挫けずに、頑張れるだろうか?
序盤の主導権を握ったのは名古屋だった。
香取のボール奪取から、村上のボールキープ、横尾のラストパスと繋げて最後は――デ・フリース。
オフサイドとなるも、ゴールネットを揺らしたシュートは観客を沸かせた。
「…ッチ、オフサイドじゃねぇだろ…」
横尾が吐き捨てる中、中井は声を出して仲間を盛り上げる。
――いける、ちゃんと戦えてる。
少しだけ、選手たちには手応え――だが、そう簡単じゃない。
守備の連係ミスから、鹿島ボールのコーナーキック。
守護神の森の声が飛ぶ。
当然、キャプテンの中井も叫ぶ。
――準備さえすれば、守れるはずだ……
叫ぶのは選手だけではない。
ゴール裏のサポーターも、土岡によって叫びだす。
「ピンチだ! お前らしっかり声出して、気持ち伝えるぞ!!」
そして――笛が鳴ると、ボールが高く上がる。
どこだ、どこに来る。
頭を越えてくるのか。
後ろには、誰もいないはず――いや、いない。
マークしていたはずの亀梨が――いない。
中井が振り返る。
そこには、綺麗なフォームで空を飛ぶ亀梨の姿。
一瞬でスタジアムの音が消える。
静寂の後に押し寄せた――現実。
失点に、中井は立ち尽くした。
すぐに中井を鼓舞するのは森だ。
天を仰いだ横尾は苛立ちを隠さない。
落ち着かせるため、間に入る香取。
「まだまだこれから!! 逆転するぞ!!」
ゴール裏からも声が飛んだ。
――そうだ、まだ1失点。まだ終わってない。
仲間のおかげですぐに切り替えることができた。
それでも――
想像以上に名古屋の完成度は低く、そして鹿島のサッカーは完成されていた。
幾度となく訪れるピンチに防戦一方。
だがなんとか追加点を防ぎ、前半を終える。
スコアは0-1
重い空気のまま、ロッカールームへ戻った。
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「何やってんだよ、あの守備!」
いきなり横尾の怒声が響く。
流れの中での失点はなんとか防げているため、大野が睨み返す。
「それより、攻撃どうにかなんないんすか?」
「うるせぇ、亀梨が邪魔なんだよ……」
「じゃあ、守備陣と大して変わらないじゃないですか」
空気が一気に悪くなる。
「は? 失点しなかったら亀梨の守備なんて崩せてたわ」
「――結局、口だけで言い訳かよ」
「こんな守備陣だから、ずっと降格争いしたんだろうが!!」
最悪の゙展開が頭に浮ぶ。
中井は失点した張本人として、そしてチームをまとめる人間として、話さなければいけなかった。
「2人とも、落ち着いてくれ。失点は俺のミスだ、すまない。だけどこの試合は、俺たちのスタート地点に過ぎない。前半は失点したけど、それは俺たちが、自分たちのサッカーを見つけるための過程だと思う」
ハーフタイムにもかかわらず、サポーターのチャントが聞こえる。
「今一度、全力を尽くして――サポーターに喜びを届けようよ」
その言葉で、沈んでいた空気が少し戻った気がした。
「……はいはい、頑張りますよ。俺は残留争いなんて、嫌なんでね」
「……すいません。少し、熱くなりすぎました」
吐き捨てる横尾と、冷静になる大野。
――かっこ悪いキャプテンだ。
全てを眺めていた草彅が、静かに一言。
「今の慎吾にしちゃ、いい言葉だと思うよ」
その一言に、少しだけ救われた気がした。
「後半は少し戦術を変えてみようか。横尾は位置を少し下げて、ボールを引き取れるように。そして大野、セットプレーのマークはお前さんが再確認するように。それと――道枝君、後半開始10分で入りましょうか。前線に勢いをもたらすことを期待してますよ」
背筋をぴんと伸ばしたまま、返事をする道枝。
緊張、興奮、不安、全部が混ざった声だった。
中井はそっと、手を置く。
