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第37話 もう大丈夫だから。

20.


 それからふた月。

 キラとユンカは目立たないように、侍女たちから警備や衛兵に関する話を集めた。

 一方レイは、侍女たちの話と自分が探った情報を基にして、具体的な計画を練った。


 夜がふけてからルルタの部屋へやって来たレイは、衛兵たちの巡回路、当番表が書き込まれた庭の地形図を小机の上に広げる。


「次の新月の晩に計画を実行する」

「陛下が主催する宴がある日ですね」


 キラの言葉にレイは頷いた。


「大規模な宴だから、後宮の警備兵も最小限の人数を除いて宮廷のほうに回される。マーリカどのも侍女の差配のために、宮廷のほうへ行くはずだ」

「後宮のみんなも朝から準備に駆り出されますから、普段より人も少なくなりますね。残った衛兵は気が緩んでいるでしょうし」

「宴の警護に行くのは、普段から勤務態度が優秀な兵になるだろうな。可能な限り口を出して、後宮に残すのはやる気のないボンクラばかりにする」

「私とキラかどちらかは後宮に残って、衛兵所に差し入れに行くよ」

「そうだな。めでたい席だから、留守番をする連中にも振る舞い酒があるはずだ。その手配は僕がする」


 誰に言うでもなくそう呟いてから、レイは寝台の隅に目を向ける。

 そこにはルルタがおり、先ほどから目を皿のようにして、庭の地図と計画書を見つめていた。茶色の瞳は爛々と輝いて血走っている。

 レイは半ば呆れたように半ば不安そうに、鬼気迫る表情で庭の地形や衛兵の巡回ルートのうわ言のようにブツブツと呟いているルルタを見た。


「おい、大丈夫か? 宴の夜まであと半月だぞ」

「話しかけないで下さい。覚えたこと、忘れちゃう……」


 ルルタの言葉にレイは顔をしかめてため息をつく。


「まったく、こんな奴にクランスカ家の命運を託さなきゃならないとはな、僕も落ちぶれたものだ」


 聞こえがよがしのレイの嫌味も耳に入れず、ルルタ一心不乱に計画書を見つめる。

 そんなルルタの隣りにユンカが腰掛けた。しばらくルルタの様子を見守ってから、さりげなく声をかける。


「ルルタ、その手首の編み紐が寵妃さまにいただいたって言っていたやつ?」


 ルルタは顔を上げて、手首に巻いた編み紐に目を向ける。あの日、ちぎれてしまった編み紐の形を整えて手首に巻き直したのだ。

 ルルタの表情が緩んだのを見て、ユンカはニコリと笑う。


「綺麗だね。寵妃さまが手づから作って下さったんでしょう」


 ルルタの脳裏に、シャナラに編み紐を結ってもらった時のことが浮かぶ。思い出すと、胸が詰まって息が苦しくなるような、だが不思議とその苦しさが心地良いような奇妙な感覚に襲われる。


「確かルルタに書庫に引っ張り出された時に、編み紐の話があったわよね」


 あの時は参ったわ。そう付け加えてキラは肩をすくめた。

 それからふと、面映ゆそうな顔で編み紐を見つめているルルタを横目で見る。


「前から思っていたけど、ルルタは何でそんなに寵妃さまのことが好きなの? 最初のころは凄く邪険にされていたじゃない。どう考えてもただのお高くとまった嫌な人としか思えなかったから、不思議だったのよね」

「そんなことないよ、シャナラさまは……」


 慌ててシャナラを弁護しようとしたルルタの耳に、ユンカが顔を寄せる。


「ルルタ、キラはずっと怒っていたんだよ。寵妃さまのルルタに対する態度も、マーリカさまたちにも」

「怒ってはいないわ。扱いが不当だと思っているだけよ」

「ほら、キラってツンデレだからさ……」

「ユンカ」


 キラは、ルルタに向かって囁くユンカを睨む。


「あんただって寵妃さまの境遇はお気の毒だけど、ルルタが寵妃さまのお気持ちを一人で引き受けるのは可哀想だって言っていたじゃない」

「そうなんだよね。ルルタの気持ちが寵妃さまに通じて本当に良かったよ。寵妃さまも辛いことがあって心がいっぱいいっぱいだっただけで、根はお優しいかただってわかったし」

()()()()()()ねえ」


 皮肉のこもった口調でキラは言う。


「シャナラさまはお優しいかただよ。でもそれは、あんまり関係なくて……」


 シャナラへの思いは、ルルタの中に揺らがぬ確固としたものとして存在する。だがそれをいざ、言葉にしようとすると難しかった。

 心の中に初めて会ったころのシャナラの姿が浮かぶ。

 自分に決して向けられることのない冷たく美しい横顔を見ながら、一体何を思っているのか。

 ずっと知りたかった。

 

「私、シャナラさまにお会いして……わかったんだ。私は『優秀な良い侍女』になりたいんじゃない。『シャナラさまの侍女』になりたいんだって」


 ルルタは顔を上げて三人のことを見た。


「シャナラさまのことをとてもお慕いしているけど、それは関係ないの。シャナラさまに何かして差し上げたいのも、いまお会いしたいって思うのも、私が『シャナラさまの侍女』でいたいからなんだ」


 ルルタは右手に巻かれた編み紐を左の掌で包んだ。不安と焦りではち切れそうだった心が、不思議と落ち着く。

 自分が「シャナラの侍女」であろうとする限り、必ずシャナラの下へ辿り着ける。

 不安が消えていき、そんな確信が心を満たしていく。


「キラ、ユンカ、心配かけてごめんね、レイさまも。もう大丈夫だから」


 ルルタはそう言うと、決然とした表情で計画書を手に取った。



21.


 国王主催の晩餐が開かれる日、外は朝から晴れていた。


「雨が降ってくれると良かったんだがな」


 レイは星が瞬く夜空を見上げて呟く。


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