笑顔で終わろう、なんとかなるから
1ヶ月弱続いた沖縄キャンプも、残すところあと1日。
キャンプ後半戦には、3試合のトレーニングマッチが組まれていた。
最初は、3部リーグ所属のクイダオーレ大阪。
さすがにカテゴリー差は大きく、名古屋は危なげなく7-0で圧勝。
続いて、2部所属のフジゴーコ山梨。
大阪戦ほどの圧倒感はなかったが、しっかりと実力差を示して3-1で勝利。
そして最終日――最後のトレーニングマッチ。
相手は、山梨と同じ2部所属のメンソーレ沖縄。
3年前の2部昇格以降、毎年のように残留争いに巻き込まれながらも、最後は中位に収まるしぶといチームだ。
「今年は……1部のチームとやらないんだな?」
アップ前、長野に聞いた。
例年なら、少なくとも一度は1部相手に強度の高い試合を組むはずだから。
どうやら、今回は監督と長野がそう決めたらしい。
キャンプ時点での強度は下位カテゴリでも大差ない、そしてリーグを戦う相手に情報を与えたくないという理由だそうだ。
このふたりが言うなら、何も文句はない。
「でも、情報はあいつが漏らしてるぞ」
長野が苦い顔をする。
名古屋モトーレ担当の番記者――盛山。
高圧的で、批判的で、そして非公開のトレーニングマッチを記事にした男。
「クラブからも注意してるんだけどな。地元企業のお得意様だし、これ以上強く言えない」
面倒な大人の事情が絡んでいた。
今日も、もちろん来ている。
気にしないことが一番なのだが、人間である以上どうしても難しい。
最終日も、意識しながらのプレーを余儀なくされた。
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「さぁ、今日で沖縄キャンプもラストだね」
草彅が選手たちを見回す。
「キャンプの最初にも言ったけれども、このチームのポイントは、自分の魅力を最大限発揮すること。いくらでもミスしても構わないから、自分の魅力を出すように」
その言葉を胸に、中井は円陣へ向かう。
今日も、ボランチでのスタメン。
もはやそれは、現実として受け入れ始めていた。
「名古屋!! 名古屋!!」
スタンドからサポーターの声が響く。
キャンプ最終日は、いつもより少し多い。
「俺を見に来たんすよ」
横尾は相変わらず強気だが、結果を出している以上誰も否定できない。
「今日でキャンプ最終日だ」
円陣の声掛けは、ベテランの森が務める。
「サポーターも多く来ている。シーズンに向けて、気持ちよく終わろう、いくぞっ!!」
「おうっ!!!」
最後のトレーニングマッチが始まった。
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なかなかボールを持てず、苦しい展開が続く立ち上がり。
リズムが作れずに、前に運ぶことが出来ない。
誰もが、嫌な予感のする空気が簡単に完成した。
だがそんな空気を一人で変えたのは――やはり横尾。
ボールを受けた横尾は自ら仕掛けてそのまま、自分で持ち込む。
そして――ゴール右隅へ、完璧に沈めた。
「っしゃあ!! 見たか!!」
感情を爆発させて叫ぶ。
草彅も珍しく素直に褒め称えている。
事実、その1点が流れを名古屋に持ち込み、デ・フリースと横尾の得点で3-1の勝利を収めた。
結果だけ見れば悪くない、名古屋の勝利。
しかし――中井と道枝には、何も残らなかった。
目立ったプレーはできず。
ボールに触れる時間も少ない。
攻撃に絡む回数も少ない。
存在感が薄い。
そう言われても、反論できない内容だった。
中井は、自分のプレーを反芻していた。
守備のポジショニングはまるで掴めない。
何度もフリーでシュートを打たれる。
ボランチらしい動きは、何ひとつ出来ない。
プレスはワンテンポも、ツーテンポも遅い。
――悔しい、これが今の俺……
それでも、下を向きたくはなかった。
ふと道枝を見ると、同じような顔をしている。
――あぁ、これはプロのレベルを痛感してる顔だ。
攻撃に絡めない。
横尾には怒られる。
相手の強度についていけない。
そんな成長するための壁に阻まれる道枝を、中井の父性が溢れ出す。
――そうだ。少しずつ強くなっていけばいい…
「道枝、まだまだこれからだぞ。焦らずいこう、な?」
道枝は、悔しさを噛みしめながら小さく頷く。
「うす……シーズン始まっても頑張りますっ!!」
「うん、その意気だぞ」
2人に監督が近づく。
「お疲れさん。開幕戦にダメージが残らないよう、しっかりケアするように。遠路はるばる来てくれたサポーターのためにも、ファン対応は忘れずに。お前さんたちは――プロなんだから」
その通りだ。
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ジョグで身体を整え、帰り支度をすると、すぐに声が飛ぶ。
大勢のサポーターが手を振ってくれる姿に、思わず笑顔がこぼれた。
「中井っ!!」
コールリーダーの土岡が聞き慣れた声で呼び止める。
毎年、こうしてキャンプにも顔を出してくれるのだ。
「でも……今年は大丈夫なのか?」
率直な意見。
だからこそ、嬉しい。
「正直、まだまだやることはたくさんある。それでも、どんな時でもチームのために頑張るよ」
その言葉に、土岡は静かに頷く。
サポーターをまとめ上げるコールリーダーだからこそ、伝えておきたかった。
「今シーズンは、ボランチの俺と左サイドの道枝に注目してくれ」
