掴み取るのは、君なのか
―3月中旬
ドイツ デュッセルドルフ
人気マルチサッカーメディア・フットダイレクト。
その看板記者のひとり――スポーツジャーナリストの髙比良は、ノートPCに向かって黙々とキーボードを叩く。
日本代表専門ジャーナリスト。
それが彼の肩書きであり、生き方でもある。
特にインターカップ前となれば、安息の時間など存在しない。
街の灯りが消えていく深夜。だが、彼にとってこの時間はむしろ本番だった。
取材、分析、執筆、また取材。
寝る時間すら惜しい。
今も編集長から直々に依頼された記事を書いている。
テーマは――“サプライズ選出”。
「もぅ、ドイツ遠征の取材中だっていうのに……編集長も人使いが荒いんだからぁ~」
髙比良は肩を回しながらぼやいているが、口元はしっかり笑っていた。
むしろ、この忙しさが心地いいとさえ思う。
彼にとってそれは天職だった。
「今年もこのドキドキワクワクな季節がやってきたね~♪」
この時期、サプライズ選出候補の記事は圧倒的に読まれる。
読者も、メディアも、そして選手本人ですら気にしている。
過去4年間、ジョージ・ハートレー率いる日本代表――ハートレージャパンで招集された選手は、合計84人。
だが、インターカップ本戦には、その84人の外から滑り込んでくる選手がいる。
それが――“サプライズ”。
「あのハートレー監督が考えるサプライズ、か……」
ジョージ・ハートレー、45歳。
若くして数々のクラブで優勝争いを演じてきた名将。
取材する側から見ても、とにかく読めない男だった。
劣勢の流れを一瞬で変える采配。
試合中に空気を変える修正力。
その不思議な手腕から、ついた異名は――”ハートレーマジック”。
日本代表では基本的に4-2-3-1。
だが過去に率いたクラブでは、使うシステムがすべて異なっている。
固定観念がない。
だからこそ、代表選考も読めない。
「歴代の代表監督で、ダントツ何考えてるか分からないんだもんな~」
髙比良は脂っぽい髪をかき上げて、水を一口飲む。
飄々としている、多くを語らない、なのに結果だけは出す、記者泣かせのハートレー。
だが、だからこそ面白いとも感じていた。
パソコン画面には打ち込んだ記事タイトルが表示されている。
”あるぞインターカップ!! 今注目したいサプライズ選出候補5人!!”
「この5人は、かなり可能性高いんじゃないの~♪」
取材ノートを見返しながら、スラスラと文章を打ち込んでいく。
「やっぱりハートレージャパンでは未選出だけど、この二人はもう一回代表で見たいよね~♪」
まずはこの二人。
川崎ヴァレンティア MF 中山 理人
――中盤の底で攻撃のタクトを振る川崎の絶対的な”10番”。生来のパスセンスからゴールに直結するプレーを繰り出すこともあるが、長短のパスを操ってのゲームメイクが真骨頂であり、チームの舵をとるボランチとして、ASリーグ屈指の実力を備える28歳。出場こそ無かったが、前回大会にも選出されており本戦の空気を知る人物。
そんな彼の最大の敵は”怪我”である。度重なる怪我でフルシーズンを戦い抜いた経験は数えるほどしかなく、直近3シーズンでは15試合程度しか出場出来ていない。現在も負傷離脱中と相変わらずの”スぺ体質”であるが、出場すれば違いを見せる選手なだけに代表復帰にも期待がかかる。
「出れば違いを作れる。ほんと、それだけなんだよね~」
東京アミボーラ DF 白岩 拓実
――SBとCBをこなし、最終ラインの全てを高いレベルで賄える33歳のベテラン。昨シーズンはチーム事情により左SB、右SB、CBとポジションが転々としていったが、ASリーグ全試合にフル出場するなど抜群の安定感を見せベストイレブンを受賞。福留大学を卒業した頭脳と、185㎝の恵まれた肉体を併せ持っており最終ラインの高度な駆け引きの他、エアバトルやスプリント勝負にも強さを見せる。
インターカップ本戦などの短期決戦においては、白岩のようなポリバレント(注1)な人材をバックアップ要員として選出する意味は大きく、若槻ジャパン以来の日本代表復帰もありえるだろう。
「うんうん。この二人はサプライズ感こそ少なめだけど、本戦を考えたら普通にあるよね~♪」
サプライズとは、必ずしも初選出とは限らない。
しばらく遠ざかっている選手。
忘れられかけた実力者。
そこにも可能性はある。
だが髙比良にとって、“ハートレーっぽさ”が足りない。
