自分にケリを付けるために
―2月下旬 都内某所のホテル
俺の名前は横尾慶一郎。
日本のプロ最上位リーグ――ASリーグのキックオフカンファレンス(注1)に参加するため、朝早く監督やチームスタッフと共に名古屋を出て東京へやってきた。
例年、監督とチームの代表選手1名が出ることになっている。
リーグ開幕まで残り1週間。
正直、こんな暇があるならジムで身体を動かしていたいんだが……広報の奴に出ろって言われた。
まぁ、チームの中心選手が俺って言うならしかたないな。
――そういうことだ。
控室は大部屋で、全チームの監督と代表選手が一堂に集まっている。
談笑する者、音楽を聴く者、仮眠する者など様々だ。
「横尾さん! お久しぶりです!」
聞き慣れた声がする。
振り向くと、そこにいたのは――亀梨丈一郎。
鹿島ディディアーズ時代の後輩だ。
「よぉ、久しぶり」
「横尾さんがいなくなって、寂しいっすよ〜」
相変わらず、人懐っこい。
亀梨は少しだけ表情を変えた。
「なんで移籍したんすか? ずっとレギュラーだったのに」
その問いには、少しだけ沈黙が落ちる。
あまり――答えたくない。
「……俺は、お前と違ってまだ日本代表になってねぇ。 だから日本代表のエースだった中井から、ポジションを奪ってアピールするしかねぇんだろ」
「だからって、慎吾さんのいる名古屋じゃなくても……」
――お前に何が分かる、何の苦労もなく日本代表になったお前に……
「ベストイレブンに何回選ばれても、鹿島に居たまんまじゃ俺を正しく評価しねぇみたいだから」
鹿島でどれだけ活躍しても、俺は何故か日本代表候補止まり。
だから仕方なく――名古屋に移籍した。
日本代表のレジェンドからポジションを奪うために。
自身の力でチームを押し上げたとアピールするために。
「……分かりました。でも、試合では手加減しないので」
嫌な笑顔をしてやがる。
だが――お前に勝ったら、分かってくれるだろうな。
「いやぁお前さんも、仲の良い選手がいるんだな、孤立しないでよかった」
横では、草彅監督が見ていたようだ。
「…別に元チームメイトってだけっすよ」
俺は馴れ合いなんてしたくない。
この世界は、自分でのし上がるしかない。
俺の道は、俺が切り開く。
……じゃないとあの時の中井のようになれない。
いや、中井を超える。俺の方が上だと絶対に認めさせてやる…
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―大ホール
会場には報道陣と各クラブ関係者が集まり、独特の緊張感が漂っていた。
MCの声が響き、拍手を浴びながら登壇するのは草彅茂監督。
名将の久しぶりとなる監督就任は、今オフ1番の話題だ。
「もう一度、名古屋モトーレの監督に就任させていただきました、草彅茂です」
マイクを持ち、淡々と喋る草彅。
華やかな舞台が、あまり好きではなかった。
「うちは優勝を狙います。それだけの戦力はありますから」
一切、迷いがない発言。
会場が少しざわつくが、静まるのを待たずにMCは喋り出す。
「中井選手がいる中で、昨年度ベストイレブンの横尾選手が加入しました。2人の調和は、どのように見られるのでしょうか?」
「それぞれに違う役割がありますから、そんなに難しいことじゃない。預かった以上は、俺のやり方でやります。周囲の声は、俺には関係ありませんから」
誰もが気にしている話題だが、あっさり返す。
トップ下から外しておいて、よく言うぜ。
本当は、一番分かってるくせに。
中井の脚が、もう終わってることを。
トップ下としては限界だってことを。
まぁ俺にとっては、その方が都合がいい――狙い通りだ。
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「それでは続いて、各チームの代表選手に登場していただきましょう!! 移籍して狙うは、まだ見ぬ景色! 名古屋モトーレ、ミッドフィールダー――横尾慶一郎選手です!!」
各監督のインタビューが終わり、ユニフォーム姿の主役たちが登壇する。
ここでもやはり、注目の的は鹿島から移籍の横尾慶一郎。
「鹿島から名古屋への移籍となりましたが、変化はありましたか?」
変化はある――それは事実。
「俺は、自分のスタイルを貫くつもりなんで。どんなチームでも、俺が変わることはないっす」
ただし、あくまで環境の変化だ。
「……なるほど、では鹿島にいた時と同様の輝きが見られるのですね!」
「いやそれ以上っすよ」
反射的に即答した。
――そうじゃなきゃ、移籍なんてしてない。
その後も淡々と質問に答え、第一部は終了した。
そして第二部、開幕戦の対戦カードごとの会見。
つまり――鹿島ディディアーズとの会見だった。
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いきなり古巣との対決に、報道陣は横尾と亀梨に互いの印象を聞いた。
どちらも、意識していないと口では言っている。
少し苦い顔をしながらも、次の質問に移った。
「では、特に注意すべきポイントは?」
「亀梨のヘディングっすね。現役の代表を抑えたら、代表監督も気になると思うんで」
亀梨も負けずに返す。
「横尾さんですね。攻撃の起点になる横尾さんには、激しくいきますよ」
――なるほど、ちゃんと分かってるじゃないか。
「では最後に、握手を――」
カメラの前で、互いに手を差し出す。
表向きは――穏やか。
その場に居る報道陣の全員が、隠しているであろう闘争心を静かに浴びていた。
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―会見終了
「横尾さん、お疲れ様でした。開幕戦、楽しみにしてますよ」
その笑顔が、妙に引っかかる。
――楽しめるわけねぇだろ。こっちは、人生がかかってる。
亀梨はキャリーケースを引きながら、チーム関係者と共に去っていった。
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名古屋に向かう新幹線の車内。
静かな空間の中で、草彅がぽつりと口に出す。
「今日のカンファレンスはお疲れさん。お前さんは――インターカップの日本代表に選ばれたいんだろ?」
「絶対に選ばれてやる。国内で、俺が一番上手いんだ……」
握る拳に、自然と力が入る。
その言葉を受けて、草彅は最後に一言だけ言い放った。
「お前さんの実力は申し分ない。だから戦う相手を間違えるんじゃないよ? それがプロフェッショナルというものだと思うよ」
いつもより、少しだけ穏やかで優しい声。
「……分かってるよ」
少しだけ目を伏せた。
窓の外の景色が高速で流れていく。
――本当に?
そんな自問はすぐに消した。
チームの勝利も大事だ。
だけど――1番大事なのは、俺が活躍すること。
俺が必要だと、証明すること。
どんな手を使ってでも日本代表に選ばれる。
インターカップに行く。
そのためなら――何だってやる。
(注1)キックオフカンファレンス・・・シーズンの幕開けに先立って開催するメディア向け公式イベント




