↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/28

慣れない歩幅は苦悩の証

つかの間のオフが終わった。

朝日が昇る頃、選手たちはホテルから続々とグラウンドに集まる。

穏やかな顔が、気持ちだけでもリフレッシュできたことを物語っていた。


「お前さんたち、オフはリフレッシュ出来たかい?」


草彅が、いつもの調子で聞く。


「はい!! めちゃめちゃ楽しかったです!!!」


道枝の返事は今日も全力だった。


「慎吾さんと温泉行ったり、ツアー参加したり、買い物行ったりしました!!」


「それはそれは、良かった。お前さんたちも楽しめたみたいだね」


小さく笑う草彅。

そして――少しだけ目を細めた。


「それじゃ、後半戦はもっとハードにやっても問題ないな」


――やっぱりそうなるよな。


---


オフの間に、中井の中にも少し変化があった。


まだ、自分が何を目指すべきなのか。

ボランチとして、何が正解なのか。

はっきりとは見えていない。

それでも――焦りだけに支配される感覚は薄れていた。


今日からまた、積み上げる。

キャンプ中なら、何度ミスしてもいい。


――とにかく、改善点を探すんだ。


そう思いながら、ふと隣の道枝を見る。


「なあ道枝、俺のプレースタイルの特徴って?」


その瞬間、目が彗星の如く輝く。

聞く相手を間違えたかもしれない。


「ヨーロッパでも当たり負けしないフィジカルの強さ!」


――始まった。


「端から端まで顔を出す献身性! 高精度のラストパスにミドルレンジから放たれる強烈なシュート!! そして天才的な攻撃スキルです!! あと――」


もう止めた。

聞いておきながら、恥かしさに耐えられなかったのである。


……でも。

改めて整理すると、やっぱり自分は攻撃の選手だ。

ケガの影響でトップスピードは遅くなったけど、まだ献身性があると自分では思っているし、当たり負けしない身体とシュートの強さは、まだ武器として残っている。

ボランチは、1.5列目(注1)やトップ下ほどスピードを求められない。

だが、高さと強さ。そして展開力が必要だ。

つまり――監督の狙いは、横尾を活かすためのサポート。

1列下がった場所から、攻撃を支えること。

ミドルやロングで攻撃の幅も増やせる。

……それなら俺の低い守備力でも、起用する意味はある。


だったら――裏を取られるリスクを負ってでも、高い位置でボールを持って、積極的に打つ。

それが今の俺の生き方だ。


――よし、やってやる…


そう思って始まったトレーニングーーだったのだが。


「中井さん、前出過ぎです!」


「そこに居ちゃ、裏が空いてるぞ〜!」


「慎吾、それじゃトップ下と変わんないぞ〜」


草彅の声が飛ぶ。


「試合に出たいなら、後ろで組み立てていかないと」


横尾も、舌打ち混じりに言った。


「……ッチ、ロング狙うなよ。どうせそんなとこから蹴っても決まんねぇだろが」


――散々だった。


感触は悪くなかった。

むしろ、手応えはあったと思った。

でも監督が求めているのは、もっと“ボランチらしい動き”。

どうやら、まだ全然違うらしい。


――本当に、俺の強みは、活かされるのか?


そんなことを考えていると、いつの間にか監督が隣にいた。


「慎吾、お疲れさん。ボランチ、やってみてどうだ?」


「お疲れ様です、監督。いや〜……全然分かんないですね」


苦笑するしかない。


「身体が勝手にトップ下になっちゃうんですよ。ボランチというポジションに、反抗してるというか…」


「お前さんはトップ下一筋だったからな」


そして、静かに言う。


「言っておくと、ロングやミドルで点を取るためにボランチにしたわけじゃない。だから――あんまり打ちすぎないように」


図星だった。


「いいんじゃない、うんと苦しめば。そ(・)ん(・)な(・)簡(・)単(・)な(・)世(・)界(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)よ(・)」


あっさりしたその言葉が、妙に刺さる。


――そうだ、簡単なわけがない。


「ボランチでなら、日本代表復帰も夢じゃない。不貞腐れるんじゃないよ」


その励ましには、思わず笑ってしまう。


「ボランチで代表復帰ですか! 面白いですね!」


そう返したものの――内心では分かっている。

最後に代表に選ばれたのは、3年前。まだトップ下でバリバリやっていた頃。

両膝を痛め国内に戻った今、ましてや未経験のボランチで。


――そんな簡単に届く場所じゃない。


”そのくらいの気持ちでやれ”

