の子たちの言葉が、ずっと引っかかっていた。
女性――中井美帆は静かに聞いている。
「なるほどね~ たまにいるんだよね、そういう国内軽視の人。ASリーグだって、ちゃんとしたリーグなのに」
「……国内軽視?」
優しく聞く美帆。
「菜名ちゃんは、スタジアムでサッカーを観てどう思った?」
「細かいことは分からないけど……一緒に悲しんで、一緒に喜んで、選手たちの熱量も感じて……すごく刺激的でした」
「うん。それがサッカーだよ♪ レベルの高い欧州だけがプロじゃない。日本でも、アメリカでも、アフリカでも、オーストラリアでも――世界中どこでも、同じ熱があるの」
「それに、レベルは関係ない。それが世界の共通言語なんだよ♪」
その笑顔が、三宅にとって最高の答えだった。
ちなみに大学で話しかけた集団は、現地観戦はおろかサッカー経験も無い。
「何から何までありがとうございます!」
「ところで美帆さんは……誰推しなんですか?」
にやっと笑う。
「それはもちろん――」
「あ! パパだ!! パパ~!!」
そこにいたのは――中井慎吾。
完全に固まる三宅。
「えっ……中井さんがパパってことは……もしかして、美帆さんって中井さんの奥さんなんですか!?」
「そうだよ♪ だから私の推しは、ずっと慎ちゃんなの!」
「びっくりしたのはこっちだよ! なんで三宅さんと一緒にいるの!?」
中井も笑う。
そこへ道枝が走ってきた。
「三宅さん!!」
「道枝くん!!」
思わず声が裏返る。
みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「ひ、久しぶり……!」
「この前、試合に来てくれてありがとうございました♪」
三宅は驚く。
4万人の内の1人など、気付かれるなんて思っていないのだ。
「試合中に気づきました。僕のユニフォーム着てくれてる!って」
そして少しだけ申し訳なさそうに。
「でも、不甲斐ないところしか見せられなくて……」
道枝の言葉には、すぐに首を横に振る。
「めちゃくちゃ、かっこよかったよ♪」
「ありがとうございます! すごく、パワーもらえました!」
横では、美帆がにやにやしている。
「菜名ちゃん、道枝くんから目が離せないって言ってたよ?」
「ちょっと美帆さん!!」
「そうなんですね! じゃあ、これからも応援してほしいです!」
道枝はここでも素直すぎた。
呆れたように美帆が笑っている。
「あれ? もしかして道枝くんって、めちゃくちゃ鈍感?」
中井と長野は、同時に頷いた。
少し照れながら話す2人を見かねて、連絡先を交換させる。
「ふふ、2人とも可愛いね~♪」
美帆も満足そうだ。
初心な若者を、大人たちは温かく見守っていた。