「これぞサプライズって感じなら、この二人かな~♪」
プロ未経験の高校生。
そして、まだブラジル国籍の中堅。
普通ならありえない。
だからこそ、面白い。
市見高校 FW 正門 敬太
――1月の選手権で準優勝した市見高校のエースストライカー。195cmの長身を活かしたポストプレーと、どんな形でも決め切る決定力の高さで得点を量産し、2年連続で選手権の得点王を獲得。怖い物知らずなアグレッシブさで前線からボールホルダーにプレスをかける等守備貢献度も高い。各世代別代表を経験し、高校卒業後はドイツ1部のクリードバッハ加入が内定しており、『超高校級』の名を持つ。赤西や藤ヶ谷とプレースタイルが被る部分も多くまだまだ荒削りな部分も多いが、怖いもの知らずのフレッシュさはチームが停滞した時の起爆剤になりうる。
「こういう若さって、停滞した時の起爆剤になるし、将来的にも大きいんだよねぇ」
ホナマータ大阪 FW/MF ガブリエル・ロペス
――今年5月に日本国籍を取得する見込みであるブラジル出身の30歳。20歳で来日すると、ASリーグでは4クラブ10シーズン、通算81得点を記録するなど長年リーグを代表してきた存在。最大の特徴は南米出身特有のリズムで簡単に抜き去るドリブルと両足の技術力で、1.5列目から2列目であればどの位置でもプレー可能な柔軟性も併せ持っている。日本語でのコミュニケーションにも問題ない他、欧州クラブのオファーに目もくれず日本国内でのプレーを希望し、日本への帰化を望むなど大和魂に溢れたナイスガイ。現状日本代表資格はないが、インターカップ本戦までには帰化見込みであり、ギリギリではあるが日本代表選出への可能性は残されている。
「これぞサプライズって感じで、選ばれたらめちゃくちゃ話題になるよね♪」
髙比良はそこで少しだけ手を止めた。
最後の一人――これは、ずっと名前が挙がっていた存在だった。
「やっぱり前々から代表入りが期待されてるこの人は、外せないよな~♪」
名古屋モトーレ MF 横尾 慶一郎
――今季、鹿島から名古屋へ電撃移籍した国内No.1司令塔。最大の特徴はスキを見逃さない攻撃の鋭さ。過渡期を迎えた鹿島では、指揮官の交代が相次いだことでチームスタイルが常に変化するも、保持型・非保持型関係なく起用されトップ下として常勝鹿島を支えてきた。ベストイレブンの受賞歴もあるリーグを代表する選手であるが、世代別代表含め代表経験が無く、環境の変化を求め元日本代表・中居率いる名古屋へ移籍。現状、中井とのポジション争いに勝利するも鹿島時代ほどのインパクトは残せずチームも下位に低迷中。それでもハートレー監督が会見で名指しするなど日本代表入りに最も近い存在には違いなく、最後のアピールで悲願のA代表・インターカップ本戦メンバーへ滑り込みとなるか注目したい。
「今までだって選ばれてもおかしくなかったんだけどねぇ……」
髙比良は少しだけ苦笑する。理由は明確だった。
トップ下という名の――”花形役者”。
日本サッカーにおける、特別なポジション。
その座はかつて、中井慎吾のものだった。
そして今は、木村潤。
5大リーグでプレーする松本ですら、控えに回る。
それほどの場所。
そこへ挑むということ。
それは、人生を賭けるということだった。
「その状況を変えるために」
髙比良は小さく呟く。
「ジュニアユース時代から過ごした鹿島を離れて、中井選手のいる名古屋へ、か……」
中井慎吾。
かつての日本代表の象徴、その男がいるクラブへ。
しかも、その本人とポジションを争う。
「……覚悟は相当だよね♪」
画面を切り替える。
今度は、名古屋モトーレの試合映像。
そこに映るのは――ボランチでプレーする中井だった。
「選手生命を延命させるための苦肉の策か」
――それとも
「……草彅監督が見つけた、新しい可能性なのか」
答えはまだ誰も分からない。
だが、まだひと波乱ありそうな予感がして、思わず笑ってしまう。
彼が記事を書き終えた頃には、デュッセルドルフの夜がすっかり更けていた。
眠る時間なんてもう数時間もないのだが、疲れより先に、ワクワクする感情が止まらない。
「明日……いや今日はどんな取材ができるか、楽しみだな~♪」
彼もまた、”サッカーと共に生きること”を選んだ人間である。
結局その夜、彼は一睡もしないまま、朝の取材へ向かうのだった。
(注1)ポリバレント・・・1人で複数のポジションや状況に応じて異なる役割をこなせる多面性のこと。




