君のユニフォームが輝いたんだ
少しだけ、時はさかのぼる。
―AFリーグ第3節
名古屋モトーレ対マサムーネ仙台
休日の駅前は、すでに赤く染まっていた。
親子連れ、仲間同士、カップル、はたまた1人で足早にスタジアムへ向かう者。
その全員が、同じ場所を目指している。
「おまたせ~! 待った~?」
明るい声とともに現れたのは青木早彩。
名古屋モトーレの赤いユニフォームに、タオルマフラーまで完備。
準備万端だった。
「ううん、私も今着いたところだよ♪」
「すごい人の数だね……こんなにたくさんの人が集まるなんて……」
その圧倒的な熱量に、少しだけ気圧される。
「そうだよ! 名古屋モトーレのサポーターは熱いんだから!」
2人はそのままスタジアムへ向かって歩き出す。
きっかけは、沖縄で偶然出会った道枝紫耀というプロになりたてのサッカー選手。
いつも、1人で観戦している青木についてきた三宅。
そんな彼女にとって、今日は人生で初めてのサッカー観戦。
「でも、ごめんね。前の試合、行けなくて」
「開幕戦? い~よい~よ、気にしないで~」
申し訳なさそうにする三宅に対し、青木はすぐに手を振る。
「だって急遽、合コンの数合わせだったんでしょ? それより、その合コンどうだった? いい人いた?」
三宅は顔をしかめる。それだけで大体の内容が想像できた。
「すごいガツガツ来られたけど……」
「そりゃ菜名は美人だもん。人気なんだよ~♪」
楽しそうに続ける。
「でも、菜名の運命の人には出会えなかったか~」
三宅が慌てて話を切る。
軽い恋なんてしないと、誓ったばかりなのだから――
そして、ふと前を見る。
「それより早彩……スタジアムって、まさかあれのこと?」
目の前に現れたのは――巨大な宇宙船のような建造物。
圧倒的な存在感。
まるで街そのものみたいだった。
満足そうに頷く。少し誇らしげなようだ。
「あれが、名古屋モトーレのホームスタジアム――名古屋スタジアムだよ♪ 大きいでしょ~?」
「大きいなんてもんじゃないよ!! あんなところで道枝くんたちが試合するの?」
三宅は本気で驚いていた。
スタジアムなど、全く縁のない存在だった。
「ふふ、そうだよ菜名。 まだ時間もあるし、まずはスタジアム周りのグルメとかイベントを楽しむよ!!」
「でもまず、私もその赤いユニフォームが着たい!!」
青木にとって、その反応は想定内過ぎたようだ。
三宅の腕を引いて向かうは――オフィシャルグッズショップ。
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そこはもう、小さなお祭りだった。
マフラータオル、キーホルダー、アクリルスタンド、トートバッグ、ユニフォーム。
とにかく、何でもある。
三宅にとっては、全てが新鮮だ。
「すご~い! たくさんタオルとかあるんだね~! それぞれ選手ごとに分かれてるんだ!」
「そうだよ! やっぱり人気は中井さんの背番号10とか、新加入の横尾選手かな?」
青木が棚を指差す。
その横には、山積みになっている背番号41――道枝紫耀のグッズ。
――道枝くん……まだたくさん余ってるんだね……
少しだけ胸がきゅっとした。
「菜名~! こっちこっち!」
親友が呼ぶ、ユニフォームコーナーへ。
ここも同じく、人気が――そのまま“見える”。
「ねぇ早彩、背番号書いてないのも多いんだね? あと、この12番って何?」
サポーターにとって、簡単すぎる質問だ。
「背番号なしは、チーム全体を応援したい人が選ぶことも多いよ」
「そして、12番サポーター番号――ファンもサポーターも、一緒に戦ってるから、12人目の選手って意味なんだよ!」
少し誇らしげだ。
三宅は感心したように頷く。
そして、少しだけ考えてから手に取った。
「やっぱり私は、道枝くんを応援したいな♪」
青木はニヤニヤが止まらない。
そうして背番号41の在庫が1つ減った。
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続いてのお楽しみは、スタジアムグルメ。
「菜名! あれ美味しそう~!」
「今度はあっち!!」
「次ここ並ぶよ~!」
「ちょ、ちょっと待ってよ~!」
青木のテンションは最初からフルスロットルだった。
次に並んだのは、串焼きの屋台。
そこには――『中井慎吾コラボ・豚しそチーズ焼』の文字が見える。
