逢いたいのは、昔を知っているから
クラブハウスへ向かう車が、朝の街を静かに走る。
カーオーディオから流れるのは、毎年クラブにサポートソングを提供してくれる名古屋出身アーティスト――”ストフェル”の楽曲。
耳に馴染んだ旋律を聞きながら、中井は今日の予定を頭の中で整理していた。
道枝とのトレーニング。
新体制発表会。
その後のチームミーティング。
ひとつずつ確認するたび、胸の奥がわずかにざわつく。
緊張と期待。その両方が、確かにそこにあった。
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―名古屋モトーレ・スポーツセンター。
到着した駐車場は、まだ空きが目立つ。
エンジンを切ると、冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「慎吾! やっときたか〜 今年もよろしくな!!」
振り向くと、ネイビーのスーツを着こなした男が手を上げていた。
――長野吾郎。
ユース時代からの同期であり、腐れ縁。
クラブ一筋で現役を終え、今は強化部長としてチームを支えている。
「今年もよろしく……って言いたいところだけどな。今年は俺も瀬戸際だぞ」
「そんなこと言ってもしょうがないだろ〜」
長野は肩をすくめる。
「お前との契約もあと半年。GMは次の顔を欲しがってるんだ」
一拍置いて、少しだけ声のトーンが落ちた。
「……このままのパフォーマンスなら、クラブのレジェンドでも厳しい」
はっきりと突きつけられる現実。
「だからこうして早く来てるんだろ。自分が終盤にいることくらい――分かってる」
「フロント入りなら、いつでも歓迎するぞ?」
「悪い冗談はよしてくれ」
軽く流しながらも、その言葉はどこか引っかかる。
「それより、草彅監督は?」
「ああ、もう待ってる」
2人はそのまま監督室へ向かった。
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ドアを開けると、見覚えのある背中があった。
「草彅監督、お久しぶりです!」
「慎吾。お前も、もうベテランだな」
振り返ったその表情は、昔と変わらない。
ユースから昇格した当時、チャンスを与えてくれた恩師。
あの人がいなければ、今の自分はない。
そう言い切れる存在だった。
「また監督のもとでプレーできて嬉しいです」
「去年のプレーも見てたぞ。 ……ありゃ、ひでぇな」
容赦のない一言。
だが、その辛辣さが妙に懐かしい。
思わず、口元がわずかに緩む。
間違いなく、この人だ。
「今シーズンもあんなプレーするなら、このチームは変わらない」
「……全力を尽くしますよ。あの時みたいに」
言葉が少しだけ詰まる。
かつて自分が奪ったポジション。
その記憶が、今の自分と重なっていた。
監督の無言の視線が刺さる。
――今の自分は、どう映っているのだろう。
「……そろそろ道枝が待ちきれなくなるぞ」
長野が空気を切り替える。
「そうだな。あの子にとって、お前は“ヒーロー”だ。行ってやれ」
「ありがとうございます。また後で」
頭を下げ、部屋を出る。
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「しかし……道枝は本当に慎吾のこと好きですね」
「美帆ちゃんより好きだぞ、あいつは」
「それは間違いないですね」
草彅は小さく笑う。
「……これから大変だぞ、あいつらは」
その言葉に、長野が声を上げて笑った。
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トレーニングウェアに着替え、グラウンドへ出る。
冷たい空気に、白い息が浮かぶ中、すでに準備万端で待っている影があった。
「おはようございます、慎吾さん! 今日は何から始めますか!」
弾けるような笑顔。
――道枝紫耀。
ユースから昇格したばかりのルーキーだ。
「おはよう、道枝。気合い入りすぎだ」
中井は苦笑し、肩に手を置く。
「キャンプ前なんだから無理するな。リラックス」
固くなった肩を軽くほぐすと、道枝は少し照れたように頷いた。
2人でボールを回し始める。
冬の空気が肌を刺し、呼吸は白く染まる。
「なあ道枝。草彅監督、ユースで一緒だったんだろ?」
「はい……でも、その……」
言葉を探すように視線を落とす。
「見てるところが違うっていうか……自分、主力でもなかったのに、急に昇格って言われて……」
戸惑いの残る声。
だが、ボールタッチは確かだ。
スピードは抜けている。
粗さもあるが、それ以上に光るものがある。
――あの頃の自分たちと、どこか重なる。
自然と、期待が膨らんでいた。
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トレーニングは終盤へ。
「いい時間だな。あと少しやって上がるか」
「はい!」
「最後のメニュー、お前が決めろ」
「……じゃあ!」
顔を上げる。
「慎吾さんのパス、受けてシュートしたいです!」
迷いのない答えだった。
「分かった。じゃあ行くぞ」
そうして、左足から放たれたボールは、寸分の狂いもなく道枝の足元へ。
スムーズなトラップと無駄のないシュート。
タイミングも、受け方もいい。プレーの流れに無駄もない。
将来を感じさせる一撃だった。
道枝がニヤニヤしながら駆け寄ってくる。
「なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「だって!」
息を弾ませながら笑う。
「慎吾さんからのパスでゴール決められたんですよ? 慎吾さんは僕のヒーローなんですから!」
まっすぐな言葉。
その笑顔は、眩しいほどだった。
胸の奥に、わずかな痛みが走る。
今の自分を思えば、その期待が少しだけ重い。
「……よし、シャワー浴びて飯行くぞ」
「はい!」
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食堂はすでに賑わい始めていた。
「ちゃんと食えよ。アスリートなんだから」
「もぐもぐもぐ……」
――ハムスターみたいだな。
口いっぱいに詰め込む姿に、思わず苦笑が漏れる。
「慎吾さん、よろしくお願いします。今日は早いですね」
「おう、香取くん。今年もよろしくな」
「ベテラン同士、今年も頼むぞ」
「健さん、こちらこそ!」
見慣れた顔ぶれ。大きな補強は少なく、チームはほぼそのまま。
だからこそ、この空気は心地いい。
「聞いてくださいよ、こいつさっき――」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ!」
笑い声が広がる。
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「皆さん、お集まりですか〜?」
広報・原田の声が響く。
「出発しますので、バスへお願いしま~す!」
「はーい」
立ち上がり、移動する。
「よいしょっと」
「慎吾さん!」
振り向くと、すぐ隣に道枝がいた。
「また隣来ちゃいました♪」
子犬の様に目を輝かせながら、当然のように座ってくる。
無邪気なその様子に――思わずニヤついた。




