まだ始まったばかりだから
皆さんこんにちは、道枝紫耀です!
今、僕たちは山口県に来ています。
なんで山口に来ているのかというと――菓子杯でキンターイ山口と対戦するからです!
サッカーファンの間で“菓子杯”と呼ばれる国内三大タイトルの1つ――タムラビスケットカップ。
本日開催される2回戦の相手は、3部のアスカディア奈良を破り勝ち進んできた、同じく3部所属のキンターイ山口である。
なんと今回の遠征メンバーは控え組が主体で、横尾さんやエースストライカーのデ・フリースさんなどは選ばれてません!!
しかもリーグ戦で出てたレギュラー組はほとんどベンチスタートなのです……
スタメンなのは僕と慎吾さんだけ。
リーグ戦からそんなに日にちが経っていないので、疲れはたまっていますが…慎吾さんと一緒に頑張ります!
どうやら、慎吾さんも山口でサッカーするのは初めてらしいです。
「どうだ、山口のスタジアムは?」
「うちのホームとは全然違いますね」
国体の為に造られた、どこにでもあるような地方の陸上競技場。
所々芝生が荒れ果てたピッチ。
平日と言うことを加味しても、空席が目立ち熱量の少ない地元サポーター。
プラスチックのような素材がむき出しで、クッション性のないベンチシート。
名古屋の環境が、どれだけ恵まれていたのか――それを理解するには十分だった。
「これが――日本の3部の現状だよ。俺らの環境って、当たり前じゃないんだよ」
――恵まれてるんですね、僕たち……
「まぁ俺はルーキーの時、秋田へレンタルされてるから似たような環境でプレーしてるんだけどね」
長野も話を聞いていた。
「今日勝てば、次は秋田と当たる可能性はあるぞ。うちが勝って、秋田も勝てばの話だけどな」
「聞いたか、道枝? そのためにはまず今日だな!」
中井さんがルーキー時代を過ごしたスタジアム。そこで僕も……プレーしてみたい。
そのためにも、勝たないと……
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―ロッカールーム
いつものようにキャプテンの仕事を全うする。
「今日はカップ戦だ。相手は3部のキンターイ山口、この意味が分かるな、道枝?」
突然振られて思わず背筋が伸びた。
「……勝って当たり前」
「そうだ。俺たちはリーグ創設から存在する、由緒正しきチーム。ほとんどの人が、俺たちの勝利を予想しているだろう……だからこそ、負けは許されない。ジャイアントキリング(注1)される側になっちゃだめだ。いくぞっ!」
「おうっ!!」
慎吾さん、今日もかっこいいな。
こういう時、自然と空気を変えられる。
――やっぱり、この人は特別だ。
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だが――試合は予想とは違う展開になった。
優勝経験もある1部常連の名古屋と、3部常連の新興クラブである山口。
誰もが名古屋の快勝を予想する対戦カード。
にもかかわらず――名古屋の攻撃は停滞していた。
ボールは保持しているが、崩せない。
アタッキングサード(注2)に入るだけ。
山口は全員で引いて守り、隙あらばロングカウンターを狙ってくる”弱者のサッカー”を展開する。
――前に出たいのに、出られない。
「道枝! 攻めすぎて後ろのスペース作りすぎるなよ!」
慎吾さんは分かってる。
相手の狙いが、一発のロングカウンターだって。
ディフェンスの数が多すぎる。
全然崩せない。
でも――僕が崩さないと……
徐々にスタンドから不満が漏れ始める。
「おいおい、全然シュートまでたどり着いてないじゃね~か」
「今のところ、クソつまんねえぞ」
「もっと攻めろよ! お前ら1部だろ!!」
土岡はなだめているが、その声は残念ながらピッチにも届いてしまう。
――やっぱり、僕じゃ物足りないのかな……
後半、主力組が投入されても流れは変わらない。
ただただボール支配率だけがやたらに高いまま、延長戦へ。
身体が重い。
足が動かない。
呼吸が苦しい。
「道枝っ!! 遅いっ!!」
――しまった!!