「お前なら大丈夫だ。思い切りプレーしてこい!」
草彅も続く。
「今日の試合がどうだって、死ぬこたぁないんだから好きにやりなさい。点取られたからって、バタバタしなさんな」
それだけだった。
ハーフタイムが終わり、サポーターの大歓声の中でそれぞれのポジションにつく。
中井はボールを手に取り、仲間たちを見渡した。
――ここからだ。
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スタンドには、力の限り声を出す茉優と大吾の姿。
そして信じて慎吾の背中を追っている美帆がいる。
土岡も、逆転を信じてゴール裏を煽る。
サポーターの声が、一段階大きくなりスタジアム全体が揺れる。
「2ndハーフ、キックオフ!!」
ヒロミの合図で――また"戦争"が始まる。
「マーク! マーク! 右切って!」
「中央、寄せに行って!!」
「ディフェンスライン上げるぞ!」
「中井さん、プレス!!」
全員、必死だった。
集中を切らさずに、鹿島ディディアーズに食らいつく。
そうこうしているうちに、予定の時間になった。
「選手の交代をお知らせします。名古屋モトーレ、ミッドフィールダー辰巳に代わりまして――道枝~ 紫耀!!!」
道枝の名前を呼ぶ大歓声。
プロ初出場の瞬間だ。
「これが、プロのピッチっすね……」
喉が乾き、震えているのが分かる。
その震えを、中井はちゃんと分かっていた。
だからこそ――笑顔で受け入れる。
「一緒に盛り上げていくぞ!!」
「はいっ!!」
フレッシュなエネルギー。
スタジアムの空気も変わる。
追い上げムード。
――いける。
そう思った矢先、サッカーの神様は残酷な仕打ちをしてくる。
「道枝!! 横尾のカバー!!」
「う、うす……!」
「中井!! コース塞げ!!」
――だめだ。間に合わない。
痛恨の2失点目。
ため息が漏れだすスタジアム。
「まだだ!! まだこれから!!」
中井と土岡が同様に叫ぶ。
チームとしては、誰一人諦めていない。
しかし――無情にも、終了間際に3点目のゴールネットが揺らされた。
0-3
優勝を目指す名古屋モトーレにとって、現実を痛感させられた開幕戦となった。
「はぁ……はぁ……」
膝に手をつく。
呼吸が苦しい。
身体より――心が重い。
「何も……できませんでした……」
感じる必要のない責任感を、プロ初出場の道枝に抱かせてしまった。
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試合後、亀梨を中心に鹿島ディディアーズの選手たちと挨拶を終える。
次に向かうのは――ゴール裏。
大敗の後、一番行きづらい場所である。
「今日の収穫は――慎吾の守備だな」
草彅がぽつりと言った言葉は、悪い意味にしか聞こえない。
長野が肩を叩く。
「慎吾、お疲れ様。残念だったな」
「こちらこそ、すまない。期待した動きができなくて」
長野は首を振った。
「気にするな、まだ始まったばかりだからな」
その声は優しかった。
そして、少し笑う。
「さあ、一緒にゴール裏行こうか」
逃げずにちゃんと向き合うことが、今の自分にできることだった。
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―ゴール裏
「今日は残念だった!! まだ、たった一つだ!! 今度こそ頼むぞ!!」
「名古屋!! 名古屋!! 名古屋!!」
ブーイングは、ひとつもない。
責める声もない。
ただ前を向けと言ってくれる。
背中を押してくれる。
それが――名古屋のゴール裏である。
「ほら、うちのサポーターは、みんなもう次を見据えてるぞ」
長野が笑う。
互いに信じているから、落ち着いていられる絆。
だからこそ――応えたかった。
想いとは裏腹に、不安が脳内を駆け巡る。




