↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/28

まだ始まったばかりだから

皆さんこんにちは、道枝紫耀です!

今、僕たちは山口県に来ています。

なんで山口に来ているのかというと――菓子杯でキンターイ山口と対戦するからです!


サッカーファンの間で“菓子杯”と呼ばれる国内三大タイトルの1つ――タムラビスケットカップ。

本日開催される2回戦の相手は、3部のアスカディア奈良を破り勝ち進んできた、同じく3部所属のキンターイ山口である。


なんと今回の遠征メンバーは控え組が主体で、横尾さんやエースストライカーのデ・フリースさんなどは選ばれてません!!

しかもリーグ戦で出てたレギュラー組はほとんどベンチスタートなのです……

スタメンなのは僕(・)と(・)慎(・)吾(・)さ(・)ん(・)だ(・)け(・)。

リーグ戦からそんなに日にちが経っていないので、疲れはたまっていますが…慎吾さんと一緒に頑張ります!

どうやら、慎吾さんも山口でサッカーするのは初めてらしいです。


「どうだ、山口のスタジアムは?」


「うちのホームとは全然違いますね」


国体の為に造られた、どこにでもあるような地方の陸上競技場。

所々芝生が荒れ果てたピッチ。

平日と言うことを加味しても、空席が目立ち熱量の少ない地元サポーター。

プラスチックのような素材がむき出しで、クッション性のないベンチシート。

名古屋の環境が、どれだけ恵まれていたのか――それを理解するには十分だった。


「これが――日本の3部の現状だよ。俺らの環境って、当たり前じゃないんだよ」


――恵まれてるんですね、僕たち……


「まぁ俺はルーキーの時、秋田へレンタルされてるから似たような環境でプレーしてるんだけどね」


長野も話を聞いていた。


「今日勝てば、次は秋田と当たる可能性はあるぞ。うちが勝って、秋田も勝てばの話だけどな」


「聞いたか、道枝? そのためにはまず今日だな!」


中井さんがルーキー時代を過ごしたスタジアム。そこで僕も……プレーしてみたい。

そのためにも、勝たないと……


----------


―ロッカールーム


いつものようにキャプテンの仕事を全うする。


「今日はカップ戦だ。相手は3部のキンターイ山口、この意味が分かるな、道枝?」


突然振られて思わず背筋が伸びた。


「……勝って当たり前」


「そうだ。俺たちはリーグ創設から存在する、由緒正しきチーム。ほとんどの人が、俺たちの勝利を予想しているだろう……だからこそ、負けは許されない。ジャイアントキリング(注1)される側になっちゃだめだ。いくぞっ!」


「おうっ!!」


慎吾さん、今日もかっこいいな。

こういう時、自然と空気を変えられる。


――やっぱり、この人は特別だ。


----------


だが――試合は予想とは違う展開になった。

優勝経験もある1部常連の名古屋と、3部常連の新興クラブである山口。

誰もが名古屋の快勝を予想する対戦カード。


にもかかわらず――名古屋の攻撃は停滞していた。

ボールは保持しているが、崩せない。

アタッキングサード(注2)に入るだけ。

山口は全員で引いて守り、隙あらばロングカウンターを狙ってくる”弱者のサッカー”を展開する。


――前に出たいのに、出られない。


「道枝! 攻めすぎて後ろのスペース作りすぎるなよ!」


慎吾さんは分かってる。

相手の狙いが、一(・)発(・)の(・)ロ(・)ン(・)グ(・)カ(・)ウ(・)ン(・)タ(・)ー(・)だって。

ディフェンスの数が多すぎる。

全然崩せない。

でも――僕が崩さないと……


徐々にスタンドから不満が漏れ始める。


「おいおい、全然シュートまでたどり着いてないじゃね~か」


「今のところ、クソつまんねえぞ」


「もっと攻めろよ! お前ら1部だろ!!」


土岡はなだめているが、その声は残念ながらピッチにも届いてしまう。


――やっぱり、僕じゃ物足りないのかな……


後半、主力組が投入されても流れは変わらない。

ただただボール支配率だけがやたらに高いまま、延長戦へ。


身体が重い。

足が動かない。

呼吸が苦しい。


「道枝っ!! 遅いっ!!」


――しまった!!


