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未来を照らす、蒼き侍

―3月中旬

日本蹴球協会・東京オフィス


都内の一角にあるその建物には、朝から異様な熱気が漂っている。

テレビ局、新聞社、スポーツ誌、ウェブメディア。

日本中の記者たちが押し寄せ、廊下まで人で埋まっている状況だ。


4年に1度、選ばれし32か国によるサッカーの祭典――インターカップ。

今日ここで発表されるのは、本大会前最後の代表活動期間に招集される代表選手。

つまり――この次の招集は、6月に開催される本大会の登録メンバーそのもの。

今回の招集は、代表に残るための最後のアピールの場だった。


張り詰める空気の中、フラッシュを浴びながら現れたのは、日本代表監督――ジョージ・ハートレー。

穏やかな笑顔、どこか掴みどころのない雰囲気。

だが、実績は本物。

数々のビッグクラブを率い、結果を残してきた名将だが、その独特すぎる采配から世界ではこう呼ばれている。


”ハートレーマジック”と――


「では只今より、シシチャレンジカップ in EUROPA、日本代表招集メンバーの発表を行います」


「ゴールキーパー、サクライ・カズナリ。ニカイドウ……」


淡々とひとり、またひとりと名前が読み上げられていく。

呼ばれたのは、お馴染みの面々。

目立ったサプライズ招集はなく、記者たちの反応は静かなものだった。


記者たちは小さく視線を交わしながら、小声で話す。


 「今回もサプライズなし、か……つまんねぇな……」


 「就任当初は、毎回違うメンバーを呼ぶくらい大胆だったのに……もう、かなり本戦メンバーは固まってきたんだな……」


発表が終わり、質疑応答へ移る。

今回の対戦相手は、共に優勝候補のイタリアとドイツだ。


「しっかり本番に向けて戦ってほしいよね~! こんな強豪国と戦える機会、なかなかないよ~♪ 自分たちの現在地をちゃんと確認したいね♪」


少し身振りを交えながら続ける。

その返答に、記者たちはさらに踏み込んだ。


「やはり強豪国と渡り合うには、不動のエース・木村選手とボランチの平野選手の存在は大きいですよね?」


「Mr.キムラとMr.ヒラノはワールドクラスの選手だからね~」


一度頷いてから、指を振る。


「でも、それだけじゃダメダメ。全員で戦わないといけないから、メンバーもまったく決まってないよ」


ひとりの記者が鋭く聞く。


「ということは、今回選ばれていない選手にも本戦メンバー入りの可能性は?」


「もちろん!!」


即答したことで、ざわめく会場。


「僕たちの目標は、最(・)低(・)で(・)も(・)ベ(・)ス(・)ト(・)4(・)だからね♪ 国内あってこその海外挑戦だから、もちろんASリーグもチェックしてるよ♪ 名古屋の横尾とか川崎の中山とかもいい選手だよね♪」


「ここで満足しちゃダメだよ♪」


まだ、扉は閉じていないことを示す言葉。

その名前が出た瞬間、数人の記者がペンを走らせている。


「サプライズ大好きです♪」


----------


―数日後

ドイツ デュッセルドルフ


冷たい風が吹き抜ける街の一角に、日本代表関係者たちが次々と集まっていた。

近年、主力の多くがヨーロッパでプレーするようになった日本代表。

その代表活動をより高いレベルで行うために作られた、欧州における最前基地。

それが、数年前に設置したヨーロッパトレーニングセンター。

通称――ヨーロッパトレセンだ。

天然芝のピッチ、屋内練習場、クラブハウス。

すべてが、世界と戦うために用意された場所である。


その中で肌寒さを感じながらいた指揮官は、時間を気にせず動画投稿サイトの旅行Vlogを見ていたのだが、周囲のスタッフにせかされるように、取材陣の前に立つ。

インターカップ直前ということもあって、欧州メディアは各国代表への関心が高く、日本代表の拠点にも各国のメディアが集結していた。


「ハートレー監督!!」


ドイツメディアの記者が真っ先に声を上げる。


「監督就任前は世界ランク46位、現在は13位。世間ではハートレージャパンが”史上最強”と言われてますが?」


「それはみんなの頑張りだよ~♪」


少し笑って、独特な手振りで説明する。


「ガッてなって、シュってしてくれたからね!」


記者たちは一瞬だけ止まり、それでも真剣にメモを取る。


「やはりエース木村が不可欠ですよね?」


オランダメディアが続く。

本大会のグループステージは、オランダ、フィンランド、アルジェリアと同じ――グループF。

その中でも、オランダ1位通過の脅威となりうる日本への注目はかなり高かった。


「もちろん欠かせないけど、Mr.キムラ任せのチームじゃないんだから~♪ 日本の子たちはとっても勤勉で、こっちの選手にない良さがたくさんあるよ! インターカップの後、どれだけヨーロッパに注目されるか――楽しみだな~♪」