そう思うことにした。


---


「慎吾さん、お疲れ様です」


隣に来るのは、コンビを組む香取。


「ボランチやってみてどうですか?」


「大変すぎるよ。いっつもこんな負担させてたんだな」


素直に言った。


「ボランチの大変さを分かってもらえて光栄です♪」


「なぁ。ぶっちゃけ、去年まで組んでた藤島と俺を比べてどうなんだ?」


香取が少し目を丸くする。


「現役の日本代表と比べるんすか?」


「あいつと比較できるの、お前しかいないからな」


去年まで名古屋モトーレのボランチは、香取と日本代表の藤島がレギュラー起用されていた。

しかし今シーズン、藤島はライバルチームの浦和に移籍。

そんな藤島との差を感じておきたかったのだ。


少しの沈黙。


「……ぶっちゃけ、俺は、慎吾さんと組んでる時の方が可能性を感じてます」


思わず聞き返す。それでも香取は笑わなかった。


「もちろん、まだまだ数百倍、比較にならないくらい藤島の方が上です。それに、ボランチとしての守備はマジで0(・)点(・)に(・)近(・)い(・)で(・)す(・)」


――ひどい。でも、否定できない。


「ただ」


少し言葉を探して。


「言葉では言えないんですけど……俺は、慎吾さんが思ってる以上に感覚は悪くないですから」


意外だった。

確かに藤島は取っ付きにくい性格だったが、それを差し引いてもあいつは日本代表ボランチだ。

多少やりにくくても強度は申し分ない。

一番負担を掛けるであろう香取の言葉は少しだけ救いになる。


「……そっか、なら良かった」


少しだけ、肩の力が抜けた。





「道枝!! もっとサポート来いよ!!」


そんな中、向こうから横尾の声が響く。


――またか。


「あと、ひとりで勝手にドリブルしすぎるな!!」


「どうせ、お前の突破力じゃ通用しないから」


「いいから俺の言う通りやっとけ!!」


「……はい」


道枝の声が小さい。中井はすぐに口を挟んだ。


「おいおい、萎縮しちゃうだろ。それに、お前がプレスバック(注2)しない分、道枝が守備のカバーしてるんだぞ」


「慎吾さん……いや、いいんです。僕が下手くそなので……」


横尾は変わらずに鼻で笑う。


「守備しなくても、点決めるんでチャラっすよね?」


そして、まっすぐ中井を見る。


「俺が中井さんの代わりに勝たせるんで、安心してくださいよ。鹿島じゃ満足できなかった分、ここで結果出して、インターカップに行くんで」


横尾慶一郎。

野心がある、自信がある。それは、アスリートとして正しい。

だからこそ、もっと周りと繋がれたらいいのに、と思う。

それに道枝のポジショニング、そこまで悪くない気がするんだけどな。

――いや、今の俺より、あいつの感覚の方が正しいのか。


そう思うしかなかった。


----------


トレーニングが終わると、ホテルへ引き返す際にサポーターに囲まれる。

色紙にサインをお願いする者。

ユニフォームにサインを集めている者。

ツーショット写真を撮りたい者。

サポーターとの交流が、中井の心を豊かにしてくれる。


"サポーターも、同じエンブレムを背負って戦う仲間"


脳内に道枝の言葉が浮かんでいた。


「中井さん! ホントにボランチなんですか?」


来た。


「湘南戦、うまくいってなかったみたいですけど、大丈夫ですよね?」


――やっぱり


トレーニングマッチについて。

俺のボランチ起用について。

みんな、興味津々のようだ。

あいつの記事のせいだろう。

人間はダメだと分かっていても、気になると知りたくなるものだ。

だから…サポーターの気持ちもわかる。

とはいえ、無理なものは無理と伝えよう。

名古屋サポーターは、理解してもらえる人たちばかりのはずだ。


「今はまだ話せないことが多いんだ。名古屋の勝利のためにみんなで頑張ってるから――まだ見守ってほしい」


――ホント、番記者が余分な波風立てるなよ……

(注1)1.5列目・・・フォワードを1列目、ミッドフィールダーを2列目とした場合の中間に位置することからそう呼ばれる、攻撃的なポジション。セカンドトップやシャドーが含まれる。

(注2)プレスバック・・・攻撃から守備に切り替わる瞬間、素早く戻りながら、相手にプレッシャーをかける守備の動きのこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。