道枝という言葉に少し意外そうな顔をしたが、名古屋を背負う若者が増えることにマイナスな感情などある訳がない。
今のうちに個人応援歌を考えておこうと、土岡は考えた。
「俺たちの中井!!」
「横尾良かったぞ〜!!」
サポーターの声を背に、ピッチを後にする。
まだまだ全然、足りない。
それでも――少しずつ、前には進んでいる。
そう思えた。
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「中井選手、練習試合お疲れ様です」
あの盛山がまた来た。
質問にはできるだけ短く返す。
「これまで、1部のチームとは試合していませんが……大丈夫なんですよねぇ~?」
嫌味でしかない言葉。
それでも、中井はまっすぐ返した。
「優勝するための準備はしてきた。だから、心配しないでくれ」
「分かりました。楽しみにしておきますよ……優勝を、ね」
盛山は、嫌な空気だけ作って去っていく。
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ホテルに戻り、最後のミーティングが行われる。
約1ヶ月間の長かった沖縄キャンプも、これで本当に終わりだ。
坂本コーチはプロジェクターを操作し、今日の試合のハイライト映像を流し始めた。映像には、チームの攻撃の形や、守備の連係ミスが丸裸になる。
その後、守備時の最終ラインの組み立て方、ボールの受け方、受ける位置など詳しい指示を受けた。
全員の目的はただ一つ――今シーズンの優勝だ。
「…とまぁ、今伝えたいのはこれくらいだな。お前さんたちなら、できると信じてますよ?」
パチパチパチ――と静かな拍手が広がる。
その空気の中で、草彅がふと思い出したように言った。
「さて、まだ今シーズンのキャプテンを発表していなかったな」
去年まではチーム最年長の森健が務めていたキャプテン。
キャンプでは暫定的に森がチームをまとめていたが、今年は変えるらしい。
誰だ? 村上か香取か、責任感は十分に育ってきた。あるいは――新加入の横尾か?
中井の頭の中に、数名の候補が浮かぶ。
しかし草彅監督から呼ばれたのは、脳内にない”中井慎吾”という言葉だった。
――えっ、俺?
思わず、時間が止まる。
「君が、このチームをまとめなさい」
元日本代表で、キャプテン経験のある35歳のベテラン。
経験値で言えばキャプテンに選ばれるのも納得できる話だが、自身の置かれた状況から想像も出来なかった。
「えーと……」
声が少しだけ掠れる。
「今シーズンのキャプテンを務めることになりました、中井慎吾です」
恐る恐る、みんなを見る中井。
だが誰ひとり、怪訝そうな表情をした人はいなかった。
あの横尾ですら、ちゃんと受け止めているのだ。
「みんな、俺は慣れないボランチでたくさん迷惑をかけると思う。でも、チームのために全力で戦うことを誓う。今までの経験をみんなに共有することを誓う」
正直に言う。
格好つけても仕方ない。
「だから――一緒に、名古屋の風を起こそう!!」
名古屋で、世界で。
何度も戦ってきた、その想いを込めて。
自然と、言葉に力が入った。
「おうっ!!!!」
大きな声が返ってくる――満場一致。
そして副キャプテンは香取が務めることとなった。
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キャプテンと副キャプテンによる抱負で、キャンプが終わる。
「さぁ、これでキャンプも終わりとなるわけだけど……デジみょんの撮影をしたいんだよな?」
長野がそう言うと、クラブ広報の原田と村上、薮が場を仕切りだす。
「はい、じゃあ皆さん!」
「今からデジみょんの撮影しま〜す!」
「皆さんにも手伝ってもらいますからね〜」
「手伝うって何を?」
困惑する中、満面の笑みなのは村上。
「そりゃ、みんなでバックダンサーっすよ」
――バックダンサー……?
2人がオフの日に考えた出し物、それは世界中で話題となったインド映画のダンスシーンだった。
パーティー会場で馬鹿にされた主人公たち2人が、高度なダンスで周りを見返すというもの。
正直、慣れないダンスで疲れたが、村上と薮のダンスには圧巻だった。
学園祭的なノリが多いデジみょんの出し物の中での――”本気のダンス”。
「っしゃ〜!! いいの撮れたわ!」
叫ぶ村上、床に倒れ込む薮。
中井も苦笑するしかなかった。
「こっちでもナンバーワン、デジみょん大賞狙ってますから!」
「他の19チーム、こんなに力入れてないと思うぞ……」
放送後、その完成度の高いダンスは、サッカーファンの間でかなり話題になった。
そして――見事、デジみょん大賞を受賞。
さらにSNSでも拡散され、名古屋モトーレの認知度が妙に上がることとなった。
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翌日、沖縄を発ち名古屋へ。
横尾に敗北、ボランチへコンバート、キャプテン就任。
中井にとって、全部が一気に押し寄せた、長いようで短かいキャンプが終わった。
決して沖縄での生活が嫌だったわけではないが、世界で一番落ち着く場所に戻れる気持ちが抑えられない。
「ただいま」
「おかえりなさい!!!」
妻の美帆。
娘の茉優。
息子の大吾。
一斉に飛び込んでくる。
――やっぱり、俺の家族は世界一だな。