各国メディアは、満面の笑みを見せたハートレーに戦々恐々とした。


---


メディア取材が終わる頃、ほとんどの選手がクラブハウスへ到着した。


最後に姿を見せたのは――木村潤。

イングランドのビッグクラブでプレーする、日本代表の絶対的エース。

誰もが認める、日本の顔だった。

木村は静かに車を降りて、チームと合流する。




「コホン――みんな集まりましたね! 久しぶりです♪」


指揮官の柔らかい声に、空気が少し緩む。

この気さくな男が、日本代表をここまで変えたというのに、木村でさえ未だにどこか掴みどころがないと感じている。


「いよいよ4年間の集大成、インターカップも近づいてきたね。今回の遠征では、もっとゴ~ッと、そしてギョギョッとすることを目標に頑張ろう!」


相変わらず擬音が多い。

選ばれた選手全員が同じことを思っている。

だが、不思議と誰も詮索しない。

詮索したところで、深い意味はない。

それを知っているからだ。


「Mr.キムラから、キャプテンとして一言ほしいな~」


少し張り詰めた空気に変わる。

木村は静かに立ち上がると、視線をひとりひとりに向けた。


「お前ら、いよいよインターカップまで、3ヶ月を切った」


誰もが背筋を伸ばす空間。


「本戦出場するとか、決勝トーナメント進出するとか――そ(・)ん(・)な(・)時(・)代(・)は(・)、(・)も(・)う(・)終(・)わ(・)っ(・)た(・)」


重い言葉には誰も反論しない。


「いよいよ、本気で世界と戦う時が来たんだ――死ぬ気で戦え、いいな!!」


木村の目は、真っ直ぐ前だけを見ていた。

誰しもが信頼する"絶対的エース"。


――だからこそ。


その隣に立てる存在が、必要だった。


----------


――ロッカールーム


練習前のわずかな時間。

選手たちはそれぞれ準備を進めていた。


「松本さん、聞きました? さっきの監督のインタビュー」


チーム最年少の国分が、やや嬉しそうに声をかける。


「名古屋の横尾さんとか、川崎の中山さんとか、代表あるかもって話っすよ」


松本は鼻で笑った。


「そんなもん、た(・)だ(・)の(・)リ(・)ッ(・)プ(・)サ(・)ー(・)ビ(・)ス(・)だろ。横尾って昔から代表候補って言われてたしな……それに、俺は代表の座を譲る気なんて更々ない」


松本は木村や横尾、そしてかつての中井と同じトップ下の1人。

横尾が狙うべき控えトップ下の座には、松本が座っている。


「自分も松本さんの方がいいと思いますけど……亀っちはリーグでやったんだよね? どうだった?」


「うーん……国内ではレベル高いと思うけど、やっぱ目の前で木村さん見ると、レベチだなって。あと国分も同い年なのにスペインで活躍してて……やっぱ日本代表は違うよ」


苦笑い。

つい、本音が漏れる。


「お前らも、努力を続けないと選ばれなくなるぞ。ここはそういう場所なんだ」


松本が少しだけ厳しい声を出す。

中井の時代が終わり、自身を飛び越えて、木村の時代となった。

絶対的エースになれない”永遠の2番手”――それでも、その役割で世界と戦う覚悟はできていた。


「そういえば、中井さんボランチやってるらしいね」


国分がふと思い出したように言う。


「……ってマジか!? 慎吾さん、ボランチなのかよ……想像つかねぇな。亀梨、どうだった?」


驚いて亀梨に聞いても、返答が耳に入ってこない。

全員の脳内にあるのは、ピッチで躍動し、スタープレイヤーと対峙する――背番号”10”。

走れない、攻めれない、守れない――動けないボランチという人物は、存(・)在(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。


「慎吾さんは……あの怪我さえなければな」


かつて、日本代表の中心にいた男。

誰もが、その背中を追っていた。


「おい、お前ら私語が多いぞ!!」


木村の低い声が響く。

だが、その横からは平野の穏やかな声。


「まぁまぁ、落ち着いていこ。リラックスは大事だよ」


「俺は落ち着いてるさ」


自分にも他人にも厳しい木村と、静かに全体を見渡す平野。

正反対の2人が、チームの中心であった。


----------


―日本 名古屋


「くそが!!!」


横尾の怒声が、部屋に響いた。


「今回も選ばれなかった!!」


名古屋の自宅。

ひとり、天井を睨みつける。

名古屋へ移籍した理由はひとつ。


日本代表に選ばれ、インターカップに出るため。


それなのに――本戦前、最後の代表活動にも呼ばれなかった。


「なんのために名古屋に来たんだよ!!!」


飲み終えたビール缶を、思わず投げつける。

優勝争いをしていた鹿島から、残留争いに巻き込まれつつある名古屋へ。

すべては、自分を証明するためだった。


――これなら、移籍しなければよかった。


苛立ちが止まらない。


「中井がボランチで足引っ張るなんて聞いてねぇぞ……」


なんとなく、テレビをつける。

ただ、静寂が嫌だった。

そのうち、スポーツニュースによる日本代表特集が流れだした。


「本日、日本代表はドイツ・デュッセルドルフにあります――」


――見たくねぇし、聞きたくねぇ


チャンネルを変えようとした、その瞬間。

テレビから聞こえるのは、あのハートレーから発せられた、自身の名前。


――俺の……名前?


画面を見つめる。


「まだメンバーは決まっていないとのことです。国内組も含め、メンバー争いは激化しそうです」


「……まだ、決まってない」


代表発表の会見なんて見ていなかった。

見るつもりもなかった。

リップサービスかもしれない。いや、多分そうだ。

それでも――監督は、俺を見ている。

認知している。

可能性はかなり少ない。

良くて、サプライズ選出。


「絶対に――日本代表に選ばれる。中井(あいつ)の目の前で――超(・)え(・)て(・)や(・)る(・)」


確実に、日本代表は近づいている。

その事実だけで、今は十分だった。

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