「ねぇ早彩? 選手コラボメニューって、選手全員分あるの?」
「たぶんないかな~人気選手数名だけだと思うよ。ほら、この店も中井選手だけだし。すいませ~ん! 豚しそチーズ焼2つで!!」
――そっか。
――道枝くんのは、ないんだ。
少しだけ寂しく思う。
ふと周りを見渡すと、背番号なし、12番、10番。
他にも9番の横尾、1番の森などいろんなユニフォームが見える。
目を凝らしてみても、三宅の目に41番の数字は――入らなかった。
――まだ、あんまり浸透してないのかな。
三宅はそっと胸の前の番号を見た。
――大丈夫、私は着てる。
――道枝くん、ちゃんといるよ。
その後も、フェイスペイント、イベントブース、スタンプラリー。
試合前から、すでに楽しい思い出をつくることが出来た。
「どう~? これが試合前のイベントだよ♪ ここに来るだけでも楽しいでしょ?」
2人とも満面の笑みだった。
「うん!! めちゃくちゃ楽しい♪ 中井さんの豚しそチーズ焼もすごく美味しかったね!!」
「メインはこれからだよ! じゃあスタジアム入るから、電子チケット準備してね!」
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スマホをかざす、ゲートを抜ける。
コンコースを進むと、視界が一気に開けた。
青々としたピッチ。
壁のように四方を囲む赤い観客席。
巨大な空間。
音、光、熱。
すべてが、一気に押し寄せる。
「これが――名古屋モトーレが誇る、名古屋スタジアムです!!!」
両手を広げた青木は、少し芝居がかっている。
「……すごい……綺麗……」
それしか言えなかった親友を見て、嬉しそうにしている。
「綺麗でしょ♪ ここが、中井さんや香取くんの仕事場です!!」
――ここで道枝くんが。
――あんなにふわふわしてる人が。
――どんな姿なんだろう。
”名古屋~共に~旋風巻き起こそう~ その気流に乗って前へ進もう~”
圧倒的な声量に鳥肌が立つ。
――みんな、本気で応援してるんだ。
「名古屋モトーレ、スターティングイレブンの発表です――ミッドフィールダー、背番号41――道枝~紫耀!!!!」
「道枝くんスタメンだって!! よかったね!!」
胸が熱くなった。
――すごい。
――やっぱり、期待されてるんだ。
「1stハーフ、キックオフ!!」
目の前で始まる、プロの試合。
スポーツとは無縁だった三宅にとって。
それはもう、戦場だった。
ぶつかる、奪う、走る、倒れる、立ち上がる。
たったひとつのボールを巡って、全員が本気だった。
「本日の来場者数は、40,132人となりました。皆様来場ありがとうございました」
4万人が、道枝たちを観に来ているという事実。
小さな子どもも、家族連れも、大人もおじいちゃんも、おばあちゃんも。
みんな夢中になる世界がここにあった。
――これがサッカーなんだ。
――すごい世界だよ。
――道枝くん……
だが、試合は名古屋が苦しみ仙台が逆転。
スタジアムの空気が変わる。
「おい、道枝!! 何回チャンス潰してんだよ!!」
「ったく、あいつダメだな!!」
「早く代えろよ!!!」
ルールを完璧に理解していなくても分かっていた。
道枝が、責められている。
その事実に胸が痛くなる。
――大丈夫かな。
沖縄で出会ったあの人は、こんなプレッシャーに耐えられるようには、とても見えなかった。
でも――目の前に映る道枝は違った。
泥だらけになって、息を切らして。
足が重くなっても、何度倒れても。
それでも、ボールを追い続けていた。
一瞬たりとも、諦める素振りを見せなかった。
まだ“目”だけは、死んでいないと、素人の三宅でも――感じた。
――なんでそんなに……
理解しようとしても、答えは見つからない。
でも――目を逸らせなかった。
その必死さから。
その痛々しいほどの努力から。
その、負けない姿勢から。
胸の奥が、強く揺れた。
――こんなに。
――道枝くんって、強い人なんだ。
試合終了。
結果は1-2の敗戦。
スタジアムに重い空気が流れる。
「負けちゃったね……菜名、どうだった?」
答えなかった。
いや、答えられなかった。
頭の中にはずっと、泥だらけで走る道枝の姿だけが残っていたからである。
ただ、ぽつりと呟く。
「……綺麗」
「ご、ごめん! 聞いてなかった! 早彩、なんだった?」
青木は優しく笑う。
親友のチグハグな返事が、少し嬉しかった。