「カウンターだ! みんな早く戻れっ!」
まずい――間に合わない。
放たれたシュートは、わずかにゴールの外。
「あっぶね~」
「おい! お前ら真剣にやれよ!」
スタンドの空気はさらに重い。
「慎吾さん、すみません」
「気にするな。疲れたところを突く、それがあいつらの狙いだから」
ここでも優しい。
でも、そのままじゃ――だめだ。
「それより、お前まだ走れるか? カウンターくらいそうになっても、お前が攻めないと勝てないんだよ」
プロ1年目だろうが関係ない、勝利を掴むための――”責任”。
ピッチに居る以上、決して逃げることは許されないことを再認識させる。
「さっき監督から、俺好みで好きにお前を走らせろって。今まで以上に厳しい所へ出すかもしれないけど、頼むぞ」
「絶対に受け取ります!」
慎吾さんだって、フル出場で疲れてる。
絶対、応えたい。
延長後半、互いの我慢比べ。
少しずつ山口が前に出てくる――その分、スペースが空く。
中井はボールを持ちながら、静かに道枝の気づきを待っていた。
――慎吾さん、ドイツ時代は……あそこ狙ってた。
相手に気づかれず、オフサイドにもかからない――あの絶妙な場所。
――来る。信じてる。
誰もいないスペースへ転がる白いボール。
反応したのは――道枝紫耀だけ。
「道枝、ナイスだ!!!」
ホントに来た。
やっぱり、慎吾さんは変わってない。
でも、このパスを無駄にしちゃいけない……誰か――!
「道枝、来い!!」
村上さん!!
僕は迷わず、横へ流す。
そのまま、冷静に流し込んだくれた。
「ゴォォォォル!!」
「やっとか」
「ハラハラさせんなよ」
「村上ナイス!」
試合を決定づけるゴールに、サポーターは少しだけほっとする。
「道枝、ようやったわ!!」
「道枝、いい走りだったぞ!」
村上が頭を叩き、中井は笑顔で抱きしめる。
――痛いですって! でも、すごく嬉しい。
草彅も珍しくほめる。
「絶対にここには勝てるよなって思われてる、落とせないゲームってのがこれなんだよ、道枝」
結局、このゴールが決勝点となり――名古屋モトーレは1-0で3回戦進出を決めた。
――試合には勝った。満足できてるのか分からないけど……
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”BOOOO!! BOOOO!! BOOOO!!”
格下に苦しんだ内容。
試合後、ゴール裏の不満は溜まっていた。
「お前ら勝つ気あるのかよ!!」
「3部相手にギリギリかよ!」
「危うくジャイアントキリングだよ!」
土岡が必死に止めるが、それでも声は止まらない。
「優勝争いどころか――降格争いだろ!」
勝った――でも、それだけじゃ足りない。
中井が前に出る。
「今日も応援ありがとう。確かにまだ不甲斐ない結果が続くけど、変わらず応援してほしい」
「リーグ戦は大丈夫なのかよ!」
「少しずつ、形になってきてるんだ。次も共に闘ってくれ」
サポーターを落ち着かせるためについた嘘が、自身の胸にも響いてしまう。
それを分かってなのか、土岡は大きく反応した。
「当たり前だ! 共に闘おう、みんな!」
場が少し落ち着いた所で、草彅がサポーターに語り掛ける。
「名古屋モトーレをもっと強い勝てるチームにするのが私の責任だと思っています。今でも変わらず、優勝を狙うことには変わりありませんから」
その言葉にゴール裏は、名古屋コールで応えた。
だが――若手サポーターのフラストレーションは消えていない。
土岡は苦悩を覚悟して、陸上競技場を後にした。
――僕がもっと……良いプレーが出来たら……
「サポーターからあんな風に言われたが、あれはナイスプレーだったぞ!!」
――慎吾さんが褒めてるんだ、この試合は無駄じゃなかった――よね?
(注1)ジャイアントキリング・・・格下が格上を打ち破る番狂わせのこと。
(注2)アタッキングサード・・・ピッチを3等分したうち、相手ゴールに最も近い3分の1のエリアのこと。




