慣れない歩幅は苦悩の証
つかの間のオフが終わった。
朝日が昇る頃、選手たちはホテルから続々とグラウンドに集まる。
穏やかな顔が、気持ちだけでもリフレッシュできたことを物語っていた。
「お前さんたち、オフはリフレッシュ出来たかい?」
草彅が、いつもの調子で聞く。
「はい!! めちゃめちゃ楽しかったです!!!」
道枝の返事は今日も全力だった。
「慎吾さんと温泉行ったり、ツアー参加したり、買い物行ったりしました!!」
「それはそれは、良かった。お前さんたちも楽しめたみたいだね」
小さく笑う草彅。
そして――少しだけ目を細めた。
「それじゃ、後半戦はもっとハードにやっても問題ないな」
――やっぱりそうなるよな。
---
オフの間に、中井の中にも少し変化があった。
まだ、自分が何を目指すべきなのか。
ボランチとして、何が正解なのか。
はっきりとは見えていない。
それでも――焦りだけに支配される感覚は薄れていた。
今日からまた、積み上げる。
キャンプ中なら、何度ミスしてもいい。
――とにかく、改善点を探すんだ。
そう思いながら、ふと隣の道枝を見る。
「なあ道枝、俺のプレースタイルの特徴って?」
その瞬間、目が彗星の如く輝く。
聞く相手を間違えたかもしれない。
「ヨーロッパでも当たり負けしないフィジカルの強さ!」
――始まった。
「端から端まで顔を出す献身性! 高精度のラストパスにミドルレンジから放たれる強烈なシュート!! そして天才的な攻撃スキルです!! あと――」
もう止めた。
聞いておきながら、恥かしさに耐えられなかったのである。
……でも。
改めて整理すると、やっぱり自分は攻撃の選手だ。
ケガの影響でトップスピードは遅くなったけど、まだ献身性があると自分では思っているし、当たり負けしない身体とシュートの強さは、まだ武器として残っている。
ボランチは、1.5列目(注1)やトップ下ほどスピードを求められない。
だが、高さと強さ。そして展開力が必要だ。
つまり――監督の狙いは、横尾を活かすためのサポート。
1列下がった場所から、攻撃を支えること。
ミドルやロングで攻撃の幅も増やせる。
……それなら俺の低い守備力でも、起用する意味はある。
だったら――裏を取られるリスクを負ってでも、高い位置でボールを持って、積極的に打つ。
それが今の俺の生き方だ。
――よし、やってやる…
そう思って始まったトレーニングーーだったのだが。
「中井さん、前出過ぎです!」
「そこに居ちゃ、裏が空いてるぞ〜!」
「慎吾、それじゃトップ下と変わんないぞ〜」
草彅の声が飛ぶ。
「試合に出たいなら、後ろで組み立てていかないと」
横尾も、舌打ち混じりに言った。
「……ッチ、ロング狙うなよ。どうせそんなとこから蹴っても決まんねぇだろが」
――散々だった。
感触は悪くなかった。
むしろ、手応えはあったと思った。
でも監督が求めているのは、もっと“ボランチらしい動き”。
どうやら、まだ全然違うらしい。
――本当に、俺の強みは、活かされるのか?