「カウンターだ! みんな早く戻れっ!」


まずい――間に合わない。





放たれたシュートは、わずかにゴールの外。


「あっぶね~」


「おい! お前ら真剣にやれよ!」


スタンドの空気はさらに重い。


「慎吾さん、すみません」


「気にするな。疲れたところを突く、それがあいつらの狙いだから」


ここでも優しい。

でも、そのままじゃ――だめだ。


「それより、お前まだ走れるか? カウンターくらいそうになっても、お前が攻めないと勝てないんだよ」


プロ1年目だろうが関係ない、勝利を掴むための――”責任”。

ピッチに居る以上、決して逃げることは許されないことを再認識させる。


「さっき監督から、俺好みで好きにお前を走らせろって。今まで以上に厳しい所へ出すかもしれないけど、頼むぞ」


「絶対に受け取ります!」


慎吾さんだって、フル出場で疲れてる。

絶対、応えたい。


延長後半、互いの我慢比べ。

少しずつ山口が前に出てくる――その分、スペースが空く。

中井はボールを持ちながら、静かに道枝の気づきを待っていた。


――慎吾さん、ドイツ時代は……あ(・)そ(・)こ(・)狙(・)っ(・)て(・)た(・)。


相手に気づかれず、オフサイドにもかからない――あの絶妙な場所。


――来る。信じてる。


誰もいないスペースへ転がる白いボール。

反応したのは――道(・)枝(・)紫(・)耀(・)だ(・)け(・)。


「道枝、ナイスだ!!!」


ホントに来た。

やっぱり、慎吾さんは変わってない。

でも、このパスを無駄にしちゃいけない……誰か――!


「道枝、来い!!」


村上さん!!


僕は迷わず、横へ流す。

そのまま、冷静に流し込んだくれた。


「ゴォォォォル!!」




「やっとか」


「ハラハラさせんなよ」


「村上ナイス!」


試合を決定づけるゴールに、サポーターは少しだけほっとする。


「道枝、ようやったわ!!」


「道枝、いい走りだったぞ!」


村上が頭を叩き、中井は笑顔で抱きしめる。


――痛いですって! でも、すごく嬉しい。


草彅も珍しくほめる。


「絶対にここには勝てるよなって思われてる、落とせないゲームってのがこ(・)れ(・)なんだよ、道枝」


結局、このゴールが決勝点となり――名古屋モトーレは1-0で3回戦進出を決めた。


――試合には勝った。満足できてるのか分からないけど……


----------


”BOOOO!! BOOOO!! BOOOO!!”


格下に苦しんだ内容。

試合後、ゴール裏の不満は溜まっていた。


「お前ら勝つ気あるのかよ!!」


「3部相手にギリギリかよ!」


「危うくジャイアントキリングだよ!」


土岡が必死に止めるが、それでも声は止まらない。


「優勝争いどころか――降(・)格(・)争(・)い(・)だろ!」


勝った――でも、それだけじゃ足りない。


中井が前に出る。


「今日も応援ありがとう。確かにまだ不甲斐ない結果が続くけど、変わらず応援してほしい」


「リーグ戦は大丈夫なのかよ!」


「少しずつ、形になってきてるんだ。次も共に闘ってくれ」


サポーターを落ち着かせるためについた嘘が、自身の胸にも響いてしまう。

それを分かってなのか、土岡は大きく反応した。


「当たり前だ! 共に闘おう、みんな!」


場が少し落ち着いた所で、草彅がサポーターに語り掛ける。


「名古屋モトーレをもっと強い勝てるチームにするのが私の責任だと思っています。今でも変わらず、優勝を狙うことには変わりありませんから」


その言葉にゴール裏は、名古屋コールで応えた。

だが――若手サポーターのフラストレーションは消(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。

土岡は苦悩を覚悟して、陸上競技場を後にした。


――僕がもっと……良いプレーが出来たら……


「サポーターからあんな風に言われたが、あれはナイスプレーだったぞ!!」


――慎吾さんが褒めてるんだ、この試合は無駄じゃなかった――よね?

(注1)ジャイアントキリング・・・格下が格上を打ち破る番狂わせのこと。

(注2)アタッキングサード・・・ピッチを3等分したうち、相手ゴールに最も近い3分の1のエリアのこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。