熱い鼓動
―ドイツ デュッセルドルフ
試合当日。
ヨーロッパトレセンで最後の戦術確認を終えた日本代表は、そのままチームバスでスタジアムへ向かう。
誰も無駄な言葉を発さない、試合前特有の緊張感。
窓の外を流れるドイツの街並みを見ながら、選手たちはそれぞれの戦いを始めていた。
約30分の旅路を終え、バスがゆっくりとスタジアムへ滑り込む。
「イタリー!! イタリー!! イタリー!!」
車内にまで響く、地鳴りのような大歓声。
スタジアムの周囲は、熱狂的なイタリアサポーターで埋め尽くされていた。
青いユニフォーム、無数の国旗、鳴り止まないチャント。
インターカップ前最後のナショナルウィーク。
強豪国にとっても、決して軽い試合ではない。
当然現地メディアの熱量も凄まじく、バスを降りた瞬間、記者たちに囲まれる。
「木村選手!! 日本は凄まじい成長スピードで発展してきました! 強豪イタリアと戦うお気持ちは!?」
「平野さん! イタリアにはチームメイトのトゥルーリがいますが、今のお気持ちは!?」
「サッカー後進国の日本が、先進国に挑む今のお気持ちは!?」
質問というより、半分は挑発である。
思わず苦笑した平野の横で、木村はぼそっと呟く。
「……日本の力、なめんなよ」
誰に聞かせるでもない、低い声。
その目は当然、笑っていなかった。
――俺は木村潤。
世界を知っている。
かつて、中井慎吾でも届かなかった場所――ベスト4。
その壁を俺が、先輩たちの分までぶち破る。
そのためにここにいる。
その力があることを――この試合で証明してやる。
――そこまでは、もう来てるんだ。
----------
―ロッカールーム
試合前、最後のミーティング。
指揮官が前に立つ。
「皆さん、今日はいよいよマッチデーです! 相手は世界ランク10位のイタリア。選手全員、5大リーグ所属の格上ですね~♪」
「格上だろうが関係ない。今の俺たちなら問題ない」
木村が即座に返す。静かな声に絶対的な自信がにじみ出ている。
イタリアの中心人物は、エースのトゥルーリと、ボランチのチェルニーリ。
平野も同様に、イタリアリーグで対峙してきた経験から、”やれる”という自信を持っていた。
「Mr.キムラ、この試合の日本代表に求められていることはなんでしょう?」
ハートレーは木村に問う。
答えは即答だった。
「ボコボコにして――日本代表の強さを見せつけること」
誰も笑わない――全員の共通認識である。
ハートレーは満面の笑みを浮かべる。
「えぇ、その通りです♪」
「皆さんは、とても、とて~も成長してきました♪ でも、ヨーロッパの国々は未だに日本の強さを認めません。だからこの試合で、我々の強さを認めさせましょう!」
――そして君たちの“弱み”を再確認する場でもありますが……
この試合で求められていることは、それだけではないのだが、それでも選手には表向きの理由だけで十分だった。
「っしゃあ!! いっちょやってやっか!!!」
国分の大きな声が響き、全員の気持ちが高まる。
「この試合で、君たちに“キュピッ”としたところを見せてほしいです!」
「……キュピッ???」
全員が首を傾げる。
だが、不思議とそれでまとまるのがこのチームだった。
----------
「さぁ!! いよいよ始まりました、シシチャレンジカップ in ヨーロッパ!! 日本代表がヨーロッパに乗り込んで挑戦するこのシリーズ! 今年はなんと、イタリア、ドイツという優勝候補たちと組むことができました!」
実況する中野アナの隣で、解説の渋谷龍太郎はガッハッハと笑っている。
「いや~、昔ならイタリアやドイツとやるなんて夢のまた夢でしたからね~ 今のハートレージャパンには期待できますからね、優勝もありえちゃいますよ!」
「龍太郎さんの言葉は置いておいて……歴代最強なのは間違いないですからね~」
すかさず、もう1人の解説である布川が返した。
その言葉に、中野も引き締まる。
「最後のアピールの舞台、どこまでやれるのか――注目しましょう!!」
タイミング良くそこへ、選手たちがピッチへ姿を現した。
----------
「キムラ!」
声を掛けたのは、イタリア代表のチェルニーリ。
「今日は互いに実りのあるゲームにしよう」
「もちろん。でも、勝つのは俺たちだ」
今回の代表活動は、あくまでメインスポンサー、シシビバレッジ主催の親善試合。
それでも、インターカップ前、最後の真剣勝負に5万人が集まった。
日本人、イタリア人、そして世界中のサッカーファンと、多種多様だ。
「互いに緊張感が入り混じった親善試合が――今、始まります!!!」
―キックオフ
近年、欧州国にも肉薄するような力をつけてきた日本だったが、世界的にはまだ発展途上の中堅国と認識されている。当然今回の勝敗予想も、インターカップ優勝経験もある強豪国・イタリアが上回っていた。
それでもハートレーが作り上げた史上最強世代は――予想を大きく超えていく。
「木村が一人で仕掛けていく!! また一人交わして――右隅にシュート!!」
「決まったぁぁぁ!!! 日本が先制!! 決めたのは、ハートレージャパンの絶対的エース――木村潤!!!!」
揺れるスタジアム。
それは、始まりに過ぎなかった。。
平野が潰す、櫻井が止める。
赤西が収める、手越が仕掛ける。
国分が刺す、長瀬が跳ね返す。
相葉の綺麗なクロス、井ノ原の縦パス。
京本が走り続ける。
そして――
「稲垣の優しいパスが、フリーの木村へ!! 冷静に――決めたぁぁぁ!!!!」
――やれる。
――俺たちなら、慎吾さんでも届かなかった場所へ。
――ベスト4、そしてその先へ。
――俺が、慎吾さんを超える。
「日本代表!! イタリアを3-0で撃墜!!!!」
その瞬間、世界中が認識を改めることになった。
――日本は、もう挑戦者ではない、本気で優勝を狙う国だと。
大手ブックメーカーの優勝オッズも、当然一気に跳ね上がる。
だがそんな中、ひとりだけ、浮かない顔をした男がいた。
スーツ姿で腕を組み、静かに試合を見つめる男だ。
「うーん……やっぱりどこか、キュピッとしてないですね……」