そんなことを考えていると、いつの間にか監督が隣にいた。
「慎吾、お疲れさん。ボランチ、やってみてどうだ?」
「お疲れ様です、監督。いや〜……全然分かんないですね」
苦笑するしかない。
「身体が勝手にトップ下になっちゃうんですよ。ボランチというポジションに、反抗してるというか…」
「お前さんはトップ下一筋だったからな」
そして、静かに言う。
「言っておくと、ロングやミドルで点を取るためにボランチにしたわけじゃない。だから――あんまり打ちすぎないように」
図星だった。
「いいんじゃない、うんと苦しめば。そんな簡単な世界じゃないよ」
あっさりしたその言葉が、妙に刺さる。
――そうだ、簡単なわけがない。
「ボランチでなら、日本代表復帰も夢じゃない。不貞腐れるんじゃないよ」
その励ましには、思わず笑ってしまう。
「ボランチで代表復帰ですか! 面白いですね!」
そう返したものの――内心では分かっている。
最後に代表に選ばれたのは、3年前。まだトップ下でバリバリやっていた頃。
両膝を痛め国内に戻った今、ましてや未経験のボランチで。
――そんな簡単に届く場所じゃない。
”そのくらいの気持ちでやれ”
そう思うことにした。
---
「慎吾さん、お疲れ様です」
隣に来るのは、コンビを組む香取。
「ボランチやってみてどうですか?」
「大変すぎるよ。いっつもこんな負担させてたんだな」
素直に言った。
「ボランチの大変さを分かってもらえて光栄です♪」
「なぁ。ぶっちゃけ、去年まで組んでた藤島と俺を比べてどうなんだ?」
香取が少し目を丸くする。
「現役の日本代表と比べるんすか?」
「あいつと比較できるの、お前しかいないからな」
去年まで名古屋モトーレのボランチは、香取と日本代表の藤島がレギュラー起用されていた。
しかし今シーズン、藤島はライバルチームの浦和に移籍。
そんな藤島との差を感じておきたかったのだ。
少しの沈黙。
「……ぶっちゃけ、俺は、慎吾さんと組んでる時の方が可能性を感じてます」
思わず聞き返す。それでも香取は笑わなかった。
「もちろん、まだまだ数百倍、比較にならないくらい藤島の方が上です。それに、ボランチとしての守備はマジで0点に近いです」
――ひどい。でも、否定できない。
「ただ」
少し言葉を探して。
「言葉では言えないんですけど……俺は、慎吾さんが思ってる以上に感覚は悪くないですから」
意外だった。
確かに藤島は取っ付きにくい性格だったが、それを差し引いてもあいつは日本代表ボランチだ。
多少やりにくくても強度は申し分ない。
一番負担を掛けるであろう香取の言葉は少しだけ救いになる。
「……そっか、なら良かった」
少しだけ、肩の力が抜けた。
「道枝!! もっとサポート来いよ!!」
そんな中、向こうから横尾の声が響く。
――またか。
「あと、ひとりで勝手にドリブルしすぎるな!!」
「どうせ、お前の突破力じゃ通用しないから」
「いいから俺の言う通りやっとけ!!」
「……はい」
道枝の声が小さい。中井はすぐに口を挟んだ。
「おいおい、萎縮しちゃうだろ。それに、お前がプレスバック(注2)しない分、道枝が守備のカバーしてるんだぞ」
「慎吾さん……いや、いいんです。僕が下手くそなので……」
横尾は変わらずに鼻で笑う。
「守備しなくても、点決めるんでチャラっすよね?」
そして、まっすぐ中井を見る。
「俺が中井さんの代わりに勝たせるんで、安心してくださいよ。鹿島じゃ満足できなかった分、ここで結果出して、インターカップに行くんで」
横尾慶一郎。
野心がある、自信がある。それは、アスリートとして正しい。
だからこそ、もっと周りと繋がれたらいいのに、と思う。
それに道枝のポジショニング、そこまで悪くない気がするんだけどな。
――いや、今の俺より、あいつの感覚の方が正しいのか。
そう思うしかなかった。
----------
トレーニングが終わると、ホテルへ引き返す際にサポーターに囲まれる。
色紙にサインをお願いする者。
ユニフォームにサインを集めている者。
ツーショット写真を撮りたい者。
サポーターとの交流が、中井の心を豊かにしてくれる。
"サポーターも、同じエンブレムを背負って戦う仲間"
脳内に道枝の言葉が浮かんでいた。
「中井さん! ホントにボランチなんですか?」
来た。
「湘南戦、うまくいってなかったみたいですけど、大丈夫ですよね?」
――やっぱり
トレーニングマッチについて。
俺のボランチ起用について。
みんな、興味津々のようだ。
あいつの記事のせいだろう。
人間はダメだと分かっていても、気になると知りたくなるものだ。
だから…サポーターの気持ちもわかる。
とはいえ、無理なものは無理と伝えよう。
名古屋サポーターは、理解してもらえる人たちばかりのはずだ。
「今はまだ話せないことが多いんだ。名古屋の勝利のためにみんなで頑張ってるから――まだ見守ってほしい」
――ホント、番記者が余分な波風立てるなよ……
(注1)1.5列目・・・フォワードを1列目、ミッドフィールダーを2列目とした場合の中間に位置することからそう呼ばれる、攻撃的なポジション。セカンドトップやシャドーが含まれる。
(注2)プレスバック・・・攻撃から守備に切り替わる瞬間、素早く戻りながら、相手にプレッシャーをかける守備の動きのこと。




